ザンビア史上最悪のコレラアウトブレイクを食い止めた、オールジャパンの取り組みとは?
2024.06.19
昨年10月から、ザンビアでは史上最悪のコレラアウトブレイク(集団感染)が発生しました。さらなる感染拡大を食い止めたのは、現地で活動していた2つのJICAの保健医療プロジェクトチームです。患者急増期を乗り越え、ザンビア政府に高く評価された取り組みとは。
コレラ菌の3Dイラスト (Adobe Stock)
ザンビアの首都であるルサカで、最初のコレラの確定例が発表されたのが2023年10月15日。その3日後に、ザンビア政府はアウトブレイクを宣言しました。コレラ*は、コレラ菌で汚染された水や食物を摂取することで感染するため、多くの場合、安全な水へのアクセスが難しい人口密集地域で発生します。ルサカには、コンパウンドと呼ばれる貧困層の密集居住区(いわゆるスラム)が多くあり、今回のアウトブレイクもこのコンパウンドから発生しました。
おりしも、ザンビアには雨期(12〜4月)が迫っていました。本格的な雨期になれば、コンパウンドは洪水で水があふれ、汲み取られていないトイレの汚物で水源が汚染されるなどのさらなる衛生状況の悪化が予測されました。
貧困層が多く住むコンパウンドには上下水道が整備されておらず、雨が降るとすぐに水があふれ、衛生状態が悪化する
「当初から、今後患者数が急増することは分かっていました」。そう語るのは、ルサカ郡の5つの病院の運営管理能力強化プロジェクトに2021年から取り組む法月正太郎(のりづき・まさたろう)専門家です。
法月専門家らは、アウトブレイク初期から今後の患者の急増を見据えた対応を開始し、プロジェクト対象の5つの病院で看護師らへの治療手順や感染対策、患者導線などの指導に着手。その後コミュニティをまわり、経口補水液の提供ポイントの設置も進めました。
コレラの治療には下痢によって失われた水分と塩分の速やかな補給が必要ですが、貧しい人々が多く住むコンパウンドには「病院に行くと死んでしまう」というような医療への偏見(スティグマ)が根強くあり、下痢などの症状がでても病院に足を運ばない人々が多くいます。また、逆に病院へ行きたくてもアクセスが悪い地域もあるため、このような経口補水液の提供ポイントの設置はとても重要な取り組みなのです。
病院へのアクセスの悪いコンパウンドに設置された経口補水液の提供ポイント
雨期に入ると、法月専門家が懸念したように患者数が劇的に増加。多い時には、1週間の新たな患者数が平均461人/日を記録しました(WHOの報告より)。そのため既存の病院施設ではベッド数も足りず、患者は床で寝る状態となり、医療の質が悪化の一途をたどっていました。医療の現場が窮地に追い込まれる中、ザンビア政府は2024年1月2日、ルサカにある陸上競技場「ナショナル・ヒーローズ・スタジアム」に、ベッド数600床規模のコレラ治療センターを設置することを決定。その2日後にザンビアの保健大臣がスタジアムに視察に訪れ、その日のうちに開所することを宣言しました。
「我々は開設決定翌日の1月3日にスタジアム中を巡り、感染対策のゾーニングやごみの収集箇所まで、部屋の大きさや窓の有無などを調べて、受け入れ体制構築のためのマッピングを開始しました。その翌日に保健大臣の訪問があったので説明しながら決めていきました。しかし、オープンするやいなや患者がなだれ込み、治療センターとしての秩序を失いました。病床を1000床に拡大し、ザンビア人の医師や看護師らと共に、『何とかこの状況を打破するんだ』という強い思いで、秩序を取り戻すために必死に現場環境の改善をしていました」(法月専門家)
2024年2月4日にナショナル・ヒーローズ・スタジアムを訪れ、入院患者を慰問するザンビア大統領(右から3人目)と、法月専門家(前列左から2人目)。法月専門家は感染症の専門医で、日本国内では新型コロナウイルス感染症の対応にも従事。その経験がザンビアでも役立ったと話す
首都ルサカのナショナル・ヒーローズ・スタジアムに設置されたコレラ治療センター。地域の大工により一晩で作られたベッドと点滴台に、カルテや重症度を書いた手作りのタグを点滴台に吊り下げるなど、秩序だった現場管理を支援
今回のアウトブレイクにおいては、このような感染制御のための支援に加えて、疫学や検査、診療への支援も重要な役割を果たしました。感染症対策の中枢であるザンビア国立公衆衛生研究所とともに、患者の便検体の採取や検査体制の整備をはじめ、コレラ治療センターの臨床データの解析、ルサカ市内の感染拡大状況に関する地理情報の解析を進めたのは、今村忠嗣(ただつぐ)専門家です。
今村専門家は2023年4月から、ザンビア国立公衆衛生研究所で、感染症の流行状況の監視や検査体制の強化に向けたプロジェクトに従事しています。このプロジェクトで整備した検査体制は、アウトブレイク時、ルサカや地方の医療施設のコレラ疑いの便検体検査を一手に担いました。
「プロジェクト開始当初から、コレラのアウトブレイク時に役立つ系統だった検査体制の構築などに向け、ザンビア人スタッフと共にマニュアルを作成し、何度も繰り返しトレーニングを重ねてきました。ちょうど2023年末から本格的な運用を予定していたタイミングでアウトブレイクがあり、その成果を生かすことができました」(今村専門家)
診療所で便検体の採取方法などを現地の技師に指導する今村専門家(右)
便の培養検査を行うザンビア国立公衆衛生研究所の技師たち
今村専門家は、2020~2022年にも感染症対策アドバイザーとしてザンビアでの協力に従事していました。これまで培ってきたザンビア関係者との信頼関係があったからこそ、今回、ザンビア政府から国にとって重要なコレラ感染状況のデータの解析支援を任されたと言います。
市中感染がどう広がっているのか、どのような危険因子があるのか、抗菌薬が効かない耐性菌が発生していないか、入院患者の治療の質に問題はないか、医師や看護師が足りていない場所はどこなのか——。疫学・臨床データの解析と検査結果に基づいた情報を保健省や医療施設などに共有することで、データに基づく適時・適切な対策を実現することができました。
さらに2024年2月には、国立感染症研究所、国立国際医療研究センター、JICAで構成する日本の感染症対策の専門家調査団がザンビア入りしました。現地調査の実施と同時に、コミュニティに設置した経口補水液提供ポイントの視察・改善提案を実施。感染拡大の要因の検証、臨床データのデジタル化・分析、検査精度向上への支援なども行いました。
各コミュニティの経口補水液ポイントを視察してまとめた改善案などを、ルサカ州保健局に提言する専門家チーム
こうしたオールジャパンでの一連の取り組みは、ザンビア政府から高い評価を受けました。大統領からも、日本から寄せられた多くの支援物資や、日本人専門家らの献身的な支援活動に対して「ザンビアの人々に対する愛を感じた」と感謝の言葉がありました。
ザンビアは現在、アウトブレイクを乗り越え、落ち着きを取り戻しています。ただ感染者約2万3千人、死亡者数約740人(5月12日時点)と、今回のアウトブレイクはザンビア史上最悪となりました。
ザンビアでは、これまで度々コレラのアウトブレイクが発生しています。今後は、次のアウトブレイクを起こさないことが大きな課題となります。
JICAは、2018年にザンビアがコレラのアウトブレイクに見舞われた後にも調査団を派遣し、コレラが発生しやすい地域の病院能力の強化や、感染症の監視体制の強化の必要性を提言しました。それが、今回のアウトブレイクの支援を担った2つのプロジェクトが生まれるきっかけとなりました。そして現在、各プロジェクトは、さらなる協力の拡充のため、次のアウトブレイクを起こさないために今回のコレラ対応を検証しているところです。
新型コロナウイルス感染症の世界的な大流行はまだ誰の記憶にも新しく、さまざまな経験や教訓を残しました。感染症は国境を越えた共通の課題であり、いつどこでまた起こるかわかりません。ある国で起きた感染症の問題は決して他人事ではなく、平時からの予防や備え、そして危機発生時における対応を強化していくことが世界全体で求められています。
スタジアムで共にコレラと戦った医師、看護師、感染管理担当者らと法月専門家
ザンビア国立公衆衛生研究所・リファレンスラボラトリーにおいてザンビア感染症対策の司令塔の役割を果たす検査技師、兼子千穂専門家(ラボマネジメント担当)と今村専門家(サーベイランス担当)
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