国際協力、日本へのメリットは?【世界をもっとよく知りたい!・6】
2026.03.19
世界が直面するさまざまな社会問題を考える「世界をもっとよく知りたい!」。第6回のテーマは「国際協力の日本へのメリット」です。フリーアナウンサーの西尾由佳理さんをモデレーターに迎え、東京メトロ国際ビジネス部の谷坂隆博さん、チョイふる代表理事の栗野泰成さん、早稲田大学大学院教授の入山章栄さん、そしてJICA総務部の高樋俊介審議役にお話を伺いました。
JICA総務部 高樋俊介審議役(以下、高樋) 西尾さん、「国際協力の日本へのメリット」というテーマを聞いて、どんなことをイメージしました?
西尾由佳理さん(以下、西尾) パッと思いついたのは、東日本大震災の時、途上国からも支援をいただいたことです。国際協力で良い関係を築けていると、何かあった時に手を差し伸べてもらえますよね。
西尾由佳理(にしお・ゆかり)
フリーアナウンサー、タレントとして活躍中
高樋 実は他にもあります。JICAが展開する事業には、日本の自治体や大学、民間企業などとタッグを組んでいるものが数多くあります。今回は東京メトロとの取り組みをご紹介します。
西尾 東京メトロがJICAと? どんな関係があるのですか?
東京メトロ国際ビジネス部 谷坂隆博さん(以下、谷坂) 当社は2013年からベトナムの首都ハノイでJICAと協力し、都市鉄道の開業に向けた運営会社の設立を支援し、地下鉄が安全に運行されるよう取り組んできました。ホーチミンでも、日本のODA(政府開発援助)で建設した1号線の開業に向けて同様のプロジェクトに関わりました。いずれもJICAの存在があったからこそ経験できた事業でした。
谷坂隆博(たにさか・たかひろ)
東京地下鉄株式会社(東京メトロ)国際ビジネス部課長
早稲田大学大学院教授 入山章栄さん(以下、入山) 日本の鉄道の最大の強みは運営能力で、その分野で東京メトロは世界ナンバーワンと言っても過言ではありません。ラッシュアワーにあれだけの頻度で地下鉄が来て、ほぼ遅延なく安全に人を運べるなんて、日本ぐらいですよ。
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院、早稲田大学ビジネススクール教授。専門は経営戦略論
谷坂 ホーチミン都市鉄道1号線の開業当日は、本当にすごい人出で、感無量でした。1号線は2024年の12月に開業して以来、時刻表通りに走っています。バイク通勤による道路渋滞が社会問題化していましたが、沿線住民がバイクを駅に置き、鉄道で都心に向かう習慣も身につきました。
ホーチミン都市鉄道1号線(東京メトロ提供)
ホーチミン都市鉄道1号線の開業当日の様子(東京メトロ提供)
西尾 JICAはどんな経緯で東京メトロと事業をすることになったのですか?
高樋 JICAは1970年代から途上国への鉄道分野での協力を始め、これまで40カ国以上を支援しています。ハノイでは安全を含めた維持管理の組織作りが課題でしたので、日本最大の地下鉄事業者である東京メトロに参画いただきました。
高樋俊介(たかとい・しゅんすけ)
JICA総務部審議役。2001年入構、アフリカや東南アジアの在外事務所、財務省出向、本部事業部などを経て2025年4月より現職。
西尾 東京メトロは今後も海外で事業展開されるのですか。
谷坂 2025年5月から、ロンドンでエリザベス・ラインという路線の運営に関わっています。いまロンドンで活躍している社員のうち2人は、ホーチミンでの支援を経験しています。異文化への理解や政府との難しい折衝など、JICA事業の経験がなければできなかったと思います。
西尾 JICAとの事業が、その先へとつながっているのですね。
入山 途上国へのインフラ支援には民間の力が不可欠です。ただ、民間企業が単独ではできません。非常に大きな事業なので、JICAが現地政府などとの橋渡しや、民間企業の支援を行います。
高樋 JICA海外協力隊でボランティア活動を経験した人の中には、その経験を日本に還元している人たちも多くいます。今日は東京で生活困窮家庭の子どもたちを支援している「チョイふる」の、栗野泰成さんにお越しいただきました。
西尾 栗野さん、どんな活動をされているのですか。
チョイふる代表理事 栗野泰成さん(以下、栗野) 生まれ育った環境に関わらず、子どもたちが自分の将来に希望を持てる社会をつくる、というビジョンで、孤立しがちな子育て家庭への食料支援、空き家などを活用した子ども食堂、社会福祉士が必要な支援制度とつなぐ「つなぎケア」の三つの事業を展開しています。
栗野泰成(くりの・たいせい)
一般社団法人チョイふる代表理事。JICA海外協力隊で2014年にエチオピアに派遣されて2年間現地で活動。2021年に東京都足立区で同法人を設立
西尾 活動のきっかけは、海外協力隊でのご経験だったのでしょうか?
栗野 直接的にはそうですが、僕自身の幼少期の原体験も大きく影響しています。高校2年生の時に父親が借金を作っていなくなり、大学進学時に新聞配達で学費が免除される制度に応募しようと思ったら、募集が締め切られていて制度を選択できませんでした。
西尾 日本では子どもの9人に1人が貧困に陥っていると言われていますね。
入山 所得格差が少しずつ広がり、国全体で取り組むべき課題ですが、まずは目の前のお子さんをサポートする必要があります。そこで重要なのが「選択格差」という考え方です。
西尾 選択格差?
入山 選択肢の多さです。貧困層に近い環境で生まれたお子さんは選択肢が少ない。栗野さんが経験したような格差を埋めていく必要があります。
栗野 チョイス(選択)フル(たくさん)な社会を作りたいという思いから、団体の名前を「チョイふる」にしました。
チョイふるの活動の様子=栗野泰成さん提供
西尾 エチオピアではどんな活動を?
栗野 保健体育の教員免許を持っていたので、スポーツ委員会に派遣されました。国立競技場を借りて運動会を開催するなど、スポーツを通じて教育的な意義を伝える活動をしていました。
エチオピアで開催した運動会(栗野泰成さん提供)
西尾 みんなすごくいい表情をされていますが、実際には大変なこともありますよね?
栗野 2年間の活動なのですが、前半の1年は思いが一方通行で、本当に苦しくて……。でも気持ちを切り替えて、現地の人がやりたいことを聞きながら自分から学校巡回を始めて、そこから活動が軌道に乗っていきました。
西尾 活動の仕方もご自分の裁量に任されるのですか?
入山 そこが協力隊の魅力ですよ。ものすごい経験だと思います。
栗野 本当に大きな経験をすることができました。国立競技場も、自分たちだけでは借りられなかった。JICAのおかげで政治家も動いたから、運動会を開催できたのです。
西尾 さっきの東京メトロの話とつながりますね。JICAの後ろ盾があるからこそ。
高樋 その後ろ盾も、JICA事業を通じて現地で活躍されたボランティアや企業の方々の実績のたまものです。途上国の人たちと共に汗を流す一人一人の存在が、国同士の信頼関係の構築に非常に大きな役割を果たしてきました。
西尾 栗野さん、今後はどんな展開を考えていらっしゃいますか?
栗野 貧困は経済的な困難だけでなく、発達障害や不登校、いじめ、外国ルーツ、LGBTQ+などさまざまな課題を同時に抱えているケースが多いので、ワンストップの相談窓口、民間版こども家庭センターのようなものを作って、全国に広げていきたいと思っています。
「チョイふる」の食料支援の様子=チョイふる提供
入山 協力隊経験者は問題意識も突破力もあるので、社会問題を解決していくことが期待されています。
高樋 まさに、海外協力隊事業の目的は、ボランティア経験の社会還元です。JICAは日本の様々な課題解決に貢献する方々を後押しするため、協力隊経験者の起業支援プログラム「BLUE」も実施しています。
西尾 帰国したら活動は終わりだと思っていましたが、次の課題を見つけて進んでいく方々がいるのは素晴らしい。JICAは熱意のある人々を長くサポートしているんですね。
高樋 JICAは大学や研究機関とも連携し、生物資源、防災、感染症などの世界的な課題に対応しているんです。
西尾 国を超えて役立つ研究をJICAが? 知りませんでした。
高樋 日本と途上国の大学や研究機関が国際共同研究に取り組み、その成果を社会実装するプログラム「SATREPS(サトレップス)」を2008年から実施しています。ここから約3000の国際共著論文と約90件の特許が生まれ、日本の若い研究者が「トップ1%論文」と呼ばれる質の高い論文を発表しています。新たなウイルス性の感染症を発見し、開発された検査キットが日本で活用されるという成果も出ています。
入山 それはすごい。厳しい審査を乗り越えて有名な学術誌に掲載されるようなトップ1%論文が、JICAのプログラムから出ているんですね。経営学に「リバース・イノベーション」という考え方があります。これは途上国で開発された製品などが先進国市場に逆輸入されることですが、今のお話がまさにそれです。JICAが両国の研究機関をつなぎ、その成果が日本にも戻ってくるのは素晴らしいですね。
高樋 本日はJICAの違った一面を見ていただけたと思いますが、いかがでした?
西尾 社会貢献や課題解決のために世界で奮闘している方がこんなにいると知り、日本の明るい未来に期待できると思いました。
高樋 JICAは今後も途上国の課題解決のために新たな事業に取り組み、それが日本や世界にとっても意義のあるものになる好循環をさらに生み出していきたいと思っています。