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暮らしが変わる
超音波エコー装置が保健サービスを変える スーダン

妊産婦の安全な出産のために、医師でなくても使える超音波エコー装置の普及に努める日本の企業がある。
「レキオ・パワー・テクノロジー」はスーダンでの普及・実証事業の経験を生かして、新たな医療システム開発に挑戦している。

・案件名:
 超音波画像診断装置を活用した母子保健の向上に関する普及・実証事業(2015年11月~2018年5月)
・提案企業:
 レキオ・パワー・テクノロジー(沖縄県)

文:松井健太郎

エコーの操作を学んだことで、多くの助産師が妊産婦や胎児の様子をわかるようになった。またエコーは産前検診だけでなく、肝臓、すい臓、腎臓などの病気も見つけやすい。男女を問わずに有効だ。

エコーの操作を学んだことで、多くの助産師が妊産婦や胎児の様子をわかるようになった。またエコーは産前検診だけでなく、肝臓、すい臓、腎臓などの病気も見つけやすい。男女を問わずに有効だ。

誰もがエコー検診できる装置で受診者数と検診精度がアップ

助産師のエコー検診が妊婦の命を救う

スーダンでは、妊産婦と新生児の死亡率が世界平均を大幅に上回る。医師の数も人口数万人に一人と非常に少なく、医師による診療だけでは〝対処しきれない〟のが現状だ。そこで、沖縄県の「レキオ・パワー・テクノロジー」代表の河村哲さんは、誰もが扱いやすくシンプルな機能のみを持ち安価な、途上国向けの超音波エコー装置(以下、エコー)の開発に着手した。エコーとは、妊産婦と胎児の健康状態を超音波と画像を使って調べる機器。日本では当たり前に使われているがスーダンには少なく、妊娠時の異状に気づきづらかった。河村さんはJICAの企業連携プログラムを活用して、2015年11月から2018年5月までエコーの試験運用を行った。

目的は、助産師がエコーの操作を学び、医師がいない地域に暮らす妊産婦が安全に出産できるようになること。もともと触診やトラウベという独特の聴診器で診察していた助産師たちは、研修でパソコンモニターに映し出される胎児の様子を目にして驚きつつ、スキル習得への意欲を高めていった。

「妊産婦に対して、エコー画像を見せながら胎児の状態を説明できるので説得力があり、妊婦も安心して出産に臨む姿が多く見られました」と河村さんは話す。

事業の期間中には45人の助産師によって5572人もの妊産婦のエコー診断が行われ、そのうち異状が疑われる症例が1408件発見された。とくに自然分娩にリスクのある妊産婦に対しては、帝王切開が可能な上級病院へ行くよう促すこともできた。

スーダンでの普及・実証事業で使用した超音波エコー装置。USB電源のためパソコンにつないで使える。日本のエコー装置は多機能で価格も500万円~と高価だが、途上国向けにシンプルな機能にまとめて20万円代を実現した。

スーダンでの普及・実証事業で使用した超音波エコー装置。USB電源のためパソコンにつないで使える。日本のエコー装置は多機能で価格も500万円~と高価だが、途上国向けにシンプルな機能にまとめて20万円代を実現した。

重量約170g。携帯性にも優れる。

重量約170g。携帯性にも優れる。

「助産師たちが身につけたエコー技術は、妊産婦・新生児の死亡率の低減に大きく役立ちそうだとスーダン政府が認識したことも大きな収穫でした」

現在はまだ助産師によるエコー診断は法律上認可されていないが、一時的に許可を得て行ったこの試験運用の成果を受けて、政府は認可の方向で法整備を始めている。

超音波エコーのIT化は開かれた医療の幕開け

河村さんは今、スーダンで得た経験を生かして50か国以上でエコーの普及に取り組んでいる。さらなる目標に掲げるのは、クラウドサービスを活用した無償の「エコー学習支援サービス」の開発だ。

「たとえばアフリカの地方の集落で、経験の浅い医師がエコーを使って診察を行い、その動画と質問をクラウドにアップします。それを見たエコー診断の高い技術を持った医師が遠隔でアドバイスを送るというシステムです。そんな、医療学習のオープンプラットフォーム(参加する人たちが自由に使用できるインフラ基盤)の構築を目指しています」

データベースとして共有されている多くの疾患例から学ぶことで、へき地に勤務する医師も能力の向上を図ることができるようになる。今年、このシステムを普及させるための事業が始まる予定で、こちらもJICAの協力を得ることができた。

また、クラウドサービスの活用は途上国だけでなく、中・先進国の健康管理を気づかう世代や、自宅で介護を行う家庭に導入することも想定している。自分でお腹にエコーを当て患部の状態を観察できるよう、クラウド上で教育を受けたり、データベースにアクセスして自分の動画と疾患例を比較できるようにもする。その利用料でビジネスとして成立させる考えだ。

パソコンに映し出されるエコー画像。胎児の心臓の動き、胎盤の位置、羊水量などをチェック。8割以上の助産師が診断できるようになった。

パソコンに映し出されるエコー画像。胎児の心臓の動き、胎盤の位置、羊水量などをチェック。8割以上の助産師が診断できるようになった。

研修には45名の助産師が参加。エコー検診技術を習得したことで、より確実な検診を行えるようになった。

研修には45名の助産師が参加。エコー検診技術を習得したことで、より確実な検診を行えるようになった。

「ここで得た利益をもとにエコーの製造を増やして開発コストを下げ、より安価な製品を途上国に届けたい。クラウドサービスも、ゆくゆくはAI(人工知能)による教育や状態観察ができるようになるでしょう」と河村さんは力を込めて話す。JICAの協力を足がかりに、ICT(情報通信技術)を駆使した未来の医療に新たな形を与えようとしている。

Dr.カー(移動型診療所)プロジェクト

スーダンにおける河村さんの活動は長く、2012年には無医村地域に医療機器を搭載したDr.カーを走らせる事業に参加した。このとき妊産婦検診に超音波エコー装置が必要と気づいたと話す。

レキオ・パワー・テクノロジー代表 河村 哲(かわむら・てつ)さん

1997年、住友ベークライト入社。エンジニアとして電気電子部品向け高機能樹脂の開発に携わる。2005年、ドリームインキュベータに入社し、経営コンサルタントとして大企業の技術系事業戦略策定などを手がける。2011年、レキオ・パワー・テクノロジーを創業。2018年、経済産業省が主催するスタートアップ企業支援プログラム「J-Startup企業」に選ばれた。

河村 哲さん(写真中央)

河村 哲さん(写真中央)

スーダン

国名:スーダン共和国
首都:ハルツーム

1983年から20年以上続いた内戦により経済が疲弊し、2011年の南スーダン独立により石油収入の減少など大きな打撃を受けた。国民への医療サービスが十分とはいえず、特に地方の農村部は慢性的な医師不足で、設備の整った病院も少ない。

ハルツーム

ハルツーム