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現地レポート ウクライナ避難民支援に日本の震災経験が活きる

2022.04.22

この3月、国際協力機構(JICA)は、ウクライナ避難民支援のため隣国モルドバに調査団を派遣。東日本大震災など数々の自然災害を乗り越えてきた日本の経験と知見、中でも熊本地震で導入された災害医療情報の標準化手法が、現地の緊急災害医療に大きな役割を果たしています。

ウクライナ避難民を受け入れる隣国モルドバの現状

JICAがウクライナ避難民及び周辺国支援のためモルドバに派遣していた緊急人道支援・保健医療分野協力ニーズ調査団のうち第一次調査団4名が、21日間の調査活動を終え4月10日に帰国しました。
ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから約1ヶ月半。戦禍を逃れ母国を後にしたウクライナ人は、約430万人(4/6時点)といわれます。隣国モルドバに派遣されたJICA調査団の報告から、現状と必要とされている支援が明らかになりました。

ウクライナ南部と国境を接し、九州ほどの国土に264万人が暮らすモルドバは、避難民が流入するウクライナ周辺国の中でも経済基盤が脆弱で、ひとり当たりのGDPは日本の9分の1です。ロシアによるウクライナ侵攻後は40万人弱のウクライナ避難民が流入し、今でもそのうち9〜10万人がモルドバ国内にとどまっていると見られます。

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ウクライナの隣国モルドバに到着後、さっそくEMTCCでの協議を開始。

JICAでは侵攻から2日後の2月26日から調査団派遣の検討・調整を始め、3月19日に広島大学の公衆衛生学専門の久保達彦教授を団長とする6名の調査団がモルドバへ向け日本を出発しました。
避難民で混乱する国が他国の調査団を受け入れるのは簡単なことではありませんが、これまでJICAが農業や医療分野で継続的な支援を通じてモルドバと信頼関係を作り上げていたことから、迅速に調査団の受け入れが実現しました。

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キシナウ市内で活動中のイスラエルの国際医療チームに同行し、活動の状況を確認する。

調査団は、首都キシナウ市内とウクライナ国境近辺を含む北部6都市で基幹病院や、閉鎖された映画館、大学の旧校舎を使った避難所などを視察しました。JICAは避難民流入以前から医療分野での協力(がん患者への医療サービス向上や医療機材の提供など)を行っており、現地の医療状況はある程度把握していました。本視察では、医療機材の老朽化やメンテナンスを行う人材不足、ウクライナから多くを調達していた医薬品等の不足、慢性疾患を抱える避難民の流入に注目。特に人工透析やがん、糖尿病など高度医療を必要とする持病を抱えた避難民が流入したことで、もともと脆弱だった医療体制全体に大きな負荷がかかっていることが明らかになりました。

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WHOの承認を得ている災害医療情報の標準化手法MDSを導入し、避難民の医療ニーズを把握。

「フィリピン生まれ、日本育ち」の国際標準カルテMDSがスピーディな医療情報の収集に貢献、見えてきた課題とは

また、今回の調査活動では、世界各国からモルドバに集まった国際医療チームのコーディネートと医療情報の収集も行いました。災害や戦災が起こると世界中から医療チームや支援物資が集まりますが、混乱する現場が支援を受け入れ、適切に配置することは困難を極めます。そのために必要な医療情報の即時的な集約と分析、個々に活動する医療チームを一元的に調整する体制の確立は、世界共通の課題でした。

2011年、日本でも東日本大震災時に、緊急医療チームが入れ替わり立ち代わり活動することで地域医療へのカルテの引き継ぎや、医療ニーズの即時的な把握に支障をきたしました。そこで形式を統一したカルテや診療日報が必要であると考え、JDR医療チームは世界標準の災害医療用電子カルテの開発に着手しました。
2013年、フィリピンのヨランダ台風被害支援で現地に赴いたJDR医療チームは、日本と同じ課題に直面しました。これまでの経験を活かし、世界中からの医療チームに対して現地で使われていた災害時の医療情報収集ツール、SPEEDの使用を提案。疾病傾向の把握や各チームの活動調整に貢献し評価を得ました。いかなる緊急時にも利用できるツールの必要性を改めて強く認識し、帰国後、久保教授らはSPEEDを参考に日本版の災害医療用標準診療日報J-SPEEDの開発にたどり着きました。そして、2016年の熊本地震で初めて導入した結果、災害医療現場に大きな変革をもたらしました。「どこで、どのような患者が、何人診療されたのか」を日ごとに数値化し、その時必要な支援をタイムリーに提供できるようになったのです。こうした熊本での実績をふまえ、2017年にJ-SPEEDをベースにMinimum Data Set(MDS/災害医療情報の標準化手法)が開発され、WHOに国際標準として承認されました。

自然災害における医療現場での日本の知見を基に、国際標準として採用された「フィリピン生まれ、日本育ち」のMDS。モルドバでも、調査団の主導で国際医療チームへの使用普及を通じ、避難民の求める医療ニーズや傾向などが明らかになりました。

たとえば、戦闘による直接的な外傷よりも長時間の避難による体調不良やもともと抱える慢性疾患への対応ニーズが多いことなどがわかってきました。出国が制限されているはずの成人男性の割合が想定よりも高い事実には、モルドバ保健省の担当医師も驚きを隠さなかったといいます。慢性疾患や障がいがある場合は成人男性でも出国できるため、その多くが避難民となって国外に流出している背景が見えてきたのです。
また、日ごとの治療件数自体は減ってきていますが継続的な治療を必要とする避難民の数は増加傾向であることも見えてきました。熊本地震でのデータを参照すると、避難所暮らしを続けざるを得ない人は経済的に余裕がない上に持病がある場合が多く、今後も長引く避難生活によって健康状態が悪化するケースが増えていく可能性があります。
MDSを取り入れたからこそ、モルドバではこうしたデータをいち早くとらえることができました。現在、モルドバ同様に多くの避難民が流入しているポーランドやウクライナ本国でも導入を検討しているとのことです。

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世界中から医療チームの派遣や支援物資なども届いている。

自然災害とは違う、人が起こしている戦争が原因という悲しさ

これまで自然災害による緊急医療に携わり、フィリピンの医療チームに参加以降、MDSの開発に深く関わってきた久保教授は、今回の活動との違いを次のように語りました。「圧倒的に違うのは、人が起こしているという戦争が原因だということ。自然災害では、時間の経過と共にまちが明るくなり、ラジオから聞こえる音楽などに未来を感じる瞬間がありますが、今この国の人々が心配しているのは続く侵攻によるさらなる被害拡大です。戦争の悲しさ、先行きが戦況に左右される不安定さを感じます。」一方で、原因が戦争であっても自然災害でもあっても、避難してきた方々に必要な緊急医療は変わらないため、地震や豪雨など緊急災害医療に向き合い乗り越えてきた日本の災害医療の技術や健康危機管理の知見は、世界でも際立つと言葉に力を込めました。

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避難者への聞き取り調査

日本の経験、知見を活かした協力を今後も続けてゆく

夜を徹して調整に奔走する政府職員や、国内にとどまる避難民の約9割をボランティアの一般家庭で受け入れているモルドバの現実に触れ、驚きと敬意を感じたという久保教授をはじめとする調査団のメンバーたち。日本で私たちにできることは何かという問いへの答えは、「関心を持ち続けること」でした。今後もJICAは迅速な支援を行い、報告を続けていきます。

なお、第二次調査団は既に4月6日にモルドバに入国し、第一次調査団との引き継ぎを通じて活動に着手しています。緊急医療チーム調整所(EMTCC:Emergency Medical Team Coordination Cell)への支援を継続するほか、第一次調査団が特定した協力の方向性に基づき、さらに協力内容を具体化すべく、4月29日まで現地での活動を行う予定です。


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