女性がつくる平和の未来 WPSの現場から
2026.02.27
世界では紛争や災害が相次ぎ、女性たちがさまざまな不利益を受けるリスクが高まっています。JICAは、そうした女性を「被害者」として救済するだけではなく、「平和構築の担い手」として位置づけ、「女性・平和・安全保障」(Women, Peace and Security/WPS)の理念を軸にさまざまな協力をしています。3月8日の「国際女性デー」を前に、JICAジェンダー平等・貧困削減推進室の広瀬恵美室長と、ジャーナリストの浜田敬子さんが語り合いました。
国際女性デーに向け、JICAの取り組みについて対談したJICAジェンダー平等・貧困削減推進室の広瀬恵美室長(左)と、ジャーナリストの浜田敬子さん
JICAジェンダー平等・貧困削減推進室の広瀬恵美室長(以下、広瀬) JICAはジェンダー平等と女性のエンパワーメントに取り組む際に、女性を「被害者」として守るだけでなく、「平和構築やGBV(ジェンダーに基づく暴力)の撤廃、防災・災害対応の主体として参画することを保障する」というWPSの考え方に基づいた取り組みを進めています。
ジャーナリストの浜田敬子さんの問いかけに耳を傾ける JICAジェンダー平等・貧困削減推進室の広瀬恵美室長(右)
浜田敬子さん(以下、浜田) WPSは「紛争解決や和平、復興のプロセスに女性が主体的に参画する」という考え方ですよね。女性は「被害者」として語られがちですが、実は平和構築のプレーヤーになり得る。その視点を初めて知った時、とても感銘を受けました 。
広瀬 例えばフィリピンのミンダナオ島では、氏族間の対立があり、なかなか復興が進みませんでした。JICAは和平プロセスへの協力を長年続けていましたが、女性をコミュニティーの仲介役にしたところ、女性が敵対するコミュニティー同士をつなぎ、平和構築の礎を築いてくれました。
浜田 なぜ、男性ではなく女性が仲介役をすることが成功につながったのでしょうか。
広瀬 夫が戦闘員となると、家に残るのは女性(妻)でした。畑を耕し、収入を得て、子どもたちを養い教育を与えることが、全て女性の責任という境遇のなかで、「紛争を未然に防ぎたい、紛争を早く終わらせたい」という同じ思いを持つ女性たちがグループを作り、相互扶助を図りつつ平和な世の中を求めていました。そうした家庭を守る女性たちの声が和平交渉の場に強く影響を及ぼしていました。
広瀬 恵美(ひろせ・めぐみ)JICAガバナンス・平和構築部ジェンダー平等・貧困削減推進室室長 1994年にJICA入構。社会開発協力部、ガーナ事務所、アフリカ部、JICA横浜、 産業開発・公共政策部、エチオピア事務所次長、企画部サステナビリティ推進室副室長などを経て、2025年10月より現職。関心分野は官民連携、ジェンダーと開発、アフリカ地域。
浜田 イラク戦争の時期に中東 を取材したことがあります。パレスチナとイスラエルで、子どもがいる女性にインタビューをしたら、誰も紛争を望んでいなかったし、お互いに「安全で安心なところで子どもを育てたい」と話していました。そのためにどうしていくかという建設的な議論に女性が介在することができたら、「お互い願っていることは同じ」と一致点を見いだし、平和構築に寄与できたのではないかと思いました。WPSの取り組み事例は、他にどのようなものがありますか。
広瀬 コロンビアでは長年の紛争で生活が破壊され、女性のDV被害者も大勢いました。紛争や暴力の影響を受けた女性らの生活再建のために、JICAは女性のみで構成されるコーヒー農家組合を対象に、品質向上やコーヒー豆のブランド化を後押ししました。女性たちは収入を得ることで自立し、自信や誇りを取り戻していきました。
浜田 女性が経済的に自立することはとても大事です。経済的に自立することで、人生の選択肢が広がり、自分で人生を選択できるようになります。家父長的な抑圧的な環境にいたとしても、そこからん抜け出す一歩になります。
浜田敬子(はまだ・けいこ)1966年生まれ。山口県出身。89年に朝日新聞社に入社、週刊朝日を経て2014年からAERA編集長。17年に退社し、フリーのジャーナリストとして、テレビ・ラジオのコメンテーターを務める。「男性中心企業の終焉(しゅうえん)」(文春新書)など著書多数。
広瀬 経済的な自立はとても重要な視点です。パキスタンで洪水が起きたことがありました。手工芸品の販売で収入を得ていた女性たちがいたのですが、洪水被害がひどくて街に売りに行けなくなりました。でも、JICAが手工芸品を販売できるECサイトを作成する協力をしていたことで、その女性たちは引き続きオンライン販売で収入を得ることができました。
浜田 テクノロジーの進化が、女性たちに武器を与えたということですね。
広瀬 パキスタンは、強制結婚や児童婚といったGBV(ジェンダーに基づく暴力)が深刻です。JICAはGBV被害女性の保護から自立、社会復帰までの切れ目のない協力を続けています。強制結婚から逃れたある少女は、シェルターに避難した後、JICAが設立・運営支援をしている「トランジショナル・ホーム」で職業訓練を受け、今は縫製工場で働きながら、女性専用住宅で暮らしています。現地では彼女の存在がロールモデルとなり、「自分も人生を選べる」と他の女性たちを勇気づけています。
浜田 「親に言われた人と結婚するしかない」と思っていても、「違う選択肢がある」ことをたった一人の女性が実現することで、その選択肢を選ぶ人が増えます。女性に投資することの効果が大きいことが分かります。たった一人の成功が、地域全体の意識を変える力になると思います 。
広瀬 女性がコミュニティーに主体的に参画することで、大きな変化が起きた事例もあります。パレスチナの難民キャンプで、JICAはパレスチナ解放機構と協力し、発言機会の少なかった女性らの声をキャンプの生活環境改善に役立てる仕組みをつくりました。すると、女性向け職業訓練の実施や子どもたちが安心して遊べる公園の整備、託児所設置などの要望が出され、生活環境に女性の視点が反映されるようになりました。女性たちも「自分に役割がある」と実感できるようになりました。表に出て意見を言う機会が少ない女性のリーダーシップを後押しする協力がいかに重要かを考える事例です。
パレスチナ難民の女性たち
また、紛争下に生きる女性の取り組みも支援しています。ウクライナでは、多くの女性が地雷除去の職員として「命を守る」現場活動を行っていますが、男性用の防護服では動きにくい問題がありました。そこで、女性用の防護服を現地機関に贈与し、女性がより安全に業務に従事できるよう後押ししていく予定です。
浜田 女性が意思決定に加わったり、活躍する場を広げたりしているのですね。
広瀬 「女性を守る」だけでなく「女性が参画する」ことを重要視するWPSの観点から、日本で「防災」をテーマにした研修にも取り組んでいます。世界中から研修員を呼んで、東日本大震災で被害が大きかった地域を訪問し、ジェンダー視点に立った災害時の取り組みや女性のリーダーシップ促進などを考えるワークショップ形式の研修も実施しています。
浜田 印象に残っていることはありますか。
広瀬 男性の町内会長さんが「女性の町内会メンバーを増やそうとしても参加してくれる人が少なく困っています」と発言した時、海外から参加した研修員から「町内会のミーティングを開催する場所や時間は、女性が参加しやすいように工夫していますか?」「個人にアプローチしても、女性が一人で知らないグループに入るのは勇気がいるので、活発な女性グループに複数名でメンバーになってほしいと依頼すると効果がありますよ」などのアドバイスがありました。町内会長さんが「女性グループに働きかけるという発想はなかった」と驚いている姿が印象的でした。
浜田 町内会や自治会の会合は、大体夜に設定されていますよね。夕飯の用意や子どもの寝かしつけなどのケア労働の多くをまだ女性に頼っている現状では、この時間帯は女性にとっては参加しづらい。日本の、特に地方で取材をするとジェンダー意識は、途上国以上に遅れているのではと感じる時があります。WPSは海外の話ではなく、日本の課題解決にもつながります。女性が意思決定の場に入らなければ、日本の地域も変わりません。
広瀬 実はJICAは埼玉県から依頼を受け、県の施策に「ジェンダー視点」を取り入れるための協力をしています。30年にわたって、途上国でジェンダー主流化を推進してきた実績を見込まれたからです。JICAがこれまでに蓄積してきた知見や経験を国内の取り組みに還元できることに大きな可能性を感じています。
浜田 意思決定の場に、いかに女性に参画してもらうかというJICAのノウハウは、日本でもすごく役に立ちそうでうですね。
広瀬 まさにWPSで大事にしているのが、女性を「被害から守る、保護する」だけじゃなくて、いかに参画してもらうかということです。今の日本の社会の中でも、なかなか女性が意思決定に参画していない場面も多いですよね。日本も途上国も一緒です。だからこそ、我々も海外に対して引き続き協力をしていきますし、国内に対しても女性参画の事例を伝えながら、男女関係なくみんなで一緒に進めていきたい。ジェンダー平等の話は、女性だけがやっていくっていう話でもなく、男性にやってくれという話でもなく、社会みんなの責任として進めていくべき課題だと思っています。
映画「女性の休日」の一場面
浜田 アイスランドの映画「女性の休日」が、3月8日にJICA内で上映されると聞きました。とてもいいですね。私は2024年にアイスランドを取材したのですが、驚いたのは、1975年に女性の9割が家事も仕事も休むストライキに参加していたことなんです。それで社会活動が滞り、「女性の労働や無償労働がこんなにも大きな役割を果たしていたのか」と男性も含めみんなが気づいた。この出来事をきっかけに女性の社会進出、政治参加が進み、女性大統領が生まれ、法制度も整っていったんですね。男性も「一家の大黒柱」の重圧から解放されて生きやすくなった。ジェンダー平等は、女性だけでなく、みんなが楽になる仕組みなんだと実感しました。
広瀬 これからもJICAは、国内外のジェンダー平等の推進に取り組み続けたいと思います。ありがとうございました。