【JICA×JAXA連携10年】国際開発と宇宙開発の架け橋になりたい:諏訪理JAXA宇宙飛行士に聞きました
2025.03.31
現在、米国航空宇宙局(NASA)で訓練を続けている諏訪理(すわ まこと)JAXA宇宙飛行士は、かつて青年海外協力隊としてルワンダで理数科教師を務め、さらに世界銀行で防災プロジェクトを担当するなど、長く国際開発の分野に携わってきました。その経験は今、宇宙開発を担う中、どのように生かされ、これからにつながっていくのでしょうか。忙しい訓練の合間を縫って聞きました。
諏訪理JAXA宇宙飛行士。現在、NASAジョンソン宇宙センターにて、船外活動、国際宇宙ステーション(ISS)のシステム、ロボットアームの操作方法などについて訓練を続けています(写真提供:JAXA)
―2008年から約2年間、青年海外協力隊としてルワンダの中学と高校の理数科教師を務めたほか、現ルワンダ大学の前身の教育機関でも教壇に立ちました。ルワンダでの経験は、その後、宇宙開発に従事することを目指す中、ご自身にどのような気付きを与えたと考えていますか。
諏訪:学生時代から「地球科学」「国際開発」「宇宙開発」の3つの分野に興味を持っていました。大学院で地球科学を勉強しながら、その知識を生かして国際開発の分野でキャリアを築いていきたいと思った時に、協力隊という選択肢もあると考えました。今振り返っても、それは本当に良い決断だったと思います。ルワンダでは理数科教師として教育現場に携わったことで、開発において教育がいかに重要であるかを、身を持って学ぶことができたからです。国際開発の分野では、相手側のキャパシティビルディング(能力向上)の必要性がよく語られますが、どんな能力を向上する必要があって、何が求められているのかについて、ルワンダの教育現場での経験を通じて、肌感覚で少し理解できたように思います。
ちょうどルワンダでの活動中、野口聡一宇宙飛行士がISSに長期滞在していて、宇宙と地球の教室を交信しながら授業をするというのを聞き、その企画に応募したのですが、残念ながら外れてしまいました。しかしその後、JAXAが宇宙ステーションで若田光一宇宙飛行士が宙に浮かびながら宇宙実験をしている様子をまとめたDVDを送ってくれたんです。生徒たちに見せたところ、もちろん初めて眼にするその様子に、私の授業なんかよりもすごく興味を持って(笑)。宇宙開発って、国境を越えて子どもたちの心を引きつけるんですよね。国際開発の現場でも、衛星データの活用など、宇宙分野との関わりが増えてきていますが、もっとさまざまに宇宙開発と国際開発は密接につながっていく可能性があると、ルワンダで直感的に感じました。
かつて青年海外協力隊員として、ルワンダの中等高等学校リセ・ド・キガリで理数科目を教えていた諏訪さん(左)
―協力隊の活動後、世界気象機関を経て、2014年から約9年間、世界銀行で主にアフリカの防災、レジリエンス強化や気候変動対策に取り組んできました。国際開発機関での経験から感じた宇宙開発と国際開発の接点について教えて下さい。
諏訪:例えば、世界銀行で最後に携わったプロジェクトは、西アフリカの食料安全保障に関するものでした。西アフリカでは干ばつや洪水などの自然災害が食料安全保障に大きな影響を与えるため、このようなプロジェクトでは農業、防災、水資源管理など複数の分野にまたがる知見が必要です。さらに、災害の影響を最小化するためには、広大なエリアを面的に網羅したさまざまな分野のデータや情報が重要で、それらを統合的に解析して意思決定につなげていく必要があります。当時、西アフリカで行われていたボトムアップのアプローチ、つまり地域ごとに情報を集め、それを吸い上げていく方法は効率性や即時性、データ品質管理といった点でさまざまな課題がありました。そこで、宇宙からの衛星データを補完的に活用することで、広範囲で品質が均一なデータや情報を、即時性をもって取得することができ、防災や食料安全保障に役立つ情報システムが構築できるのではないかと西アフリカの政府関係者たちと考え、取り組んでいました。国際開発における宇宙開発の活用にはさまざまな可能性があり、今後、さらに議論が進むと確信しています。
その一方で、もっと大きな枠組みで宇宙開発と国際開発の掛け算を考えていく必要があるのではとも感じています。月や火星、そしてその先を目指していくことで、人類の生存圏を広げ、新たな科学的・技術的な知見を得るといった宇宙開発の目的自体にも大きな意義はあります。しかし、同時に、宇宙開発の成果をどう地球に還元していくかをさらに真剣に考える時期に来ていると思います。その際、宇宙開発と国際開発との協働はますます重要な基盤になっていくのではないでしょうか。
―国際開発の現場でのご自身の経験を、今後、宇宙飛行士として、また宇宙開発の分野でどのように生かしていきたいと考えていますか。
諏訪:宇宙開発の成果を国際開発の課題解決に向けた解法の一部として捉え、さらに主流化させていくためには、いくつかの取り組みを同時進行で進める必要があると考えています。まず、宇宙開発がそれぞれの国の経済発展や課題解決にどのような寄与するのか明確なビジョンが必要です。また、各国ごとに宇宙とのかかわり方に関する政策や戦略をしっかりと策定し、アップデートしていくことも重要です。
さらに、多くの国では宇宙関連の知見を持つ人材や予算が限られているため、例えば衛星データの活用においても、農業分野なら農業省、防災ならその関連省庁というように、受け皿がバラバラであることは効率的ではありません。宇宙開発を国際開発により統合的に活用する制度や組織作り、そしてそれらを強化していくといったことも、これから多くの国で重要になってくると思います。同時に、宇宙が実際にどのようにグラウンドレベルの問題解決に役に立っているかを例示できる「グッドプラクティス」も必要です。これらを進めていくうえで、今後の課題の一つが、宇宙開発と国際開発の架け橋となる人材の育成だと感じています。
10年後、あるいはもっと先の未来になるかもしれませんが、時代の文脈に合わせて、国際開発と宇宙開発をうまく融合させ、社会に貢献できるように取り組んでいきたいと思っているところです。
米国からオンラインでインタビューに答えていただきました
―アフリカの国々自体が宇宙開発に取り組む中、アフリカにおける宇宙開発や宇宙産業の成長に向けた課題や期待について教えて下さい。
諏訪:現在、アフリカの国々は宇宙開発において、いくつかの例外を除き、非常に限られたエンドユーザー的な立ち位置にあることが多いという印象です。他国や商業衛星からのデータを活用したり、既存のソリューションをそのまま使用したりするという形が主流だと思います。しかし、将来的には、アフリカの国々がより主体的に宇宙開発に関わるようになるべきではないかと考えています。他所からの衛星データを今後も継続的に使用することは重要ですが、例えば自国にとってどのような観測が必要なのかといった設計段階の議論にも、より積極的に関わることが大切です。これにより、衛星サービス提供者はより良いサービスを提供でき、アフリカの国々は必要なデータや質の高いサービスを受けられる可能性があります。アフリカは若い大陸ですから、今後、宇宙開発に関わっていく人材の育成を考える上でも大きなポテンシャルがあると思います。
また、宇宙開発が途上国の教育に与える効果は非常に大きいと考えていますので、いつか宇宙飛行士として、宇宙からアフリカの学校とつないで教育イベントをやってみたいですね。これまでなかった枠組みで、教育の分野においてもますます宇宙を活用していくのは私の今後の夢でもあります。
―途上国での宇宙開発に向け、開発協力を担うJICAと宇宙開発技術の研究を進めるJAXAとのさらなる連携にどのように期待しますか。
諏訪:JAXAは技術・研究開発機関であり、衛星データを含めた宇宙技術の開発や活用において強みを持っています。しかし、国際開発や国際協力機関ではないので、ある一つの国に深く入り込んで活動をすることは得意ではありません。その点、JICAは現場に根を張り、人脈を築き、その国がどのようなダイナミクスで動いているかよくわかっています。このような現場の知識と組み合わせていかないと、宇宙開発の技術や経験を国際開発の文脈で生かすことはできないと考えます。まさしくJICAの培ってきた現場力やネットワークと、JAXAの技術力や宇宙開発の知見を掛け合わせることが重要です。
イノベーティブなプロジェクトを設計し実施していくと、どうしても技術そのものに焦点が当たることが多いのですが、そうではなく、全体の文脈の中でどのような課題に対して宇宙分野が貢献できるのか、また他の解決方法とどのように統合的に機能しているかをしっかりと示すことも重要になってくるでしょう。宇宙開発と国際開発の掛け算を進めるためには、JAXAとJICAのようなそれぞれの強みを持つ機関が引き続き連携を深化させていくことが不可欠だと思います。
諏訪さんとオンラインで再会を果たしたリセ・ド・キガリのイノセント先生(左)とデュードネ先生(右)
今回のインタビューを機に、JICAルワンダ事務所を通じて、諏訪さんがかつて青年海外協力隊として活動していた中等高等学校リセ・ド・キガリの同僚、デュードネ先生とイノセント先生との再会が実現しました。デュードネ先生は諏訪さんについて「時間を無駄にせず、目標を持って最後までやり遂げる姿勢を持っていた」と当時の様子を振り返ります。教員住宅で隣に住んでいたというイノセント先生も、そんな諏訪さんだから宇宙飛行士になれたんだと語ります。
当時の思い出話をする中、諏訪さんは「先生たちをはじめ新しい出会いを通じ、多くを学んだルワンダでの教員生活は自分にとって宝物」と述べます。また、宇宙飛行士の選抜過程でチームワークの大切さや自分の強みと弱みについて語る際、リセ・ド・キガリで学んだことやルワンダでの経験が大いに役立ったと明かしました。
今回、諏訪さんにはリセ・ド・キガリの高校生からの質問にも答えてもらいました。その中で「宇宙分野で仕事をしていくためには?」という質問に対して、諏訪さんは、「宇宙産業は大きな可能性があり、今後キャリアを追求するには良い分野」とし、自分がどのように関わりたいか、それに応じた経験の積み方を考えて、決して諦めないことが大事、とエールを送りました。諏訪さんはかつて教えた生徒たちとSNSを通じて今でも連絡を取り合い、卒業後の活躍を見守っています。
先生らは、この学校から宇宙飛行士が生まれるなんて本当に誇らしいと口をそろえ、諏訪さんの今後の宇宙での活躍を期待するとともに、その姿は生徒たちにとっても大きな励みになると述べます。3人ともまた会える日を楽しみに、これからも連絡を取り合おうと画面越しに約束を交わしました。
諏訪さんへの質問を寄せた高校生
熱心に授業に取り組むリセ・ド・キガリの生徒たち
scroll