世界遺産熊野古道で中央アジア5か国研修員が持続可能な観光開発を学ぶ ~シルクロードがつなぐ中央アジアと日本の地域振興~

掲載日:2024.03.25

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世界遺産「熊野古道」を語り部と一緒に歩く中央アジアからの研修員。

研修名称:課題別研修「中央アジア地域広域観光開発政策」
対象国:ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン
受入期間:2023年9月~11月

かつてユーラシア大陸には東西を結ぶ大規模な交易路‐シルクロード‐が発展し、各拠点都市が交易の要衝として永きにわたり繁栄してきました。中央アジア各所には当時を偲ばせる遺跡が残り、世界遺産としても登録され、その荘厳さが多くの人を魅了しています。

中央アジア各国は観光産業を重要視し、積極的な育成を進めていますが、未だ多くの課題が存在しています。世界遺産、伝統芸能、食文化などの文化資源、また山岳や湖畔に代表される手付かずの美しい自然など、潜在性が高い観光資源に恵まれていますが、持続可能なかたちでの資源の有効活用や競争力強化が十分に出来ていない状況です。また、「シルクロード」の歴史的な結びつきを活かした広域連携推進も必要となっています。

このような状況のなか、JICAは和歌山大学と連携し、中央アジア5か国‐ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン‐から研修員を招聘し、同地の地域間連携に基づき持続可能な観光開発推進のための人材育成に協力しています。本年度の研修では、かつてはシルクロードの終着点に位置していた紀伊半島和歌山県を訪ね、世界文化遺産「熊野古道」や地方都市での資源保全と利活用、地域間連携の取組を見学しました。地方創生に動く日本の地方都市で活躍する人々と一緒に、国を越えて持続可能な観光開発について理解を深め合いました。

研修にご協力いただいた3名の方と研修員にお話を伺っています。

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和歌山県世界遺産センターの講義の様子。

持続可能な観光振興に向けて必要な視点

和歌山大学国際交流課課長 中元一恵さん

‐研修員にどのようなことを伝えたいと思って、今回の研修を企画されたのでしょうか。

今回の研修にあたっては、特に3点を学んでほしいと考えていました。

1点目は、観光開発においてまずは観光資源を守るということを大事にしてほしいということです。自分たちの観光資源を守ることから考え、そのうえで、どのようにすれば持続的かつ継続的に観光を促進できるのか、長期的な視点で保全と営利活動のバランスを戦略的に考えてほしいと思いました。

2点目はいかに地域を巻き込んでいくかの視点です。特に地域の経済と暮らしに利益があるように、そして地域住民が地域の観光資源を誇りに思ってもらえるようにするためにはどうすればよいのかを、学んでほしいと思いました。地域の人が自分たちの住む「まち」を誇りに思えるからこそ、来訪者に対するホスピタリティも育まれていきます。そのための教育施策も重要であることを学んでほしいと考えました。

3点目は、中央アジア5か国一体となった観光振興が求められるなかで、広域連携を推進するうえでの課題、解決策をみんなで話し合える場にしてほしかったということです。

‐研修員の様子はいかがでしたか。

個々人としての意識が強かった研修員ですが、徐々に連携の重要性を理解し、研修員間のつながりを育んでいたように思います。研修員からは、研修を通して家族のようなつながりを育めたとの感想もありました。実習の一部としてツーリズムEXPOジャパン2023関西・大阪*を訪問しましたが、中央アジア5か国共同の出展ブース**訪問時には研修員がお互いのブースを支援し合う姿勢も見られました。DMO***を形成するにも連携が重要です。今回の研修は小さな一歩ですが、将来の連携と体制づくりのために必要なマインドを少しずつでも育んでもらえればと思っています。

実習の時間には、旅館や温泉、居酒屋といった象徴的な日本文化を見学し、地域の人々と触れ合う機会が多くありました。日本の質の高いサービスや日本人のフレンドリーさに感動や驚きを見せていたのは非常に印象的でした。今回の研修を通して日本人や日本文化と触れ合うことで、現地の人材育成に活用していく視点をもってもらえたらと思っています。

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和歌山大学中元さんは今回の研修を企画・調整いただき、1か月間にわたり研修員に同行して持続可能な観光開発を教示いただきました。

地域・観光客とともに地域の文化と営みを次世代につなげていく

熊野本宮大社宮司九鬼家隆さん

‐紀伊山地は古来より聖なる特別な地域と考えられ、熊野本宮大社をはじめとする熊野三山、およびその参詣道である熊野古道の文化的景観が2004 年に「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産登録されました。文化資源の保全と活用の考え方を学ぶため、今回の研修で訪問させていただきました。

熊野本宮大社がどのような場所で、熊野本宮大社にとって観光客が来訪されることの意味を教えていただけますか。

熊野三山は、古来より上皇から庶民に至るまで多くの人が、京都からの長い道を歩いて、唄を詠んだり、祈りをささげてきた特別な場所です。ご存じの通り、紀伊山地は大自然に囲まれ、神社へ向かう道筋の中でその景色、風土、空気を感じ、地域の食べ物を食することで、歩きながら自分自身を見つめなおし、心を整えることが出来る場所でもあります。

周囲はまさしく自然しかない、山、川、海しかありませんので、自然の中で自分自身を確認したいと思うスピリチュアルな方が多くいらっしゃりますし、最近は海外の方も多くいらっしゃいます。海外の方は時間を楽しむのが上手だと思っています。熊野古道の長い道のなかで、目の前に見える辿り着ける範囲の空間をうまく楽しまれています。日本も昔は里山里海の身近なところで生活を送っていたのでしょうが、今ではむしろ、海外の人に教えてもらっているような気がします。自然を保全して後世に残していく、自然のなかで育まれた地域の営みを後世に残していく重要性を海外から来訪された方に学ばせてもらっています。

‐熊野本宮大社・熊野古道は今年、世界遺産登録20 周年を迎えました。次世代にはどのようなことを伝えていきたいと考えていますか。

今の時代を生きる中で、様々な世相、紛争を目の当たりにし、人々が心を痛めています。熊野三山のお祀りする神はそれぞれ、前世の救済、現世の利益、来世の加護をいただくことが出来ると考えられ、熊野は黄泉がえりの聖地として祀られてきました。転生のなかでの心の立ち上がりのあり方を体感できる場所、人々の気持ちに寄り添い、感じられる場所としての熊野のあり方を今後も来訪者に表現していきたいと考えています。熊野の本来の姿を時代に即して伝えていくことで、熊野を知ってもらい、和歌山を知ってもらえるようになると思っています。

当社が所在する本宮町では、当社が発起人となり、2020年に「熊野本宮よみがえり委員会」を立ち上げ、昨年7月に名称を変えて「熊野本宮未来創造実行委員会」を立ち上げました。当社のほかに、観光協会、商工会などにアドバイザーとして入ってもらって、参詣や観光など地域振興のあり方について、検討、提言、情報提供を行っています。熊野や地域の文化について、まずは自分たち地域の人が意識する、その後、周りの人に知ってもらう、そして、熊野三山のあり方に合わせ、時代に即して新しい行事にも取組み、次世代につなげていきたいと考えています。

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研修員に向けて熊野本宮大社について語る宮司九鬼家隆さん。

研修を通して学んだ連携の重要性

カザフスタン研修員ダニエル・セルザヌリーさん

‐今回の研修ではどのようなことを学びましたか。

この研修を通じて、政府の政策から地方自治体の取り組みまで、日本の観光開発を理解することで、持続可能な観光を管理するための実践的な洞察を得ることができました。観光地やDMOのオフィスを訪問し、観光開発戦略を探ることは、非常に示唆に富んでおり素晴らしい研修実施方法でした。

‐研修の成果を自国でどのように活用していきたいと考えていますか。

カザフスタンに戻ってからは、日本に着想を得て、観光目的地、コミュニティ、観光関連事業者のそれぞれに利益をもたらすバランスの取れた観光振興アプローチを追求していきたいと考えています。カザフスタンでは、観光客を増やすことだけに力を入れているわけではありません。私たちは、滞在期間、支出、地域経済やコミュニティへのプラスの影響など、観光の質を重視した対策にも重点を置いています。日本におけるコミュニティ・ベースド・ツーリズム(CBT)の成功を目の当たりにし、カザフスタンでもCBTの取り組みを積極的に実施・発展させていきたいと思います。

‐研修は、中央アジアの連携に向けて、どのように貢献していますか。

中央アジア諸国は、豊かな歴史と共通の文化遺産を共有しており、それが地域間連携のための強力な基盤となっています。これらの方針に沿って、5か国は団結し、共通の世界遺産を促進する必要があると考えています。ムンド・マヤにおけるマヤ文化の保存と促進のために5か国間が連携して取り組むなど、世界的な事例からインスピレーションを得て、このような集団的イニシアチブの下で取組を進めていくことの重要性と可能性を学びました。

シルクロードは、日本の東端から中央アジアの心臓部を経てヨーロッパに至る、歴史的に意義深く、世界に訴求するにふさわしいものと考えています。今回の研修を通じて、研修員間の結束を強め、また、研修で得た知見を活かし、シルクロードの地域発展に向けた共通のビジョンや中央アジアにおける持続可能な観光のためのプログラムを設計しました。帰国後、カザフスタンでは、DMOシステムの導入やシルクロードの共同ツアーの創設など、継続的な取り組みを行っており、研修で学んだ教訓を活かして、私たちのビジョンに有意義な貢献をしています。

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プレゼンテーションを行うカザフスタン研修員のダニエルさん。研修を通して連携の重要性を強く実感されていました。

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熊野本宮大社を参詣して、宮司九鬼家隆さんと交流するカザフスタン研修員のダニエルさん。

JICAの中央アジア観光開発支援の今後に向けて

JICAウズベキスタン観光促進アドバイザー業務 水森由美専門家

‐水森専門家は今回の研修の企画にも関与され、研修に帯同されました。今回の研修を和歌山大学とともに紀伊半島で実施した背景には、どのような意図があったのでしょうか。

中央アジアの5つの国々は東西の交差点として独自の文化を築き上げ、さまざまな民族が共存し、壮大な自然遺産を有するといった他に類を見ないユニークな魅力を放っています。JICAは2021年5月から観光促進アドバイザーを中央アジアに派遣し、各国の観光関係者との対話を重ねてきました。中央アジアの魅力をさらに活かすためには国々が連携し協力することが重要だと認識し、各国の行政機関や観光業界の代表者に協力や具体的な取り組みを議論する機会を提供することが必要だと考えていました。日本は島国ではありますが、観光を通じて地域間協力や開発を進めている地域は数多くあります。その中でも、今回研修地として訪問した和歌山県には三重県・奈良県・大阪府の関西地域が誇る熊野古道があり、道(ロード)である「線」で観光を誘致する戦略・コンセプトの考え方や手法は中央アジアのシルクロードに着目した観光開発でも活用できると考え、和歌山大学と連携して本研修を実施しました。

‐3 週間にわたる研修となりましたが、研修員はどのような様子でしたか。

研修への期待感と共に、慣れない土地できっと不安やストレスもあったかと思います。そんな中でも、朝から晩まで講師や地域の人々に終始熱心に質問や情報収集をされ、観光資源の活用や保全、観光地経営の考え方や官民連携の手法、持続可能な観光ビジネスへの理解を深め、研修員同士でも帰国後の中央アジアでも活用可能な取組や5か国での協力や連携の可能性について意見交換をされていました。

研修員からは「広域連携によってカバーしうる観光資源が拡大し、シルクロードという特徴を最大限に活かし、観光客の誘致効果が期待される」、「研修を通じて新たな仲間との絆が生まれ、一体となって決断力が生まれた」といった広域連携の有効性や中央アジア5か国全体の観光開発の発展への貢献等の声を頂いたことからも、研修の主要な狙いの一つでもあった地域間の協力や結びつきが強まりつつあることを感じます。

‐中央アジアの観光開発と日本の地域振興の今後に向けて、どのようなことを期待されますか。

中央アジアを対象に、地域間連携を通じた観光開発推進を目的とした研修は今回が初の試みです。研修員の皆様には各国に適応した政策やコンセプトの考え方、グッドプラクティスを体感していただけたと思います。観光開発は多岐にわたる産業が関わる総合的な取組が必要です。この研修は大きな変革をもたらすものではなく、むしろその始まりの一歩です。今後は、それぞれの地域や国がリーダーシップをとって関係者が協力して活動を展開していく必要があります。今回の研修員が5か国の仲間や日本のキーパーソンとの縁や絆を繋ぎながら、自国の仲間を巻き込み、自国や中央アジアの観光促進のリーダー的存在になってくださることを切に願っています。

また、この研修は日本にも裨益するものになるのではないかと考えています。本研修を通して、研修員と地域の皆様との双方向の交流を生み国際相互理解に繋がり、地域の皆様に講義していただく中で地域の文化や地域の価値を再確認し誇りに思っていただけている様子を垣間見ることができました。観光開発が地域の皆様の気づきを生み、地域の文化や代々伝わる伝統を守り継承していく一役になることを感じました。今回のようなJICAの研修が来年も再来年も更なる将来も日本の皆様に「また研修員に会いたいな、私たちの地域の良いところを教えてあげたいな」と思っていただけるような双方にとってより良いものとなるよう今後も良い研修を実践していければと思います。

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ウズベキスタン「観光促進アドバイザー」の水森専門家は、2年にわたるウズベキスタンでの観光開発支援業務において、その功績を認められ、功労賞を受賞した。

JICAは今後も、中央アジア5か国や日本国内のステークホルダーと共創関係を築き、中央アジア5か国の連携と持続可能な観光開発推進のための人材育成、そして、中央アジア・日本間の人流形成と日本の地方創生に貢献していきたいと考えています。

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熊野本宮大社前での和歌山大学講師のみなさま、中央アジア研修員のみなさま、宮司九鬼さんを交えた記念写真。