食料問題を科学技術で解決へ! 日本とタイが挑む「サステナブルな養殖」が日本の食卓をも救う?

#2 飢餓をゼロに
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#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs
#14 海の豊かさを守ろう
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2024.04.10

日本の協力のもと現在タイで進められている魚介養殖の研究が、未来の日本の食卓を救う鍵になるかもしれません。世界的な食料不足が懸念され、水産養殖の重要性が増している今、持続可能な魚介の養殖体制の構築を目指すこの研究プロジェクト。どのような未来を見据えているのでしょうか。

エビの水槽が並ぶ東京海洋大学研究室にて、東京海洋大学の廣野育生教授

プロジェクトの研究代表者である東京海洋大学の廣野育生教授。感染症対策の研究のためのエビの水槽が並ぶ同大研究室にて

科学技術で地球規模の課題解決に貢献

気候変動や森林伐採、海洋プラスチックゴミ問題。現代には、さまざまな地球規模の課題が山積しています。そのような課題の解決に「科学技術」で貢献する国際協力のアプローチが、「SATREPS : Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)」です。JST(科学技術振興機構)とJICAの協働で始まったこのプログラムでは、日本と開発途上国の研究者が一つのチームで協働し、多様な社会課題を解決するための研究を推進しています。これまで世界55か国で174課題(2023年5月時点)の共同研究を推進してきました。

現在タイでは、タイ原産の魚とエビの持続可能な養殖体制を構築するためのタイ日協働の研究プロジェクトが進行中です。近年、世界では、深刻な食料不足が懸念されており、食料増産における水産養殖への期待が高まっています。世界各国で持続的・安定的・効率的に供給可能な養殖技術の確立が望まれており、東南アジア一の水産大国であるタイも例外ではありません。

世界の漁業と養殖業の生産量の推移グラフ

世界の漁業と養殖業の生産量の推移。養殖業生産量が急激に伸び、2014年以降は養殖の占める割合が50%を超えている
出所:FAO「THE STATE OF WORLD FISHERIES AND AQUACULTURE 2022」

タイ政府は1980年代から養殖産業を推進する政策を進め、産業・経済の発展を押し上げてきましたが、現在の養殖の主力は、外来種であるアフリカ原産のティラピアや南米原産のバナメイエビです。野外養殖のため、それらが自然界に逃げた場合には地域の固有種に影響を及ぼす危険性があります。そのため、これらに代わる在来種の養殖が望まれていました。

「究極の養殖種」に代わるスズキとエビに期待

「ティラピアやバナメイエビは、世界的に最も養殖されている『究極の養殖種』。産業としても大きな位置を占めていますが、本プロジェクトではそれに代わるタイ在来種として、生産者の収入拡大を視野に入れ、レストランやホテルにも出せる比較的高級種で国際マーケットも狙えるアジアスズキとバナナエビにターゲットを絞りました」。そう話すのは、東京海洋大学の廣野育生教授です。

廣野育生教授

廣野育生教授。東京海洋大の研究室でタイとの研究プロジェクトについて語ってくれた

廣野教授は、プロジェクトの日本側研究代表者として、アジアスズキとバナナエビの2種を対象にした養殖研究を進めています。タイはアジアスズキの完全養殖に成功しているものの、それを将来にわたって持続的に発展させていくための技術が不足していました。また、近年大規模な感染症の流行で一時期生産量が半減したバナメイエビに代わる、新たなエビの養殖への期待も上がっていました。

そこで本プロジェクトでは、これら2種において持続可能な養殖体制を構築し、将来的に国際マーケットに出せるタイの主力養殖種にすることを目指した技術研究を進めています。病気に強い個体や成長の早い個体を交配させることで、病気に強く・成長も早い家系をつくる「ゲノム育種」や、新たな病気が出てきた場合などに世代を遡った種で対応するための「生殖細胞保存(シードバンク)」、感染症対策、育成しやすい餌の開発などが進められています。

養殖アジアスズキ

養殖アジアスズキ

養殖バナナエビ

養殖バナナエビ

「世界初」の大きな研究成果/アジアスズキの「高DHA化」も

2019年に開始され、2025年5月の終了まで1年を残す本プロジェクト。新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる苦難を強いられたものの、現在進行中のSATREPSプログラムの中でも、特に大きな研究成果が出ています。

価格が高騰している魚粉の代替原料として、植物タンパク質や昆虫を混ぜ微細藻類を添加した餌を開発し、この餌で育成したアジアスズキのDHA(私たちの体に必須の栄養素)の含有量を高めることに成功。関係者にふるまわれたアジアスズキの刺身も美味しいと好評で、流通前にも関わらず、日系のショッピングモールなどから取り扱いたいとの要望がすでにあがっています。繊細で養殖が難しかったバナナエビについても、本プロジェクトを通してタイで初めて安定的な人工交配に成功し、軌道に乗れば完全養殖したバナナエビの流通が可能になるところまで来ています。

試食会で振る舞われたアジアスズキの刺身

試食会で振る舞われたアジアスズキの刺身

廣野教授は、このプロジェクトの成果について、さらに次のように語ります。

「アジアスズキの育種の分野では、低塩分濃度や低酸素に強いグループを作ることに成功しています。現地の養殖農家に、さらに良いグループを養殖してもらうことが次のステップです。また、バナナエビの組織移植にも世界で初めて成功しています。これにより今後、さらに研究を進めることでバナナエビの育種をスピードアップすることができます」

タイと日本、30年にわたる二人三脚の研究

東京海洋大は、これまで30年以上にわたりタイの農業・協同組合省水産局との研究交流を深めて研究人材を育成し、タイとの信頼関係を築いてきました。廣野教授もこれまで100回ほど現地を訪れていると言います。

「初めて現地に行ったのは25年前ですが、タイは当時から比べると経済的に発展し、研究人材も育成されています。これから必要とされるのは、国際的に活躍できるグローバル人材の育成です。タイとの研究交流は内向きになりがちな日本の学生のグローバル意識を高める刺激にもなっています」

実は、このプロジェクトでアジアスズキの育種拠点となっているタイのソンクラー養殖センターは、日本が無償資金協力で1981年に建設し、その後の技術協力でアジアスズキの養殖推進に貢献した施設です。40年前からの日本の協力が現在のプロジェクトにつながり、養殖業の未来を創っているのです。

アジアスズキの育種拠点、ソンクラー養殖センター

アジアスズキの育種拠点、ソンクラー養殖センター

輸入大国日本の食料事情の安定にもつながる

このプロジェクトは、近い将来、研究成果の魚とエビを流通させることを目指しています。現時点で企業からの高い興味を引き出せているため、今後は、販路の確立など実際に売り出すことまで考えた生産側の準備が必要になります。そのため、今年2月には現地の養殖農家に向けた人工交配などに関するワークショップを開催し、研究を実証に移すための準備を進めています。

廣野教授は、「民間企業と連携したグローバル展開を目指したい」と話し、実際に研究と並行して、日本のスタートアップ企業をタイの水産局や養殖農家とつなぐ活動も行っています。

バナナエビのワークショップの様子

2024年2月に実施されたバナナエビのワークショップ

日本の食料自給率は低く、養殖業や畜産業の餌、エネルギーまで考慮すると、「ゼロに等しい」と廣野教授は言います。食料自給率を上げるのは簡単ではなく、食料輸入大国である日本の食料安全保障は、他国との友好関係が鍵になります。タイで行っているこの養殖の協力も、タイの養殖技術を高め、信頼関係を構築することで、ひいては日本の食卓を救うことにもつながっているのです。

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