”Tasuki”がつなぐマレーシアと日本の未来
2026.02.16
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- マレーシア事務所 所長 菅原美奈子
暗闇に美しいモスクが浮かび上がる早朝、マレーシアの首都クアラルンプール郊外で駅伝形式のハーフマラソン大会「ALEPS EKIDEN Half Marathon 2025」が始まりました。イスラムのお祈りを告げるアザーンが響く中、1チーム4名のランナーが“Tasuki”をつなぐEKIDENで、合計21kmを駆け抜けます。マレーシアで駅伝?と思われるかもしれません。この大会は、日本の駅伝に着想を得て企画された日本とマレーシアの友好促進イベントで、日本留学経験のあるマレーシア人で構成された「ALEPS(Alumni Look East Policy Society(東方政策元留学生同窓会)」が主催しました。
この駅伝の背景には、両国の長い協力の歴史があります。その絆を語る上で欠かせないのが「東方政策(ルック・イースト・ポリシー)」です。これは、1981年にマハティール首相(当時)が、戦後急速に発展した日本や韓国から勤労倫理や技術を学び、マレーシアの発展に生かすことを目的に始めた政策です。以来、約2万7千人以上のマレーシアの若者が日本への留学や企業研修を経験し、帰国後は政府や企業、大学の幹部、政治家などで活躍し、両国の架け橋となっています。これらの機関に訪問すると、「私は30年前に徳島大学で学びました」「私は九州で3か月間研修を受けました」と懐かしそうに語ってくださる方に出会うことがしばしばあります。日本人の考え方や価値観、日本文化を深く理解する東方政策留学生はJICAの事業を進めるうえでも貴重なパートナーです。この政策はマレーシアと日本の両政府が共同で推進してきましたが、JICAも研修員の受入や資金協力を通じてこの政策を支え、東方政策は今もマレーシアの人材育成において重要な役割を果たしています。
ALEPS EKIDEN Half Marathon 2025
JICAから協力隊員や専門家、スタッフ混成3チームが出場し、男女混合シニアカテゴリでは3位入賞。
こうした協力は、マレーシアの発展にも大きく寄与しました。独立後、農業中心の経済から工業を中心とした経済へと舵を切り、ASEANの中でも早期に中進国入りを果たしました。その成長を支えたのが日本のODAです。発電所や港湾、空港、高速道路などのインフラ整備と東方政策を中心とするさまざまな人材育成を通じて経済成長を後押しし、今日の安定した社会と多様な産業を築く基盤となりました。
その集大成が、2011年にマレーシア工科大学傘下に設立された「マレーシア日本国際工科院(MJIIT)」です。日本式の工学教育を取り入れ、ロボティクスや環境技術など先端分野の研究を推進しています。日本の31大学・研究機関からの協力を得て、共同研究や指導を実施し、山口大学、筑波大学とは共同学位を取得できるコースも設置しています。日本企業との連携も盛んで、サテライトラボや共同講座も設置されています。これまでに2,400名以上が卒業し、産業界のニーズに合った人材を育成しています。卒業生の中には日本企業でASEAN地域の低炭素化に取り組む人材や、ディープテック系のスタートアップを支援する日本企業の東南アジア統括拠点の代表になった人材もいて、日本とマレーシアをつなぎ世界の課題解決に挑んでいます。MJIITはマレーシア政府の予算で運営されており、JICAはカリキュラムや教育機材の整備、産学連携の促進などに協力し、今やMJIITは両国協力の象徴となっています。今後は、MJIITが東南アジアの工学系人材の育成や研究、企業の海外進出の拠点として発展していくことが期待されています。
MJIIT
マレーシア日本国際工科院(MJIIT)は、高砂熱学工業との冠講座を2015年より継続実施しています。2025年1月には、日本本社およびマレーシア法人を含む3社による新たな協定を締結し、サテライトラボを開設。日本企業との実践的な産学連携を担う拠点として、その機能をさらに強化しました。
マレーシアには政府事業である東方政策留学のほかに私費で日本に留学した方々も多く、こうした人的交流は、貿易や投資、文化面の交流の重要な基盤となっています。現在、マレーシアには1,600社以上の日本企業が進出し、日本語学習者は4万人を超え過去最高になりました。アニメや和食も人気で、日本文化は日常に溶け込んでいます。
さらに、今年はJICA海外協力隊がマレーシアに派遣されて60年の節目を迎えました。1966年1月の初派遣以来、1,660名以上が活動し、近年は社会福祉、環境、スポーツ分野などで貢献しています。中でも日本語教師は累計160名と最も多く派遣され、1984年に始まった全寮制中等学校での日本語教育の礎を築きました。JICAマレーシア事務所のハフィズ・オスマンさんも、かつて協力隊員に日本語を教わった一人です。先日、当時の先生がマレーシアを訪問された際、30年以上前に使っていた日本語の学習教材を持ってきてくれました。書き込みだらけのテキストは当時の隊員が中等学校での日本語教育のために必死に制作したものだったそうです。
JOCV
2026年1月、マレーシアへのJOCV派遣は60周年を迎えました。
2026年にはマレーシアに対するODA事業開始から70年を迎えます。いまマレーシアはASEANの中心国として成長を続け、高所得国入りを目指しています。いまでは過去の協力の成果や経験をASEAN諸国や他の途上国に共有する立場になり、マレーシア外務省とJICAの共同事業で海上保安や職業訓練などの研修を実施しています。日本とマレーシアの間に築かれた人と人との絆を基盤に、対等なパートナーとして世界の課題解決に取り組んでいるのです。
今回のEKIDENには約1,200人が参加し、JICAからも協力隊員や専門家、スタッフ混成3チームが出場。男女混合シニアカテゴリでは、準優勝を果たしました。「信頼で世界をつなぐ」という理念のもと、日本からマレーシアへ、マレーシアから日本そして世界へ、現代から未来へ――“Tasuki”を途切れさせることなくつなぎ続けていきたいと思います。