jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

国際協力を日本の力に① ICT遠隔医療・タイでの挑戦が母子の命を救う

#3 すべての人に健康と福祉を
SDGs
#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs

2026.01.30

JICAの国際協力には、途上国での成果が日本にも還元され、国内の課題解決や企業活動などにも貢献している例が数多くあります。その一つが、香川県で生まれ、タイで更なる進化を遂げ、日本に戻ってきた周産期遠隔医療システムです。産科医不足が深刻化する日本の各地で、ハート型の小さな機器が妊婦と赤ちゃんの命を守っています。

日本国内にも普及したモバイル胎児モニター「iCTG」(亀田総合病院提供)

胎児の心音、自宅と病院でリアルタイムに

過疎化と少子化で、産院の減少が続く千葉県・房総半島。鴨川市の亀田総合病院は県南部の周産期医療の拠点として、年間約500件の分娩を手がけています。

2025年末、胎児の発育が遅れていると診断された女性が、検査のために入院することになりました。

「入院が長引くと上の子2人の世話も心配だし、入院費用もかさみます。でも先生から『こういう機器がある』と聞き、家に戻って使ってみることにしました」

渡されたのは、ハート型をした二つの機器。ICT(情報通信技術)を活用したモバイル分娩監視装置「iCTG」でした。ピンクの機器で胎児の心拍を、水色で子宮の収縮を計測することができます。

女性は毎日2回、家事と育児の合間を見てリビングのソファに横たわり、ベルトでiCTGを装着します。すると超音波ドップラーで胎児心拍が検出され、胎児の心音がトクトクと聞こえてきます。

自宅でおなかにiCTGを装着し、タブレットで胎児の心拍などを確認する女性(本人提供)

自宅で計測されたデータはリアルタイムで約50キロ離れた同院に送信され、主治医が手元のモニターでチェックする仕組みになっています。

「家にいても、異変があればすぐ先生が見つけてくれる安心感があります」

女性は2026年1月に無事出産し、元気な赤ちゃんが生まれました。

同院産婦人科部長代理の門岡みずほ医師は、「iCTGの導入で胎児発育不全の方などが妊娠管理のために入院する日数を短縮できるほか、30キロ離れた家庭医診療所と遠隔医療連携することにより、満期の妊婦さんが長時間かけて当院まで健診に来る頻度も減らせています。胎児の心音低下や妊婦のおなかの張りをいち早く把握した結果、無事出産できたケースもあります」と話します。

妊婦の自宅から届いたiCTGの計測データを、院内のモニターで助産師と確認する門岡みずほ医師(右)(亀田総合病院提供)

日本で進む産院、産科医不足

日本は先進国の中でも妊産婦死亡率が低い国ですが、胎児・赤ちゃんの周産期死亡数(妊娠満22週以後の死産と早期新生児死亡の合計)は年間2000件を超えます。さらに近年は都市部以外で分娩のできる医療施設が減り、住み慣れた地域での安心・安全なお産が難しくなっています。

お産で失われる命をなくしたい――。開発者たちの切なる願いから生まれたiCTGは世界保健機関(WHO)の推奨機器にも選ばれ、国内外で活用されています。その普及には、実はJICAの国際協力が深く関わっています。

自宅でiCTGを利用して、亀田総合病院で無事に生まれた赤ちゃん(患者提供)

始まりは香川県の離島医療

iCTGは高松市にあるメロディ・インターナショナル株式会社が開発、製造、販売を手掛けています。創業者の尾形優子CCOは当初、IT企業に勤務し、電子カルテの開発に携わっていましたが、離島が多い香川県の深刻なお産事情に心を痛めていました。

「離島の妊婦さんは、出産が近づくと高松市のホテルに泊まり込んで病院に通うといった話を聞きました。金銭的な面はもちろん、少しでも家族と過ごしたい時期なのに、それが難しい地域が、今の日本にもある。そんな課題を解決したいと思いました」

そんな中で尾形さんは香川大学の原量宏名誉教授に出会います。1974年に世界初の超音波による胎児モニターを開発した第一人者です。

原さんが振り返ります。「1970年代、香川県の新生児死亡率は全国でもワーストレベルでした。死亡率を減らすための一番信頼できる方法が、胎児心拍数の検出です。しかし当初の機器は大型で高額なものでした」

2人はICTを活用し、小型モバイル胎児モニターの改良に着手します。その追い風になったのが、JICA草の根技術協力事業でした。途上国にも必要な機器であると考え、産学官によるタイでの遠隔医療支援プロジェクトをJICAに申請したところ、2014年からの事業に採択。香川大学と交流のあるチェンマイ大学と連携し、チェンマイ県で改良中の胎児モニターを実証する機会を得たのです。

2018年に「香川大学発ベンチャー」の認定を受けたメロディ・インターナショナル株式会社の尾形優子代表取締役CEO(中央)と、香川大学の筧善行学長(左)、原量宏特任教授(右)(メロディ・インターナショナル株式会社提供、肩書はいずれも当時)


JICA事業に採択、タイで改良重ね進化

人口約165万人のチェンマイ県では年間約2万人の赤ちゃんが生まれますが、保健局が管轄する医療機関にいる産科医は約20人に過ぎません。「都心の病院に救急搬送され、着いた時は既に手遅れという妊婦や赤ちゃんが多くいました」(尾形さん)

尾形さんらはまず、3カ所の地域診療所に小型モバイル胎児モニターの実証機を配置して妊婦健診を実施しました。高額な大型胎児モニターが大病院にしかなかったため、「赤ちゃんの心音が聞こえた」と喜ぶ妊婦たちを見て、尾形さんは感無量でした。

医師からの要望を受け、尾形さんは実証機の改良を重ねました。例えば、妊婦が救急搬送中にトンネル内に入るとデータが消えてしまうことが分かり、電波が途切れてもデータが記録されるようになりました。また、院内で医師がどこにいてもデータを即座に確認できるよう、iPadのアプリも開発しました。

チェンマイ大学の医師は、産科医のいない地域診療所などから送られてきた約1500件の計測データの中から約50人の妊婦に大病院での診察を推奨しました。このうち約10人に異常が見つかり、5人が緊急処置を受けた結果、みな命が救われたといいます。「これだけ救えるなら、全域に広めたい」。現地の関係者から高い評価を受け、県内すべての公立病院に改良を重ねた実証機の完成版であるモバイル胎児モニター「iCTG」が導入されることになりました。

尾形さんは「JICAが現地での組織づくりなどをサポートしてくださった結果、関係者の間に『一緒にやろう』という意気込みができたことが良かった」と振り返ります。

タイ・チェンマイで妊婦に機器を装着し、計測データを確認する医療従事者たち(メロディ・インターナショナル株式会社提供)

コロナ、事故、地震……有事にも活躍

iCTG は2018年5月に日本で医療機器としての認証を取得しました。タイで改良を重ね、臨床データを蓄積したおかげでした。国内では相変わらず遠隔治療は一般的ではなく注目されませんでしたが、状況を一変させたのは、新型コロナウイルスによるパンデミックでした。

「通院による妊婦の感染リスクを減らしたい」「感染した妊婦を在宅で管理したい」……。最初に感染が拡大した北海道に始まり、メロディ社には次々とiCTGの問い合わせがありました。遠隔医療のニーズが一気に高まったのです。

石川県小松市にある小松市民病院の岡康子・産婦人科部長は「iCTGは当初の想定を超えて活躍しています」と話します。「特にコロナに感染して隔離病棟や自宅で療養する妊婦さんに貸し出し、非対面でモニタリングできたことによって異常を発見し、緊急帝王切開を行った事例もありました」

石川県では2021年、輪島市立輪島病院で医師の不在中に母体の容体が急変し、新生児が亡くなりました。奥能登2市2町をたった1人の産科医がカバーする中で起きた痛ましい医療事故です。県は安全な周産期医療体制の構築のため「赤ちゃん協議会」を発足し、iCTG の導入を決定。さらに24年1月の能登半島地震でも、停電下での分娩や避難先での妊娠管理などに活用されました。

自宅でiCTGを装着する妊婦。きょうだいの誕生が楽しみな子どもも「元気かな?」と興味津々(小松市民病院提供)


「もっと救える命がある」

先進国が途上国で生み出したイノベーションを自国へ“還流”させることを「リバース・イノベーション」と言います。iCTGの取り組みはその代表例です。

2026年1月、原さんと尾形さんはこれまでの功績が高く評価され、JICA国際協力賞を受賞しました。

2025年度の「JICA国際協力賞」授賞式。(左から)田中明彦・JICA理事長、原量宏・香川大名誉教授、尾形優子・メロディ・インターナショナル株式会社CCO

尾形さんが振り返ります。「日本で医療機器としての認定を得ることは、小さなベンチャー企業には非常に高いハードルでした。しかし途上国の政府や関係機関と日ごろから関係を築いているJICAが各国の保健省などと私たちをつないでくださったおかげでiCTGは改良を重ね、国内外で役に立つ機器へと成長しました」

2025年末現在、iCTGはミャンマー、インドネシア、ブータンなど世界16カ国に広がり、日本国内では39都道府県にある約130の医療機関で導入され、多くの母子の命を救っています。

ミャンマーの民家で、医療スタッフと妊婦にiCTGの使い方を教える尾形優子さん(左から2人目)(メロディ・インターナショナル株式会社提供)

WHOの2023年のデータによると、世界では毎日 700 人を超える女性が、妊娠と出産に伴う予防可能な原因で亡くなっています。

「どの国へ行っても、おなかの赤ちゃんを思う家族の気持ちは同じ。AIを診断支援に活用するなどさらに発展させれば、もっと救える命がある。JICAと共に、さらに活動を広げていきたいと思っています」

国際協力を日本の力に。
JICAの取り組みは、国内外の命を救うことにつながっています。

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