国際協力を日本の力に③途上国での経験を原動力に挑む「誰も取り残さない社会」
2026.03.09
日本が直面する社会課題の一つに、地域や学校、家庭などに居場所のない人たちの社会的孤立があります。そんな中、障害の有無や年齢、性別、国籍などを超えて包摂する社会を目指す起業家が注目されています。福祉と教育の分野で活躍する2人の社会起業家を取材すると、途上国でのボランティア経験が国内での挑戦につながっていました。
「みんなのいえ カラフル」で利用者と語り合う奥結香さん
「いただきまーす!」。築100年を超える古民家に、元気な声が響きます。お昼の食卓を囲んでいるのは、地域の子どもやお年寄りたちです。持ち寄った食材で協力して調理し、この日は子どもたちがギョーザ作りに挑戦しました。
人口約1万8000人、高齢化率50%の大分県竹田市。商店街の一角にある「みんなのいえ カラフル」は、誰もが立ち寄り自由に過ごせる交流拠点です。食事の後は、年代を超えておしゃべりしたり、お菓子を食べたり。育児の悩みを打ち明ける子育て世代の姿もあります。
若者の一人が言います。「ここは唯一、自分の素直な気持ちを出せる場所です」。お年寄りは「子どもたちにエネルギーをもらえる」と目を細めます。
「みんなのいえ カラフル」で、お年寄りからギョーザ作りを教わる子どもたち
施設を運営するのは、NPO法人Teto Companyの理事長、奥結香さんです。「ここに来たら誰かとつながれるという場所を作りたかった」と話します。
20代のころ、福祉施設や特別支援学校で働いていた奥さんは、障害者への社会の偏見を痛感しました。根っこにあると感じたのは、障害で人を線引きする福祉政策のあり方です。
その頃、「障害とは、知らない国で言葉も分からず一人で取り残されているようなもの」という話を聞きました。異国に行けば、それが少し分かるかもしれない。そう思って応募したのが、JICA海外協力隊です。
2014年、派遣先のマレーシアで障害児の支援に携わり、さらに深刻な差別を目の当たりにします。無理解ゆえの体罰や私宅監禁です。そこで日本から講師を招き、地域住民や福祉、学校関係者を巻き込んだ大規模なフォーラムを開催するなど、理解を広める取り組みを重ねました。
「がむしゃらに動けばいろんなことができる。帰国後は自分が理想とする福祉を、自分の力で作ろうと思いました」
マレーシアの学校でJICA海外協力隊員として活動中の奥結香さん(右から2人目)
日本に戻った奥さんは、全国で初めて「農村回帰宣言」を行った竹田市のユニークな取り組みに目を留めました。市が募集する地域おこし協力隊に応募し、「いろんな人が集える場所作り」を提案。2017年に活動を始めました。
移住して約8年。交流拠点は2カ所に増え、障害者や高齢者の共生型デイサービス、児童発達支援事業など、活動の幅を広げています。「こうした場所が全国にできることが、より良い未来に近づける一歩になると思っています」
ひとりぼっちのいない地域社会を作る――。奥さんの活動は、共生の取り組みのモデルとして各地に広がっていくことが期待されています。
「みんなのいえ カラフル」にのれんをかける奥結香さん
一方、こちらはインターネットの仮想空間のメタバースです。「お仕事で一番大変なことは何ですか?」。画面に現れた鈴木憲和農林水産大臣に質問しているのは、小中一貫のオルタナティブスクール「NIJINアカデミー」の子どもたちです。
「NIJINアカデミー」が運営するメタバースの学びや
文部科学省の調査で、2024年度の小・中学校の不登校児童・生徒は約35万4000人と過去最多になりました。同アカデミーの校長を務める星野達郎さんが話します。
「不登校の8割は人間関係が理由です。周囲の目を気にして家にこもるうちに、自己肯定感が奪われてしまう。でも学校に行けないなら、学校が子どもたちの元に行けばいい。それがメタバースの教室です」
2023年に開校したNIJINアカデミーは累積入学者数が約650人。現在は約400人が在籍しています。ユニークで多彩な授業の中から、子どもたちは「やりたい」を自分で選び、時間割を作ります。リアル校舎も全国約40カ所にあり、選択することができます。
TOKYO DIGICONXのブースで発表したNIJINアカデミーの子どもたち
星野さんも、JICA海外協力隊の元隊員です。「協力隊で異文化に触れたことから、日本のためになることをしたいという思いが生まれました」
校内暴力や学級崩壊で荒れた学校で育ち、家族にも心を開けなかったという星野さん。「自分を好きになれず、中学の授業中に『死にたい』と思った記憶が今も鮮明にあります」。大学で人生の意味を探していた頃、友人がJICA海外協力隊に応募したことを知り、「貧困に苦しんでいる国で何かが見つかるのでは」と自分も応募しました。
グアテマラで、識字率が低いキチェ県の教育事務所に派遣されました。初めは何を求められているのか分からず戸惑いました。しかし教育行政の関係者らと語り合ううちに、「彼らがやりたいのは、教育の質を上げて子どもたちの可能性を開くこと」だと気付きます。
そこで取り組んだのが、日本式の楽しく深い学びを採り入れた教育改革でした。算数の授業では計算の知識を詰め込むだけでなく、子どもたちが「面白い」と思える授業をするための教員研修制度を構築しました。さらに、公開授業で教員が互いを高め合う仕組みも作りました。
グアテマラで教育関係者を集めて研修するJICA海外協力隊時代の星野達郎さん(右端)
帰国した星野さんは青森で公立小学校の教壇に立ち、日本の教育システムに疑問を感じるようになります。「暴力を振るったり、授業をエスケープしてしまったりする子が問題児とみられていました。自分の殻に閉じこもって言葉を発しない子は『学校が合わない』と漏らしました。どの子も僕から見ると地域の宝でした。でも、彼らを問題児と見ている教員たちも、問題が起きないように管理するのに必死でした。誰も幸せじゃないと思ったんです」
貧しくても子どもの目が輝いていたグアテマラ。一方、豊かな日本では、学校に行けないだけで子どもの力や希望が奪われてしまう。この国の教育を変えたい――。
退職して株式会社NIJINを設立したのは2022年4月。「すべての子どもが輝く」ことを目指した活動は、自治体と連携した不登校支援や、海外パートナー校とのメタバースを通じた国際交流など、年々広がっていきます。2025年6月には「JCI JAPAN TOYP」で内閣総理大臣奨励賞を受賞しました。
「メタバースでも顔を出せなかった小学生たちが、半年がかりでリアルな運動会を企画して、人前で堂々と笑いを取りました。Vチューバーとしてデビューした子や、プログラミングで起業した子もいます。日々、傷ついた子どもたちが輝いていく姿を見ています」
どんな国でも「子どもは宝」と思う人が集まれば、教育は変えられる。星野さんはそう実感しています。
星野達郎さん
JICAはSDGsの中核的理念「“誰一人取り残さない”包摂的な社会の実現」をグローバルアジェンダに掲げています。
海外協力隊で途上国の過酷な現実に直面し、「非力さも痛感した」という、奥さんと星野さん。その経験を糧としたそれぞれの挑戦が一歩ずつ、日本を変えています。
奥さんが「みんなのいえ カラフル」に次いで竹田市に開設した「Haru+(ハルタス)」