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免震、より良い復興…ODAを通じ、日本の高い建築技術と発想を世界へ発信【国際課題に挑むひと・9】

#11 住み続けられるまちづくりを
SDGs

2026.04.09

《JICAの国際協力活動には、JICA内外のさまざまな分野の専門家が熱い想いを持って取り組んでいます。そんな人々のストーリーに着目し、これまでの歩みや未来に向けた想いについて掘り下げる「国際課題に挑むひと」。第9回は日本のODA事業において、建築技術分野で多くのプロジェクトに携わってきた株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル(OC Global)建築開発部理事、黄國鳳さんにお話を伺いました》

黄國鳳さん

5カ国語を駆使し「日本の国際協力のために」

「ODA事業で日本という国を世界に知ってもらうことは、日本にとって大きな意義があると思います。現場では国籍の違いに関係なく、日本の国際協力のために一致団結して取り組んでいます」

黄國鳳さんはマレーシア出身の建築技術者です。日本で学んだ建築技術や5カ国語を駆使し、日本が世界の平和と安定、繁栄に貢献するためのODA事業に携わっています。約35年間でJICAと手掛けたプロジェクトは、インドネシアやネパール、バングラデシュなど8カ国に及びます。その中で、常に心がけてきたことがあるといいます。

「ただ建物を造るだけでなく、日本独自の技術や発想をいかに取り入れるかが一つのチャレンジだと考えています。それが相手国の中で日本が貢献した証しになるとともに、日本の技術を看板として世界へ発信する機会にもなるからです」

途上国のプロジェクトでは、日本の徹底した安全管理やスケジュール管理を浸透させることも、大きな課題です。黄さんは各国の現地スタッフと共に汗を流しながら、危機管理意識の向上にも貢献しています。

マレーシアの村で最初の日本留学生

来日は1983年。「それまでマレーシアからの留学先はイギリスやオーストラリアが一般的でしたが、当時のマハティール首相が1981年に東方政策を提唱し、日本への道が開かれました。私の村から日本への留学は、私が初めてでした」

早稲田大学大学院1年生の時、研究室の同期たちと国際コンペに応募し、最優秀賞を受賞した黄さん(左から4人目)。(黄さん提供)

91年に早稲田大学大学院で建設工学を修了し、OC Global社の前身の会社に入社しました。そこで新設された建築開発部に配属され、ODA事業に関わることになります。

「建築分野でのODAは会社としても未経験で、勉強と挑戦の日々でした。日本で長く働く考えはなかったのですが、世界を舞台にした仕事に大きなやりがいを感じ始めました」

最初のビッグプロジェクトはインドネシアの大学整備事業でした。インドネシア語が堪能なため、現地関係者とのコミュニケーションでも大きな役割を果たします。同国ではその後18年間で他の4大学の事業にも関わりました。

「高等教育機関の事業で大事なことは、相手国の未来を共に考え、設計に反映させることです。例えば、当初インドネシアの大学には研究室がありませんでした。そこで日本のように教授ごとの研究室を設け、そこに必要な機材や資料をそろえて研究に集中できる環境を整えました」

黄國鳳さんが計画、設計、施工監理に携わり、1995年に完成したインドネシアのバンドン工科大学(OC Global提供)


日本の大震災の教訓を生かす理由

2008年からのインドネシア大学付属病院の建設では、設計段階で免震技術の導入を提案しました。「日本では阪神・淡路大震災の後、病院や公共施設に免震技術を導入しました。インドネシアも地震国なので、必要だと思ったのです」

しかし、実現にはハードルがありました。コストが高額だったのです。円借款事業では、相手国が日本からお金を借り入れてのちに返済するため、コスト上昇は現地政府の財政負担に直結します。黄さんが政府や大学関係者に必要性を説明したことで、現地側もその意義や必要性を理解して導入を決定。同病院はインドネシア初の免震構造の病院となりました。

その後、さらに大きなプロジェクトが待っていました。2015年4月のネパール地震における小中学校の復興事業です。約9100校で計3万1000以上の教室が全壊など大きな被害を受け、100万人近い子どもたちが学ぶ場所を失いました。

ネパール地震で倒壊した直後のカリディビー中学校(OC Global提供)

プロジェクトマネジャーを務めることになった黄さんはこのとき、JICAと共に「より良い復興(Build Back Better)」の理念に基づいて取り組むことをネパール側に提案しました。「より良い復興」とは、東日本大震災後の2015年に宮城県仙台市で開かれた国連防災世界会議において注目された考え方です。単に元の姿に戻すのではなく、将来の災害に備えてより強靱な社会を再構築することを目指すものです。

JICA事業の対象は274校に上りました。被災状況を確かめるため、すべての現場へ行きましたが、学校の多くが山間部にあり、道路が整備されていません。「どうすれば資材を運搬できるか、頭を悩ませました」

大きな被害が出た背景には、竹と土壁で作られた脆弱な建物の構造があり、新校舎は耐震性を備えた鉄筋コンクリート構造で設計することになりました。

ところが、教師や子どもたちの話を聞くうちに、課題は耐震性にとどまらないと気付きます。学年の数より教室が少なく、中に入れない子は外で遊んでいる。理科室がないので実験ができない。本は倉庫から取ってきて階段で読む……。

「ネパール教育省にはまず、日本では学年ごとに教室があり、理科室や図書室も備えていると伝えました。頭では理解してもらえても、『敷地が狭い』『教室はそんなにいらない』と難色を示され、溝を埋めるのにかなり時間がかかりました」

トイレ問題の解決で出席率を向上

特に深刻だったのは、ジェンダーの問題です。「ほとんどの学校で、トイレが男女共用でした。このため女子生徒はトイレに行くのを我慢して登校しなくなったり、生理中は学校に行かなかったりすると聞き、驚きました」

さらに障害児が通う学校のバリアフリー化の遅れも顕著でした。点字ブロックや手すりの意義を説明し、設計に盛り込みました。

点字ブロックが導入されたナムナ・マヒンドラ高等学校の盲学校棟廊下

新設された理科室で楽しく学ぶパタン高等学校の生徒たち。黄さんの提案により、安全や教育の質も向上した(いずれもOC Global提供)

274校それぞれの設計図を描いている時間はありません。そこで導入したのが「タイプデザイン」という手法です。校舎の階数、生徒数、立地などの条件をそれぞれパターン化し、それを組み合わせることで188通りのデザインができる仕組みにしたのです。これにより、工期や予算を圧縮し、生徒たちを早く新しい教室に迎え入れることができました。

2017年1月に着工した事業はピーク時には約150校を同時進行させるというハードスケジュールを乗り越え、2023年5月に完工しました。学校の完成式典に招かれた黄さんは、生徒や教師からたくさんの感謝の言葉をもらい、感銘を受けました。

OC Global東京本社で、復興したパタン高等学校の写真を見ながら説明する黄さん。ネパールの伝統的デザインや歴史を守りつつ、最新の設計技術を取り入れたという。

「一番多く聞いたのは、『安心してトイレに行けるようになった』という女子生徒たちの声です。女子の出席率が増え、中退者が減ったと知り、本当に良かったと思いました。また、『図書室ができて本を読む時間が増えた』という話も聞きました」

式典で黄さんは、いつも生徒たちにこんな言葉を伝えたといいます。「この学校をあなたたちだけではなくて、あなたたちの子ども、孫の代まで使い続けてください」

「日本政府の復興への協力で、日本という国を初めて知り、好感を抱いた子どもたちも多くいました。彼らが成長して両国の架け橋になることも、日本の財産になっていくのだと思います」

2023年5月にカトマンズ市で開かれた「ネパール国緊急学校復興事業」の完工式典で、生徒たちと記念撮影する黄さん(後列右。OC Global提供)

苦労の先にあるものを想像しながら

現在はバングラデシュの7州の拠点病院で、画像診断棟の建設に携わっています。日本製のCTやMRIなどの高度医療機器を集約し、ワンストップで健康診断ができる施設です。病院の設計にも、医療従事者や患者の動線に配慮した日本の空間デザインが生かされています。

「ネパールの復興では山奥の学校に行くため、川につかって対岸へ渡って山を登ったこともありました。日本のODAで村の暮らしが良くなる。特に国の未来を担う子どもたちの教育環境の改善は大変意義のある仕事です。どんなに大きな苦労があっても、その苦労の先にあるものを想像すれば、乗り越えることができます」

最前線での経験を振り返りながら、「やりがい」という言葉を何度も口にした黄さん。35年間の蓄積を生かし、日本の力で世界をつなぐ国際人として、さらに挑戦を続けます。

1年のうち8割は海外で働くという黄さん(左から4人目)。OC Global東京本社で、帰国中の黄さんを見かけた仲間が集まった。国籍や専門性の異なる同僚たちも、世界に貢献する力強いパートナーだ

黄國鳳(うぉん・こっくほん)
1963年、マレーシア国サラワク州生まれ。1983年に来日し、早稲田大学理工学部で建築学を専攻。同大大学院を修了後、1991年に株式会社パシフィックコンサルタンツインターナショナル(現オリエンタルコンサルタンツグローバル)入社。建築開発部部長、執行役員総合開発事業部長を経て、2025年より建築開発部理事。建築分野の開発コンサルタントとして、建築計画、設計、施工監理、プロジェクトマネジメントに従事している。

株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル
2014年に設立。東京に本社を置き、海外10カ国に現地法人を持つ。従業員約1500人。150以上の国と地域で、JICAとのODA事業などのインフラプロジェクトを実施し、社会インフラの初期調査から計画、設計、施工監理、維持管理、プロジェクトマネジメント、事業運営までの総合的なサービスを提供している。豊富な海外業務経験とネットワークを基盤に、世界中の人々と手を携えて真に豊かな生活の実現に貢献することを目指し、グローバルな企業形態を確立するため、多国籍人材の積極登用にも取り組んでいる。

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