JICAが生んだ人材循環 モンゴルへの高等教育支援


2025.06.23
経済発展が著しいモンゴルでは今、日本の高等専門学校(高専)をモデルにした「モンゴル高専」が注目を集めています。JICAでは2014年以降、教員の派遣や教材開発、留学やインターンシップの受け入れなどの支援を続けてきました。こうした取り組みにより、日本企業に就職する人材も現れ始めています。将来的には日本で腕を磨いた若者がモンゴルに帰国し、祖国の経済発展に貢献する好循環が期待されています。
JICAの支援事業で日本留学前の教育を受けるモンゴルの学生たち
「モンゴル高専では日本語での授業も多くありました。また、校内では上履きに履き替えたり、時間を守る大切さを教えられたりと、モンゴルの学校にはない日本式の指導を受けることができました」
「モンゴル高専」で電気電子工学を学び、2024年に卒業したバトゥバータル・ツェルメグさんは、自身の学校生活をそう振り返ります。ロボットを作って競い合う「ロボコン」などのクラブ活動に加え、日本のビジネスマナーや礼儀を学ぶ機会もあり、心・徳・体を兼ね備えた人格育成に役立ったそうです。
バトゥバータル・ツェルメグさん
首都ウランバートルに3つの高専が開校したのは、2014年のことです。
モンゴルは鉱物資源の輸出で高い経済成長率を誇ってきました。一方で近年は産業の多角化・高度化が課題になっていました。そこで日本への留学経験がある知日派の要人らが中心となって、モンゴルの発展に必要な創造性のある技術者を育成するために、日本の高専をモデルにした「モンゴル高専」が設立されることになりました。日本側の有志や国立高専機構も設立に尽力しました。
首都ウランバートルにある3つの「モンゴル高専」。左からモンゴル科学技術大学付属高専、モンゴル工業技術大学付属高専、新モンゴル高専
戦後の日本で誕生した高専は、5年間で専門知識を持った技術者を育てるのが特徴です。「日本の経験とノウハウをモンゴルで生かしたい」。日本の高度経済成長を牽引(けんいん)した教育システムが、モンゴルの国家的なニーズに合致したのです。
3つのモンゴル高専ではこれまでに約670人の卒業生を社会に送り出しました。現在は約1300人のモンゴル人の学生たちが日本式の教育を受けています。さらに、同様のカリキュラムを導入した学校は地方の学校にも広がっています。
JICAでは2014年から「工学系高等教育支援事業」(M-JEED)を通じて、モンゴルの工学系人材の育成を支援してきました。
モンゴル科学技術大学付属高専の様子
「1000人のエンジニア育成」を目的としたこのプロジェクトでは、これまでに日本の高専や大学への学位留学やカリキュラム・シラバスの改善、日本の大学との共同研究などを実施してきました。モンゴル高専に対しては、設立に当たって基礎情報の収集や調査を実施し、設立後は教員育成や教材開発を支援してきました。2023年以降はDXやICTの普及を目的に、モンゴル高専生などを対象にしたビジネスプランコンテストも開催しています。
JICA海外協力隊として、モンゴル高専で日本語を教えている桜井千代子さんはJICAの活動の意義を語ります。
「モンゴル高専」で日本語を教える桜井千代子さん
「私はJICAプログラムなどを通じ、30年以上モンゴルでの日本語教育に携わってきました。赴任当初、生徒たちが描く未来は、日本語そのものを使って仕事をすることでした。でも、最近では日本語だけでなく技術という専門性を身につけることで、より高度な人材となって社会に貢献していくことに深化してきたと感じています」
JICAの取り組みの成果と意義はモンゴル国内にとどまりません。人材不足に悩む日本の地方経済活性化の一助ともなっています。
2024年5月、JICAの草の根技術協力事業「新潟・モンゴルの産業変革を担う産業DX人材育成プラットフォームの構築」がスタートしました。このプロジェクトは、デジタル技術に強いモンゴル高専生を育成し、一部の学生について新潟県内の企業とマッチングをした上で、インターンシップやその後の就職を支援するものです。この取り組みには長岡高専や長岡市の企業も協力しています。
草の根技術協力事業「新潟・モンゴルの産業変革を担う産業DX人材育成プラットフォームの構築」の訪問団
モンゴル高専の学生や教員へのDX人材育成に取り組んできた長岡高専の村上祐貴教諭は、「人口減が進む新潟県では、DXを推進し、働き方を変える必要がありますが、ITベンダーに依頼しても、現場が分からないとうまくいかない。地元でITスキルと専門性を備えた若者は著しく不足しています。モンゴル高専生は日本のビジネスマナーも専門性も備えているので、ITスキルがさらに向上すれば、活躍が期待できます」と話します。
冒頭に登場したツェルメグさんも、このプロジェクトで長岡市の企業でインターンシップに参加した一人です。コンドウ印刷で2週間、印刷の知識や技術を学びました。
コンドウ印刷の近藤保子社長は、人手不足から外国人技術者の雇用を考えていたもののつてがなく、上記プロジェクトを通じたインターン生受け入れが絶好の機会になったといいます。
コンドウ印刷で仕事を学ぶツェルメグさん
コンドウ印刷の社員と記念写真を撮るツェルメグさん(左)
「日本式の教育を受けたモンゴル高専生は、即戦力になってくれました」
プロジェクトの実施主体であるNPO法人長岡産業活性化協会NAZEの大井尚敏会長は、プラットフォームの発展に期待しています。
「JICAのおかげでモンゴルと日本双方にとってメリットのある『ウィンウィン』の仕組みが出来上がりました。ツェルメグさんのように日本の企業で学んだ若者がモンゴルに帰国して活躍し、また新たな人材が日本に来る。両国の利益となるよう、こうした人材の循環が続いてほしいですね」
「モンゴル高専」を視察する長岡からの訪問団
ツェルメグさんはインターンシップの後も日本企業で就職。AIの開発を担当しながらさらに腕を磨いています。少子高齢化に直面する日本の企業にとっても有意な外国人材として活躍しています。
「日本での学びを生かして帰国後に起業するのが目標です。それがモンゴルの発展に貢献し、長岡とモンゴルの関係をさらに深める機会にもなるとうれしい」
JICAがモンゴルにまいた支援の種が今、日本でも花開こうとしています。
JICAはモンゴルでほかにも、ハードとソフトの両面での教育支援を展開しています。
急激な人口流入が続くウランバートルでは施設整備が追いつかず学習環境が悪化。既存の学校も防災やバリアフリーが課題です。そこで質の高い初等・中等教育のモデル校を4校整備。ICT教室やカフェテリアなども備え、国が新設する施設の底上げを後押ししています。
障害児教育の改善も急務です。発達の遅れなどを早期に見つけて支援する教育サービスを構築し、ガイドラインも策定しました。これにより法整備が進み、実施基盤の整備などの普及を図っています。
日本同様に地震が多く、草の根技術協力事業では子どもの危機管理能力を育む取り組みもしています。2017年から名古屋大学やモンゴル非常事態庁と共に「モンゴル版防災カルタ」を作成、防災教育に役立てています。
日本同様に地震が多く、草の根技術協力事業では子どもの危機管理能力を育む取り組みもしています。2017年から名古屋大学やモンゴル非常事態庁と共に「モンゴル版防災カルタ」を作成、防災教育に役立てています。
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