長期化・複雑化する難民問題 開発機関が果たす役割

#10 人や国の不平等をなくそう
SDGs
#16 平和と公正をすべての人に
SDGs
#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2023.12.28

イスラエル・パレスチナ間の武力衝突やウクライナ情勢の悲惨なニュースに触れない日がない今、「難民」という言葉に接する機会も増えています。難民は、長期化する紛争や政情不安などで近年増加し続けており、その危機は気候変動などの要因でさらに深刻さと複雑さを増しています。JICAの田中明彦理事長は、12月に開催された「第2回グローバル難民フォーラム」において、さらなる人道支援と開発協力、そして平和への取り組みの連携強化の必要性を強く訴えました。ますます長期化・複雑化する難民問題と、今後の協力のあり方について考えます。

第2回グローバル難民フォーラムの様子

田中明彦JICA理事長がイベント登壇した「第2回グローバル難民フォーラム」

これからの難民支援のためには連携拡大が必須

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、紛争や迫害などで住む場所を追われた難民や国内避難民は2023年9月末で1億1400万人を超え、この10年間で2倍以上に増加しています。日本の人口に迫る数の人たちが、住む場所を追われているのです。そして、難民の66%が避難期間5年以上と長期化した状況に置かれています。難民の多く(75%ほど)は避難しやすい近隣諸国に逃れていますが、その受け入れ国のほとんどは低・中所得国。難民の長期的な滞在は受け入れ国の負担増に繋がるため、国際社会でその負担を共有し、難民、そして難民の受け入れ地域の双方に向けて協力することが必要とされています。

難民問題を議論する世界最大の国際会議が、「グローバル難民フォーラム」です。4年に一度、「社会全体での取り組み」という理念のもと、世界各国の政府機関、民間企業、NGO・市民社会の代表、難民当事者などが参加します。それぞれの経験や知見を共有し合いながら難民を取り巻く状況の改善を議論し、解決への取り組みを宣言します。第2回となる今回は、2023年12月13日から15日までスイス・ジュネーブでUNHCRとスイス政府の主催で開催され、日本は、コロンビア、フランス、ヨルダン、ウガンダと共に共同議長国を務めました。

「人道危機が複合的に拡大し、もはや人道支援での応急措置では対応しきれない。人道支援と開発と平和のさらなる連携が必要とされている」——。フォーラムのハイレベルイベントに登壇したJICAの田中明彦理事長は、そう強く訴えかけました。今回のフォーラムでは「難民とホストコミュニティのニーズを包摂した開発計画策定の支援」や「人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)を進めるための各国における難民・避難民支援関連省庁へのアドバイザー派遣」といった取り組みが打ち出されました。また、第1回フォーラムで推進が宣言された「HDPネクサス」について、さらに多くの人・組織の協力を拡大すること、そして難民受入れ国自身がこうした多様なアクターの連携を主導できるように、受入れ国政府を支援することの必要性が強調されました。

田中明彦JICA理事長

フォーラムのハイレベルイベントでスピーチする田中明彦JICA理事長

*人道・開発・平和の連携(HDPネクサス:Humanitarian, Development and Peace Nexus)
喫緊のニーズに応える「人道支援」と同時に、中長期的な観点から難民の自立支援や受け入れ国の負担軽減のための「開発協力」を行い、さらに難民発生の根本的な原因である紛争の解決・予防に向けた「平和活動」を進める、各分野のアクターが相互補完的に連携して難民問題に対応する考え方。

HDPネクサスを表す図

開発協力機関の役割が拡大

「難民問題は、第1回のフォーラムが開催された4年前と比較しても悪化しており、危機が増加する一方で、国際社会の分断も深刻です。そのような状況で、限られた資源で支援を届け、難民や受入れ国の潜在的な力も生かすため、人道・開発・平和の連携推進の必要性は一層高まっています」

そう話すのは、今回のグローバル難民フォーラムに田中理事長と共に参加したJICAガバナンス・平和構築部の室谷龍太郎平和構築室長です。

UNHCRやユニセフといった人道支援機関は、危険にさらされている難民の生命や尊厳、そして安全を確保するため、シェルター、食料、医療、水・衛生などをはじめとする緊急支援を行います。世界銀行やJICAなどの開発協力機関は、主に難民の自立や受入国の社会・経済的発展に向けた取り組みを、中・長期的視点で難民や受け入れ国・地域と向き合いながら進めます。どちらも必要不可欠な支援であり、それぞれの強みを生かした連携をすることで、必要な支援が必要な場所に届き、その地域に住む住民や難民の能力を発揮する機会も生み出すことができます。ただ、難民受け入れ国や地域にとって、人道と開発では支援の受け取り窓口が異なり、混乱や負担が生じることもありました。そのため、受け入れ国自体の制度転換や、能力開発も必要となっていました。

「そのため、JICAのような開発協力機関の役割が拡大しており、なかでも重要性を増しているのが、難民と受け入れ地域の住民の双方が能力を発揮できる社会を、受け入れ地域と一緒に構築するための仕組みづくりです」と室谷室長は言います。

フォーラムで参加者と協議する室谷室長

フォーラムに参加し、参加者と協議する室谷室長(手前右から2人目)

ウガンダで進む、難民と受け入れ地域住民の平和的共存

JICAはウガンダで、難民と受け入れ地域の住民の「平和的共存」に向け、受け入れ地域の能力開発や制度の改善などを進めています。長年継続している米の生産能力を強化するプロジェクトでは、稲作研修の対象を難民にも広げています。難民が栽培技術を習得することで、難民、そして地域住民双方の生計向上につながります。就業の自由を与えるなど難民に寛容なウガンダは、これまで約150万人の難民を隣国のコンゴ民主共和国や南スーダンなどから受け入れており、アフリカで最大規模の難民受け入れ国になっています。

稲作技術を学び、米を収穫するウガンダで暮らす難民ら

ただ、ウガンダでは難民が増えることで地域住民との間に摩擦が生じることもありました。「病院に難民が押し寄せて困る」「難民用に造られた学校の方が良い」といった声が寄せられたのです。そのため現在、難民居住区も含め地域全体の病院、そして学校の運営をすべて統合して政府が担う方向に進んでいます。難民も地域住民も誰もが皆、平等に行政サービスを受けることができる、暮らしやすさを向上させるための制度作りに協力しています。

「難民と地域住民、双方の声を丁寧に拾い、地方行政につなげることで、誰もが良い公共サービスを受けられ、誰もが自分の力で生活を良くできる環境を作る。それこそが、ウガンダで長年、難民支援に関わってきた開発協力機関としてJICAが果たす役割です」(室谷室長)

安心感のある暮らしを築くため、心のケアも不可欠

今回のグローバル難民フォーラムで注目された取り組みの一つが、難民への「精神保健および心理社会的支援」(MHPSS:Mental Health and Psychosocial Support)です。避難先での暮らしが長期化するなか、その国や地域の事情に合わせた、特に若年層に向けた包括的な心理的サポートが必要になってきているのです。

JICAは2022年より、トルコに避難するシリア難民と受け入れ地域の青少年への心理社会ケアに向けた調査を進めていました。そのようななか、2023年2月の「トルコ・シリア大地震」が発生したため、まずは早急に心理社会ケアが必要な被災地を対象にした「心理社会的支援能力強化のためのパイロット活動」を開始しました。今回の地震の被災地は、多くの難民を抱える地域でもありました。

地震で甚大な被害を受けたトルコの被災地

トルコはシリア内戦の影響により世界最大の難民受け入れ国となっており、その数は370 万人におよびます。心療内科や精神科の医師が決して多くなく、難民の数に対して圧倒的に不足しているため、心のケアについて、まずはすぐに対応できる人を増やし、ストレスや不安を抱える人たちの重症化を防ぐことが大切です。そのため、難民も含む国内の青少年の健全育成のために多様な活動を実施する同国の青年スポーツ省を対象に、心理的応急処置(PFA:Psychological First Aid)ができるトレーナーの養成に向けた研修を実施。その後、青少年センターの職員らにその手法を広く伝えていく仕組みづくりを行っています。

今回の研修には、これまで国内外の災害被災地で心のケアに携わってきた経験を持つ金沢大学の堤敦朗教授や、東京大学特任講師の田中英三郎・精神科医師が講師として参加しました。田中医師は研修を振り返り、次のように述べます。

「MHPSSの課題は一朝一夕に解決するものではなく、その成果が可視化しにくいという難しさも抱えています。そのため、長期的な視座に立ったプロジェクトを測定可能な成果とともに計画することが大切です。どこの国でもMHPSSの潜在的なニーズは高く、どうにかしたいと思っている。そのような現場の人たちと連携していくことが重要です」

PFAのトレーナー養成研修で人が輪になっている様子

心理的応急処置(PFA)の手法を広めるためのトレーナー養成に向けた研修(2023年7月、トルコ)

難民と共にさらなる可能性が広がる社会を

開発協力機関にとっての難民支援について、室谷室長は、「難民にとって閉じられてしまった可能性をもう一度一緒に開いていく。そして、難民を受け入れた地域も難民と共にさらに可能性が広がるようにすること」と語ります。「実際に、グローバル難民フォーラムの会場では、教育や就労の機会を得て、それぞれの場所で活躍している多くの難民の話を聞くことができました。どんな状況であろうとも、誰もが自らの可能性を追及して『開発の担い手』となれるよう能力強化を進め、尊厳を持って生きることができるようにする。それは人間の安全保障の考え方にもつながります」

そのためには、今後、人道や開発に関わる国際機関だけでなく、民間企業なども含め、多様なパートナーの協力が求められています。現在JICAは、難民との共存を前提とした国家開発計画を進めるウガンダでの難民支援の経験や教訓をモデルとしてまとめ、他国への協力内容を検討するための指針として活用することを進めています。

日本に暮らす私たちにとって、難民の暮らしを想像することは難しいかもしれません。けれども、地震や洪水など災害に見舞われることが多い日本だからこそ、実は身近な問題と捉えることができるかもしれません。被災地の避難所を思い起こしてください。避難から時間が経つにつれ、元に暮らしの戻りたい、安心した暮らしを取り戻したい、と思うはずです。中には、支援を受けるだけでなく自分の力でできることをしたい、このような危機が起こらない社会を作りたい、と思う人もいるでしょう。「もし自分が難民だったとしたら」——。世界中で故郷を追われた人の数が1億人を超えた今、誰もがそれぞれの立場から難民に向き合い、できることに取り組む時が来ています。

JICA地球ひろば難民企画展「Today, I Lost My Home —想像していなかった今日を生きる」
「ある日突然、あなたは難民になる。」世界各地の難民が直面する困難や選択を疑似体験しながら、難民の“いま”に向き合い、私たちは何ができるのかについて考える企画展(2024年4月11日まで開催中)

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