相川七瀬さんが発見! 日本の交番がブラジルに!?
2025.12.02
日本社会の安心安全に長く貢献してきた「交番(KOBAN)」が中南米に広がっています。中でもブラジルでは、治安の改善に大きな力を発揮しています。日本ブラジル友好交流親善大使を務めるロックシンガーの相川七瀬さんが、その背景を探ります。
「KOBAN」の文字を指さす相川さん
約1200万人が暮らす南米最大の都市サンパウロ。大通りを歩いていた相川さんが声を上げました。
「あ、漢字で『交番』と書いてありますよ」
ブラジルでは日本の交番システムが導入されています。相川さんが見つけたのは、市内に47カ所ある交番のうちの一つです。
交番の中では、住民の男性が「窃盗の被害が多くて困っています」と訴えていました。応対した警察官は「分かりました。パトロールを強化しましょう。それから被害届も出してください」とアドバイスをしています。ブラジルでも日本の交番同様、治安や困りごとの相談に乗っているのです。
「警察官は市民にとって親近感があります。トラブルがあったらパトカーを派遣してくれるし、信頼できる存在です」。住民の男性は話します。
交番に来た市民と話す警察官
街中に警察官が常駐する交番制度は、日本が発祥です。1874(明治7)年に当時の東京警視庁が、交代で番をする「交番所」を設置したのが始まりとされています。1888年には全国への設置が決まり、以来、地域密着の警察活動の拠点として、日本の安心と安全を守ってきました。
しかし、なぜ、日本の交番がブラジルにもあるのでしょうか。
ブラジルでは1985年まで軍事政権が続き、抑圧的な警察と市民との間に深い溝が生じていた結果、犯罪が多発して住民間のつながりも希薄になっていました。そこで政府は警察、行政、住民が一体となって街づくりを進めるため、コミュニティーに根ざした「地域警察」の導入を考え始めます。
JICAブラジル事務所の菅野ユリさんによると、警察をもっと国民に寄り添った存在にしようとモデルを探す中で、たどり着いたのが日本の交番システムだったと言います。
当時を知る警察OBのルイス・カストロさんが振り返ります。
「カナダやアメリカ、イギリスのシステムも研究しましたが、満足できるものがありませんでした。そんな時、日本の交番システムが効率的で優れていると知りました。私たちはそれまで犯罪の記録だけを残していたのですが、日本では市民からの相談や警察官の対応もデータベース化していたので、その仕組みを導入したいと思ったのです」
両国の警察組織の橋渡しを務めたのが、JICAでした。2005年にサンパウロ州で「地域警察活動プロジェクト」を開始し、ブラジル全土へと拡大しました。日本の警察庁で研修に参加したカストロさんは「ブラジルと日本の警察をつないでくれたJICAの存在なくして、交番は導入できませんでした」と語りました。
ブラジルでの交番制度の導入に関わったカストロさん
ブラジル警察が日本から学んだのは、地域住民とのつながりを築くことの大切さでした。そのための重要な活動が、巡回パトロールです。警察に協力的な住民を訪ねては、最近の地域の様子を尋ねます。また、住民たちとSNS上でグループを立ち上げ、連携しています。
都市部には交番を新設する土地が乏しいため、「移動交番」も活躍しています。移動交番とは交番活動に必要な機能を積んだバンタイプの車のことで、車内には市民の相談に応じるスペースとして机も置かれています。犯罪が多発している地域に派遣し、窃盗事件の発生が約8割減った商業エリアもあるといいます。
この移動交番はサンパウロ州だけで1000台以上配備されています。
商業施設で活動する移動交番
警察の役割は、発生した事件や事故への対応だけではありません。
午後7時、市内の交番の近くから歓声が聞こえてきました。建物の中で道着姿の子どもたちが跳びはねています。交番の警察官が開いている柔術の無料教室です。
大人たちも集まってきて、窓越しに子どもたちを見つめています。少年の一人が「柔術は楽しい。警察官は僕の大事な友達です」と笑顔で話し、「大きくなったら、警察官になってあそこにいます」と交番を指さしました。
武道を通して教えるのは、身体の鍛錬だけではなく、礼儀や上下関係の大切さもあります。指導にあたる男性警察官は「畳の上にはすべての学びがあります。人生には失敗もありますが、心と体を鍛え、正しい道を歩んでほしい」と話します。
ブラジルではギャングによる犯罪に巻き込まれる子も少なくありません。「ギャングが子どもたちを仲間にしようと誘い出す前に、私たちがここで受け入れるのです」。柔術師範のカルロス・テイシェイラさんは柔術教室の意義を語ります。
交番での柔術教室の様子
ブラジルへ渡った交番システムは、さらに国境を越えて広がっています。その一つが中米・グアテマラです。
グアテマラもかつてのブラジル同様、軍事政権下で人権侵害に加担した警察への不信感が根強くあり、麻薬組織やギャング集団による重大犯罪も大きな問題となっていました。そこでJICAは2016年、日本、ブラジルとグアテマラの3カ国による「三角協力」と呼ばれる事業で、警察人材育成プロジェクトをスタートさせました。
グアテマラが採用したのは、日本から学んだブラジルが、独自に進化させた交番システムです。JICAグアテマラ事務所の新野佐和子さんが話します。
「このプロジェクトでは、ブラジル化された地域警察システムがグアテマラに伝わった点に、意義があると思っています。ブラジルとの共通点が多いため、グアテマラの警察や地域住民が受け入れやすかったのです」
2021年からスタートした「地域警察プロジェクト」では、国内外で研修を実施したり、グアテマラに200台のオートバイを供与したりするなどの支援をしています。一連の取り組みの結果、グアテマラでも住民の警察への信頼が向上し、殺人などの犯罪件数の減少につながっており、今後もさらなる効果が期待されます。
グアテマラに供与されたオートバイ
グアテマラの地域警察プロジェクトの視察の様子
サンパウロで地域警察活動の視察を終えた相川さんは言います。
「日本の治安を守る交番システムが遠いブラジルで市民を守り、他の国にも広がっていることを知り、とても誇らしく思いました。交番の役割は地域の見守りで、地域の安全を作っているのは警察ではなくて住民。そんな視点を大切にしていることも感じました」
誰もが安心安全に暮らせる社会のために――。日本で生まれた仕組みが、地球の裏側にあたる中南米地域の治安改善に役立っています。
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