“柔道を通じた治安改善” 世界的柔道家を招いての柔道普及活動
2026.03.24
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- ホンジュラス事務所 横尾 昂志
治安課題を抱えるホンジュラスで、柔道が子どもたちと警察候補生に希望をもたらしています。世界的柔道家の訪問をきっかけに、礼節と自信が芽生え、地域に変化の兆しが見え始めました。
柔道の指導を行う七戸龍さん
柔道の指導を行う中村美里さん
カリブ海のビーチと熱帯雨林に恵まれたホンジュラス。珍しい蝶や鳥が見られ、色とりどりの魚とのダイビングも楽しめます。訪れた人を温かく迎えてくれるハートフルな人が多い私の大好きな国です。しかし、インターネットで「ホンジュラス」と調べると、治安に関する不安の声も見られ、私自身赴任前には少し心配な気持ちになりました。一時期は治安の悪かったホンジュラスですが、JICAとホンジュラス国家警察とともに行った地域警察協力の効果もあり、今ではピーク時のような治安の悪さは感じられません。
地域警察活動とは通報体制の強化、小中学校での防犯研修会、個別訪問などを通じて地域に根付いた警察活動を展開するもので、犯罪件数の低下や、地域住民からの相談や通報件数の増加などの成果につながりました。
地域警察の取り組み
治安悪化の根本には、貧困家庭の青少年が放課後に熱中するものもなく、麻薬や犯罪に誘われやすい現実があります。そこでホンジュラス警察が注目したのが、日本の武道「柔道」です。柔道経験者の警察官は「柔道は礼節や感情のコントロール、他者への敬意を育て、子どもたちを正しい方向に導く」と語ります。相手を傷つけずに制圧する柔道は、警察官にとって有用でもあります。柔道を16年間続けていた私も「精力善用(力を正しく使う)と自他共栄(助け合い、周囲とともに栄える)の精神は人間性を育む。日本でも警察学校では柔道を取り入れている」と話しました。こうした流れの中で、ホンジュラス柔道連盟から警察学校へ講師が派遣されるように。私が警察学校で指導することもあります。
警察での柔道普及活動において大きな節目となったのが、世界的柔道家の、七戸龍さんと中村美里さんの来訪でした。 七戸さんは男子100キロ超級で世界選手権銀メダル(2014年、2015年)を獲得した実力者。中村さんは女子52キロ級で北京・リオ五輪の銅メダリストです。この取り組みを後押ししてくれたのが、NPO法人JUDOsでした。JUDOsは「柔道で治安を改善する」という私たちの目的に共感し、お二人を紹介してくださり、七戸さんは2024年に、中村さんは2025年にホンジュラスを訪問しました。滞在中は警察学校や小学校、ナショナルチームでも指導が行われました。
七戸さんの来訪をきっかけに、警察学校へ柔道着が供与され、まずは3校で試験的に柔道の授業が導入されました。
警察学校に柔道着を供与する七戸さん
翌年には中村さんが来訪。前年度は参加できなかった生徒たちにも、柔道の基本とその楽しさを教えてくださいました。
七戸さんの警察学校での指導
中村さんの警察学校での指導
授業を受けた生徒からは「毎週やってほしい」と声が上がるほど、とても楽しんだようです。
現在も、ホンジュラス柔道連盟からの講師の単発派遣や私自身の指導もありますが、警察内に柔道を根付かせるには、まだ時間が必要です。そのため、警察学校では正式なカリキュラムへの導入が検討されています。
七戸さん、中村さんの活動を語る上でもう一つ欠かせないのが、ホンジュラス柔道連盟の若手有望な選手や熱心な指導者たちです。彼らは率先して サポートを担ってくれました。18歳の女子柔道家が警察学校で準備運動を仕切る姿を見て、中村さんは「私が18歳の時には、こんなことはできなかった」と称賛を送っていました。その積極性は交流の場でも発揮され、 警察学校 でのエキシビションマッチでは、ホンジュラス90キロ級の代表選手が、若さあふれる勢いで七戸さんに挑み、見事に吹き飛ばされる場面もありました。「組み手、スピード、パワー、技術、全てが信じられないほど高いレベルだった」と振り返っています。
七戸さんと戦う90キロ級代表の選手
中村美里さんと戦う耳の聞こえない女子選手
一方で、こうした選手たちの中には、JICAが指定する危険地域の仮設住宅から学校へ通いながら、なんとか柔道を続けている生徒もいます。国内トップレベルで活躍する選手であっても、親の理解が得られなかったり、貧困により若くして働かざるを得なかったりという現実があります。だからこそ、柔道が単なる競技にとどまらず、規律や希望を与える存在であることが、何よりも重要だと感じています。
七戸さんと中村さんの来訪について、ホンジュラス柔道連盟会長は次のように語っています。「JICAとともに実現できたお二人の派遣は競技能力の向上だけでなく、柔道を通じて学べる規律、敬意、忍耐といった価値観を強化しました。柔道が社会変革の有効な手段になり得ることを示したと思います」今回の柔道普及活動を通じて、子どもたちや警察候補生たちが、自分の中にある可能性や、他者を思いやる気持ちを再認識していく姿を見ることができました 。JICA職員として、こうした活動を現場の方と共につくり上げられた経験は、忘れられません。
2025年は、ホンジュラスと日本の外交関係樹立90周年にあたります。日本発祥の柔道が、草の根レベルで社会にポジティブな影響を生んだことは、両国の関係をより確かなものにしていくと感じます。柔道の精神が、より強く、より優しい警察官を育て、安心できる地域づくりに息長く貢献していくことを願っています。
私自身による子どもたちへの授業