JICA|ヘラルボニー 世界の80億人が「異彩」を放てる社会へ



2025.01.17
アートを通じたビジネスで障害に対するイメージの変容を目指すヘラルボニーと、障害のある人を含め誰もが自分らしく生きられる社会の実現に取り組むJICA。この両者の共創は、これからどのような新しい価値を社会に生み出すのでしょうか。株式会社ヘラルボニー松田崇弥代表取締役Co-CEO とJICA宮崎桂副理事長兼最高サステナビリティ責任者(CSO)が語ります。
株式会社ヘラルボニーの松田崇弥代表取締役Co-CEO (左)、JICAの宮崎桂副理事長(右)
ヘラルボニーが掲げるミッションは、「異彩を、放て。」。国内外の主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、作品データのライセンス事業を軸に多くの企業とのコラボレーションを展開しています。「障害は欠落ではなく特性である」「“普通”じゃないことは、可能性でもある」。そして「“障害”のイメージを変えるため、世界に活動を広げていきたい」——。そんなへラルボニーの考えに共感したJICAが、途上国での活動で協働したいと声をかけたことをきっかけに、2024年5月から、JICAとヘラルボニーの共創の取り組みが始まりました。
これまで、障害のある人のスポーツや教育に関わる途上国の行政官が、JICAの研修を通じて岩手県盛岡市にあるヘラルボニー本社や同社の契約作家が在籍する花巻市の「るんびにい美術館」を訪問したり、ヘラルボニーの関係者や契約作家が、JICAが支援するタイの障害者センターを視察したりと、さまざまな取り組みが進行中です。
「多様な人々が自分らしく活躍できる社会の実現」に向け、共創で新しい価値を生み出していきたい——。ヘラルボニー松田崇弥さんとJICA宮崎副理事長の対談が実現し、そんな熱い想いを語り合いました。
松田 崇弥(まつだ・たかや) 株式会社ヘラルボニー代表取締役Co-CEO
1991年岩手県生まれ。東北芸術工科大学卒。
小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て、2018年に双子の兄・文登とヘラルボニーを設立。
2024年にForbes JAPANが選出する30組の文化起業家「CULTURE-PRENEURS 30」受賞
宮崎:今回、松田さんとお話しできることを本当に楽しみにしていました。私自身、これまでジェンダー平等も女性活躍も多様性・ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)も、事業と組織の双方において推進してきましたが、まだ十分に浸透していないもどかしさがあります。また、JICAは開発協力を進める公的機関であり、いろいろな立場の人のことを考えながら事業を進めなくてはならないのですが、一人ひとりにきちんと向き合っているかと考えると、足りていない部分もあります。
ヘラルボニーは、アートを通じて障害のある方一人ひとりと真摯に向き合い、新しい文化を生み出そうとしている会社です。多様性を生かしながら、新たな価値を生み出そうとするそのエネルギーは、いったいどこから来ているのでしょうか。
宮崎 桂(みやざき・かつら) JICA副理事長兼最高サステナビリティ責任者(CSO)
社会基盤・平和構築部審議役兼ジェンダー平等・貧困削減室長、タイ事務所長、ガバナンス・平和構築部長などを歴任し、2022年10月に理事に就任。
2024年5月より現職
松田:双子の兄・文登と一緒にこのヘラルボニーを創業したのは、4歳年上の兄が重度の知的障害を伴う自閉症だったことがきっかけです。幼い頃から、兄が周囲の人に馬鹿にされるのを見てきましたし、「お前たち双子は兄貴の分まで頑張れ」といったことも言われてきました。だから「障害がある人は支援されることが前提」という世界を変え、「尊敬という文脈を生み出したい」「そのために起業したい」と強く思っていました。
そんなある日、母が知的障害のある作家のアートが展示された「るんびにい美術館(岩手県花巻市)」に連れていってくれたんです。もう、雷に打たれたような衝撃を受けました。障害なんか関係なく、素晴らしい作品がそこにあった。そのような優れた作品をそのまま世の中に出す仕組みをつくりたい、とヘラルボニーを創業しました。当時、PR会社で熊本県のキャラクター「くまモン」のライセンスビジネスに携わっていたので、そんなことができればいいなと双子の兄と思い切って始めたんです。
宮崎:まさしく、障害を「異彩」と捉えるんですね。JICA事業の対象である難民の人たちなどは、「かわいそう」だから支援するとみられがちですが、そうではなく、事業の主体者だと考えています。一人ひとりの立場を尊重し、それぞれに向き合いサポートする。JICAとヘラルボニーの根底にある考えは共通しています。
松田:ヘラルボニーでは、作家ファーストという言葉を大事にしています。作家の創造性に依存している会社とも言えますから、作家へのリスペクトが一番大事です。「障害者アート」という言葉も好きではありません。素晴らしい作家が実力通り評価されるフェアなプラットフォームでありたいと考えています。
ヘラルボニーの契約作家・佐々木早苗さんとその作品
宮崎:共創の取り組みの一環として、松田さんをはじめヘラルボニーや契約作家の方々も一緒にタイを訪れ、国連機関や福祉施設などを視察されたと聞いています。その中で、松田さんがアジア太平洋障害者センター(APCD)に行かれた際、職員の方から聞いた「タイでは障害のある方に研修や訓練をするというアプローチが主流である」という言葉が印象的だったと伺いました。
松田:日本でもかつて、福祉施設は更生施設と呼ばれ、障害がある人を健常者に近づけることが目的とされていました。その感覚がまだタイにはまだあるんだと思ったんです。どちらが良い悪いということではありませんが、ヘラルボニーや日本の一部の福祉施設では、できないことをできるようにするというよりも、すでにできていることやその人のユニークな点にスポットを当てるようになっています。タイでは現地の障害がある作家とも交流する機会もあり、さまざまな学びがありました。
作家とともに、タイ・バンコクのアジア太平洋障害者センター(APCD)を訪問。福祉施設で現地の障害のある作家との交流も実現した
宮崎:タイの福祉施設にも、これからそんな考え方を持ち込めればいいなと思います。他方、タイの地方部では、知的障害への対応ぶりが都市部とは全く異なるという現実があると聞いたことがあります。ヘラルボニーは、障害がある人の中でも、アートで表現をする特性がある方と接していますが、他の障害のある方に対して何か考えられていることはあるのでしょうか。
松田:もちろん、あります。ヘラルボニーは今、障害がある人の上澄みの部分にフォーカスして、「尊敬」の文脈を作っています。でも、障害がある人の多くは、私の兄が月3千円で空き缶を潰す仕事をしているのと同じような状況に置かれている現実があります。だから、そういった所にもフォーカスできる組織体になりたいと思っています。
私の野望は、ヘラルボニーを世界的なブランドに育てる。その前に、経済性がつかない事業については公益財団などで支える仕組みを作ることができたらと考えています。このスキームは、社会課題の解決を図るスタートアップにとって、結構面白いかなと。ヘラルボニーはアートだけの会社でありたいとは思っていません。
国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が主催するパネルディスカッションに登壇する作家の浅野春香さん、伊賀敢男留さんと、松田崇弥さん。
手にしているのは浅野さんの作品をデザインしたスカーフ
宮崎:ヘラルボニーは、2024年5月に、ルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールなどのメゾンを傘下に持つ世界最大の複合企業LVMHが世界のスタートアップを評価する「LVMHイノベーション・アワード2024」で部門賞を受賞されました。7月には、パリに現地法人も設立し、欧州の有名ブランド企業とのコラボレーションも進めていると聞いています。
JICAも世界の課題が複雑になる中、いろんな人と手を携えて立ち向かうことが不可欠で、共創をもっと推進していかなくてはならないのですが、なかなか難しい。ヘラルボニーは創業わずか6年で、多くの企業とつながっていることが素晴らしいです。
松田:事業が軌道に乗り始めたのは、この2〜3年です。ヘラルボニーの活動に共感して「応援するよ」という気持ちで資金を提供していただいたことが、最初の一歩でした。アートは、スカーフや壁紙など無限大に活用できて、どんな企業ともコラボできるという強みもあるかもしれません。
今回、JICAと一緒に取り組むことができ、とてもありがたく感じています。これを機に、さらに多くの機会を生み出していきたいです。途上国でも活動を広げたいものの、ヘラルボニーだけではリーチが難しいのが現状です。すでに信頼関係もあり、かつ尊敬されているJICAと一緒に取り組めることは、私たちにとって大きなアドバンテージです。
へラルボニーは、丸井グループとのヘラルボニーカード(左)や、JALの機内アメニティ(右)のデザインなど、多くの企業とのコラボレーションを実現している
宮崎:海外に活動を広げて国際的なアートアワードとしての立ち位置を目指す「HERALBONY Art Prize 2025」について、JICAの海外拠点に向けて紹介したところ、すでに10か国以上から応募したいという声が挙がっています。JICAにとっても、新しい協力の形ができると期待しています。
松田:途上国からの応募作品向けに、JICA賞を創設するのも面白いかもしれません。
宮崎:素敵なアイディアですね。そして今後は、アートの分野だけでなく、例えば、農業や交通インフラといった分野でも、もっともっと障害がある人の視点を取り入れていく必要があります。ぜひアドバイス頂けるとうれしいです。
松田:将来的に「障害者」という言葉を変えていくような流れを当事者団体と生み出せたらと考えています。JICAとも一緒に取り組んでいけたらうれしいです。そんな日本の事例が海外にも広がり、価値観が変わっていく。新しい価値の創造でつながっていけたらいいですね。
宮崎:最近、「途上国」という言葉も正しくないのではと感じています。パートナー国と言った方がよいのかもしれません。松田さんの「障害者」という言葉に抱く想いと同じです。お互いに学び合いながら、新しい考え方へのアプローチをこれから一緒に進めていきましょう。
2人はJICA内部向けのセミナーでも対談。
このセミナーに手話通訳を入れるなど、両者の連携によりJICA内のDE&I推進も後押しされている
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