“あそび”が未来をつくる ― エジプト就学前教育の現場から
2025.12.26
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- エジプト事務所、大角 麻亜紗
エジプトでは、子どもたちの創造力や主体性を育む保育の質向上に向けた技術協力プロジェクトが行われています。現地で生み出される変化や工夫が、未来を支える人づくりにつながっています。
私は今、エジプトで保育の質向上を目的とする技術協力プロジェクトを担当しています。対象は全国9県、500の保育園で、カウンターパートである社会連帯省とともに、保育従事者の能力強化や保育園のモニタリング・サポートの仕組みづくり、啓発活動を通じて、子どもたちの学びの土台をつくっています。
エジプトでは、0〜4歳を対象とする保育園の在園率はわずか10%(2024年時点)。中東・北アフリカ地域の平均(27%)と比べても低く、保育士の国家資格制度もありません。また認可保育園のうち、約70%が小規模NGOにより運営されています。これらの園では、低賃金で保育技術を学んだことのない保育従事者に依存していることが多いため、結果として離職率が高く、保育の質が不安定な状況に陥っています。また読み書き・計算など学力偏重型の教育を好む傾向にあるエジプトでは、子どもたちの発想力や創造力といった非認知能力の育成にはあまり重きが置かれていません。
一方で「最初の1000日」という言葉にもあるように、妊娠期から子どもが2才になるまでは、身体的・認知的・情緒的発達の黄金期と認識されており、乳幼児期への投資がその後の教育、就労、健康面において大きなリターンをもたらすとの研究結果もあります。エジプトの年間人口増加率が約1.57%であることをふまえると、今後国の成長を支える国民の成長には、保育サービスへのアクセス拡大はもちろん、質の向上はまさに喫緊の課題です。
エジプトの保育園での外遊びの様子
保育園で遊ぶ子どもたち
実は、JICAが実施する就学前教育分野の技術協力プロジェクトは、全世界的にみてもエジプトでの実施が初めてです。
これにはさまざまな背景がありますが、ひとつには「エジプト・日本教育パートナーシップ(EJEP)」の発表が大きな影響を与えたと考えられます。エルシーシ大統領が日本の学校を視察し「日本人は歩くコーラン」だと表現したと言われるほど日本の教育に感銘を受けたことがきっかけとなり、エジプトの教育システム全体に対し、技術協力および資金協力を通じて、日本の教育の特徴を活かした包括的な支援を実施することが合意されました。就学前教育に加え、教育分野で複数のプロジェクトが並行して実施されている背景には、両国の深い信頼関係が影響しています。
また、エジプトでは遡れば1990年代から80名以上、幼児教育分野のJICA海外協力隊が派遣されてきました。協力隊の活動にはカウンターパートとなる保育園の先生方や保護者の理解が重要です。読み書きや計算能力を重視する価値観の中で育ってきたエジプでは、保育の重要性を理解してもらうことは容易ではありませんでした。しかし、これまでの隊員による活動の積み重ねにより、保育への意識に変化が生まれています。現地の人々とともに築き上げてきた現場での変化の芽が、プロジェクトという形で新しい協力に繋がった、かつ今もプロジェクトとの相乗効果を発揮している例であるといえます。
私は4年前にも、新人OJTを通じて、専門家の方からこのプロジェクトの活動を学び、複数の啓発活動に同行しました。
そのなかでも印象に残っているのは、手作りおもちゃを作るワークショップに参加した際、参加した保育従事者から「なぜおもちゃを買うのではなく、作る必要があるのか」という質問が出たことです。そのときの講師の方は、一人ひとりに寄り添った保育や学びを提供することや保育従事者の遊びの引き出しを増やす重要性に言及し、手作りおもちゃの意義を説明していました。
おもちゃを手作りする保育関係者
遊びの工夫を学びながら実際におもちゃを作った研修参加者たち
たとえば、空き箱や布切れを使って作ったおもちゃは、決まった使い方がないからこそ、子どもたちが自分で遊び方を考え、友だちと協力しながら遊びを広げることで主体性や創造力が育まれます。
また、子どもたちの発達段階や興味に合わせたオーダーメイドの遊びを生みだすことができます。個々の成長を促進することに加え、子どもたちの反応を見て改善を繰り返すことで、保育従事者が自身の創造性や専門性を育む機会にもなります。
私が見学した研修では、身近な素材を使って遊びをデザインするワークが行われ、遊びの引き出しがどんどん増える、そして「意外と簡単にできるんだ!」という実感が参加者に広がる様子を見て取れたことが印象的でした。
どんな遊びをするのか見て聞いて学んでいる子どもたち
そしてつい先日、遊びを通した学びおよびインクルージョン(注1)に関するコンテストの表彰式が行われました。表彰されたみなさんは誇らしい表情で自分たちの作ったおもちゃや啓発の工夫を紹介してくれ、プロジェクトが紡いできた変化を数年越しに感じることができ、感動しました。
遊びを通した学びおよびインクルージョンコンテスト 表彰式の様子
私は、究極的には教育は正解がない、だからこそ、現地に寄り添った長い協力を通じて、現地の人々と育む小さな変化を第一に大切にすべきだと考えています。
今後プロジェクトを通じて生み出された小さな変化が、エジプト社会全体の大きな変化に繋がり、よりよい社会となっていくよう、JICAはこれからも、エジプトの人材育成に貢献していきます。
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