2010年 ハイチ地震

−脆弱国家における救援活動と国際協調の重要性−

2010年1月12日、16時53分(現地時間)、ハイチ共和国首都ポルトープランスから西南西25kmの極めて近い地域でマグニチュード7.0の大規模な地震が発生しました。これにより、死者222,517人、負傷者310,928人、被災者300万人以上と未曾有の被害となりました。この被害に対し、日本は調査チーム、医療チーム、自衛隊部隊の派遣、また3,000万円相当の緊急援助物資の供与を実施しました。

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大腿骨骨折の小児の治療

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治療を終え笑顔の戻った少女

医療チームは首都から南西へ約40km、震源地近くのレオガン市看護学校敷地内で活動を行い、8日間で延べ534人の治療を行いました。活動後半まで患者の殆どが重傷者であり、搬送先もない状況の中で、各国チームと協働し被災者の救援にあたりました。また看護学校の生徒や教員から、通訳や介助などの支援を受け、苦しい環境ながらも、現地の人々と協力して活動することができました。ハイチは災害発生前から、国連PKOミッションが派遣されており、安全管理に大きな問題を抱えていましたが、活動地域の治安維持担当であるスリランカ軍の警護をうけることができました。スリランカ軍司令官からは「2004年のスマトラ沖地震の際にスリランカも大きな被害を受けたが、その時も日本からJDR医療チームが駆けつけてくれた。今回はその恩返しもかねて、日本チームを警護できることを嬉しく思う」と、過去の支援に触れ、困っときはお互い様との言葉に、この活動に対する誇りと、継続していく勇気をもらいました。

日本の対応:
  • 調査チーム:3名
    1月14日〜1月16日
    1月16日〜1月29日
  • 医療チーム:26名
    1月16日〜1月29日
  • 自衛隊部隊:183名
    1月16日〜2月18日
  • 物資供与:
    3,000万円相当の緊急援助物資(テント、毛布、プラスチックシート、ポリタンク、スリーピングパッド、浄水器)をハイチ政府に供与