ニジェール日記

第16回 大好きな『Elle(彼女)』の笑顔のために…産科フィスチュラに関わる活動紹介(2010年7月21日)

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縫物講習会にて、作品完成を喜ぶ女性たち。笑顔が印象的。

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識字教室の様子。
自分の名前や数字を書けるようになることが、とても嬉しそう。

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ニアメ国立フィスチュラセンター

ニジェール日記第15号 By 20年度2次隊 谷本 博子隊員もご参照ください)

私は現在、首都ニアメにある国立産科フィスチュラセンターにて医師をはじめとするケアグループと共に産科フィスチュラに関わる活動をしています。国立産科フィスチュラセンターには常時50名ほどの患者さんが寝泊まりしており、手術の順番を待ったり術後検診を受けたりしています。私は、日々ケアグループと共に、産科フィスチュラへの効果的な取り組みを考える半面、できる限り多くの時間を産科フィスチュラ患者さんたちと共に過ごすようにしています。国立産科フィスチュラセンターでは患者さんたちと一緒に歌って、踊って、ごはんを食べて、お昼寝をして、おしゃべりをして、時には髪の毛を編んでもらったりもします。彼女たちは私にとって身近な存在で、患者さんというよりも友達のような、お姉さんのような、妹のような存在だと感じます。いつも私がセンターを訪問すると、彼女たちは私の訪問をとても喜んでくれます。これまで、彼女たちからのリクエストに答えて、識字教室を行ったり、家政隊員(19年度2次隊 皿江隊員)を招いてのパッチワーク講習会、うがい教室などの衛生教育、武道隊員(剣道・合気道)を招いての日本文化紹介を行ったりしました。パッチワーク講習会を行った際は、講習会が終わった直後、彼女たちが本当に嬉しそうに皿江隊員と私に握手を求めてきて、自分たちがパッチワーク作品を完成できたことがとても嬉しいのだ、ということを伝えてくれました。そんな彼女たちの笑顔を見て、活動を行う上で何よりも大切なのは彼女たちが喜んでくれること、楽しいと思ってくれること、自分は幸せだと少しでも感じてくれることである、と思うようになりました。

産科フィスチュラの原因は医学的に説明できるにも関わらず、ここニジェールでは、産科フィスチュラになったのはその女性の普段の行いが悪いのが原因だとか、アッラーの制裁である、などと考えられることもあるそうです。また、一夫多妻制を採用している家庭では、他の妻の呪いだ、というように考えられることもあるそうです。そのような住民の産科フィスチュラに対する正しい理解の不足のためか、または尿が漏れてしまうという症状の性質のためか、彼女たちは時として差別をされることがあります。彼女たちが悲しい思いをしているのを見ると、私はとても悲しくなります。センターで一番よく話をするSさんは産科フィスチュラになったために夫に一方的に離婚されたことを教えてくれました。またある時、彼女たちと一緒にセンターの近くにある競技場で行われたバスケットの大きな試合を観に行ったことがありました。その時、彼女たちは「私たちはYoyonHusari(ハウサ語で「産科フィスチュラ」)だから他の観客と一緒に観客席に座ることはできないの。」と言ったので、私たちはバスケットコートからほど遠い場所から立ったままで試合を観ました。いつもは明るい彼女たちが、さらっと口にしたその一言が、私にとっては悲しくつらいもので、産科フィスチュラということで差別されるというのはこういうことなのか、と身をもって感じました。

私にできることは小さいですが、青年海外協力隊員としてニジェールでフィスチュラについて関わっていく中で、大好きな彼女たちがどのようにしたら喜んでくれるかを第一に考えて活動すると同時に、引き続き日本の人々にもニジェールにおける産科フィスチュラの実情を伝えていきたいです。

*産科フィスチュラとは
「フィスチュラ(産科ろう孔)とは、難産で胎児の頭が産道を長時間圧迫するなどして、直腸や膀胱など隣接する臓器の一部が壊死して穴が開いてしまう病気。排泄がコントロールできなくなる。病気への知識が不足し、十分な医療施設が整っていない途上国に多い。世界保健機関(WHO)によると推計患者数は200万人以上。手術をすれば、ほとんどの場合、治るという。」 (読売新聞2010年3月25日記事より抜粋)

特にフィスチュラが多いと言われている国としては、ニジェールの他に、ナイジェリア、バングラデシュなどが挙げられます。ちなみに産科フィスチュラは、仏語 ではLafistule obstétricale、英語ではObstetric Fistula、ハウサ語ではYoyon Husari(ヨヨン フサリ)と呼ばれます。

20年度3次隊 村落開発普及員(フィスチュラ対策) 
新津 茉莉花 (山梨県出身)
ニアメ国立産科フィスチュラセンター配属