遠隔支援で紛争下の子どもの学びを守る!西アフリカ・マリの「みんなの学校」
2024.11.15
紛争や内戦の増加は、子どもたちが教育機会を失う大きな要因の一つとなっています。そうした中、紛争が続く西アフリカのマリでは、JICAが長年アフリカで展開してきた「みんなの学校」プロジェクトを、完全遠隔の形で支援する試みが行われています。11月20日の「世界子どもの日」を機に、その先駆的な取り組みを紹介します。
「みんなの学校」プロジェクトは、教育を行政任せにせず、学校、保護者、地域社会の皆が協力して子どもたちの学習を支援するJICAの取り組みです。2004年に西アフリカのニジェールの小学校23校で始まり、現在、アフリカ11ヵ国・約7万校の小中学校に広がっています。マリでは2008年に始まりました。
「子どもの教育のために、なぜ地域社会が協働する必要があるのか、とよく聞かれます。西アフリカで初等教育が普及したのは近年のことで、親たちの多くは小学校教育を受ける機会がありませんでした。だからこそ、子どもたちには教育を受けさせたい、そのために地域全体で子どもの学びを支えよう、という強い思いがあります。しかし、いまだ政府の財政も厳しく、小学校教育を維持していくには保護者や地域との協働が欠かせないのです」
そう語るのは、マリで「みんなの学校」プロジェクトを支える専門家チームの岩田守雄さんです。マリ教育省がこの取り組みを導入して以降、2度のクーデターやコロナ禍など多くの困難を同省の職員らと共に乗り越え、プロジェクトを進めてきました。
青年海外協力隊員として2001年、西アフリカ・ニジェールに派遣された岩田さんは、その後ニジェールやセネガルでの教育支援に携わったことがきっかけで「みんなの学校」プロジェクトに関わり、2011年からはJICA専門家としてマリとセネガルの同プロジェクトに従事。現在はセネガルからマリへの遠隔支援を実施している
「みんなの学校」は、学校長や保護者、地域住民で構成する「学校運営委員会」の代表委員を住民の選挙で選ぶことから始まります。この全く新しいやり方を皆さんに抵抗感なく受け入れてもらえるにはどうしたらよいか、教育省の同僚たちと丁寧に話し合いを重ね、マリに合ったやり方が模索されました」(岩田さん)
そうして、対象校が開始当初の156校から約1,500校にまで拡大した2012年、首都バマコで軍事クーデターが発生。JICAの専門家らはマリから退避を余儀なくされます。教育省の公式モデルとなり、定着し始めた「みんなの学校」の取り組みを、全国の小学校へ普及拡大し始めようという矢先のことでした。
学校運営委員会の代表委員選挙に投票する住民。マリでは、伝統的に村長の家系が地域の要職に就く慣習がある中、「みんなの学校」の学校運営委員会は、保護者・住民の無記名投票による委員選出という形で代表を決定。民主化を持ち込んだことは、「みんなの学校」の成功の重要な要因になった
クーデター発生から5年後、政情が安定し始め、プロジェクト再開の動きが始まります。プロジェクト中断の間も、マリ教育省は他の支援機関の協力を得て「みんなの学校」を4,500校にまで拡大しましたが、持続可能な仕組みづくりに向けてさらなる支援が必要でした。その際、専門家の退避によりプロジェクトが再び中断とならないよう、岩田さんたちは「完全遠隔」というかつてない形での支援を目指すことを決めます。
新たな挑戦に向け、まず着手したのがデジタル技術の活用でした。幸い首都バマコ周辺の支援地域はスマホでのインターネット利用が急速に普及しつつあったことから、オンラインアンケートを使ったモニタリングや、動画配信を使った遠隔研修、地方の学校巡回を行う教育行政官とのチャットグループを通じて、関係者間のコミュニケーションが途切れないよう工夫を重ねました。加えて、セイコーエプソン社の協力により、高音質スピーカー内蔵のビデオプロジェクターを使った臨場感あるバーチャルミーティングが実現。マリ教育省や現地のNGOと、セネガルを拠点に活動しながら日本や他のアフリカ諸国へも出張するJICA専門家との間でも、質の高いコミュニケーションが可能になり、プロジェクト全体の結束と相互信頼を高めることにつながりました。
左)スマホでのオンラインアンケート回答に挑戦する保護者たち
右)学校現場の様子について、現地の担当者から報告を受けるグループチャット
また、岩田さんらはマリ教育省や現地NGOのメンバー総勢21名を隣国セネガルに招き、プロジェクトの計画や実施体制、方針について協議するとともに、遠隔実施に必要な心構えやルールの共有、デジタル機材の扱い方に関する研修を行いました。メンバーらがマリに戻ってからも、毎週のオンライン定例会、電子メールやチャットアプリで日々進捗を確認しています。こうした試みを支えるカギとなったのが、マリ教育省のハッサン・サマセク局長はじめ、他のメンバーとの間で培った信頼関係でした。
「JICAの技術協力は、その国の政策や文化、慣習に寄り添い、相手国の人々が自分たちの力で課題を解決していく知恵と力を付けていくことを励まし、共に考え、共に学び、手助けするプロセスです。ですから、プロジェクト活動の細かな点についても、お互いが納得するまで何時間でも何日でも丁寧に話し合って決めることが日常です。特にサマセク局長とは、そうした年月を通じて、お互いの人となりや信念、仕事への姿勢、マリの教育への想いを理解し合い、深く信頼し合っています。それがなければ、この遠隔支援は実現できなかったと思います」
日本との協力についてサマセク局長は、こう語ります。「研修で日本を訪れた際、さまざまな場面で目にした日本の人たちの真摯で誠実な働きぶりにとても感動し、日本が先進国になった理由が分かったように感じました。そんな国の専門家と共に働く機会が得られるということで、局員全員に専門家の働き方を学び吸収するよう強く呼びかけた結果、局全体のパフォーマンスも大きく向上しました。丁寧できめ細かいサポートのおかげで、遠隔支援でも遠いと感じたことはありません」。
マリ側のキーパーソンを務めるサマセク局長
丁寧な協議で信頼を積み重ねてきた岩田さん(左)とサマセク局長(右)
また、政情不安で計画変更の手続きや予算調整を行いながら、遠隔でプロジェクトを進める上では、東京のJICA本部の理解と力強いバックアップも大きな支えになったと岩田さんは言います。「現地の様子や成果を肌で感じることができない中でも、現場を信じて、マリの子どもたちを遠くから支えてくださった本部の皆さんを心から誇りに思います」。
遠隔での実施は今後、政情不安などで子どもたちの学びの機会の喪失が危ぶまれる西アフリカで新たな支援の形として期待されています。岩田さんは、この「みんなの学校」プロジェクトが、子どもたちの教育環境や学びの改善だけでなく、西アフリカの平和構築にもつながるものだと強調します。
「『みんなの学校』を通じて、地域の人々が定期的に顔を合わせ、話し合いで解決策を見出し、行動を約束して実行し、結果をたたえ合い、励まし合うことを繰り返す――それにより、自分たちの課題を平和的に解決するための地域の集団的な能力を高めていきます。これが国中の小学校で行われるわけですから、これほど効果的で持続的な平和構築の手段は他に思いつきませんし、それこそがこの地域が安定的に発展していくための土台を築く協力になるのではないでしょうか。また、それが日本だからこそマリ政府やマリの人々が信頼し期待を寄せてくれているのです」
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」——ユネスコ憲章が教育協力の目的として掲げるこの言葉を、折に触れて思い出すという岩田さん。今日もマリ、そして西アフリカの人々と共に、子どもたちが安心して学べる未来の実現に向けて奮闘しています。
マリ「みんなの学校」プロジェクトのメンバー
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