映画を通じたコミュニティー開発の可能性~映画監督 林 弘樹氏~

生活の様々な情報を映像コンテンツで入手するなど、日本と同様もしくはそれ以上にドミニカ共和国の人々にとって「動画は身近なツール」となっています。ただ、そのドミニカ共和国においても格差の問題や人材育成、そしてコミュニティーを如何に開発していくかが課題です。

そこで、映画や映像づくり等を通じて全国各地で地域振興や人材育成を行い、内閣府地域活性化伝道師や経済産業省の全国キーパーソン委員でもある、映画監督の林 弘樹氏を2024年1月中旬から2月初旬までの3週間、派遣しました。

今回の滞在中では、国の公的機関である経済企画開発省、文化省や映画総局、国立サント・ドミンゴ自治大学での意見交換等を実施、また私大のプカマイマ大学では講義を行いました。

ちょうど「外交樹立90周年」ということもあり、外務省と相談した結果、日本映画祭を企画し、林監督の作品上映とトークセッションを開催することになりました(他の日本映画作品も上映されました)。

さらに、日系移民コミュニティーの取材として各地方を訪問、移民1世や2世の方々にインタビュー撮影も行っていただきました。

今回の派遣を通して、林監督が体感したことについてお話を伺いました。

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Q.これまで各国の国際映画祭等で様々な国に訪問されていますが、監督にとって初の中南米訪問となった「ドミニカ共和国」。どんな印象でしたか?

行く前は、ドミニカ共和国についての情報が全くと言っていいほど得られない状況だったので、ワクワクする反面、正直不安もありました。これまで国際映画祭等で取材を受けた際、「市民参加型で映画を作った」と話すと、どこの国でも非常に興味を持って頂き、たくさんの取材を受けていた経験はあったのですが、こと日本国内の行政においては「映画でコミュニティー開発?」と身構えたところからスタートすることが通常なので、いざドミニカ共和国での反応はどうなるのか、不安だったのです。

Q.ドミニカ共和国の映画産業に関わる行政関係先の視察での反応はいかがでしたか?

訪問したどの省庁の職員の皆さんは驚くほど聡明かつ柔軟で、何より「素直だな」と思ったのが第一印象です。また、映画を通じたコミュニティー開発については、非常に高い関心を寄せてくれました。

ドミニカ共和国のMEPYD(経済企画開発省)でお会いしたホセ・マッキニーさんから頂いたコメントは、とても象徴的なものでしたので、ここで紹介します。

ドミニカ共和国において、
コミュニティーで創られる映画は相互理解と社会的なつながりを促す、
価値の計り知れないツールである。
それは楽しませるだけでなく、人々を教育し、インスピレーションを与え、
コミュニティーの絆を強め、国の社会的、文化的側面を豊かにするだろう。

このメッセージを受け取った時、僕の胸が熱くなり、勇気と力をもらうことができました。

また、文化省や映画の誘致やロケ支援、映画制作にかかわる法整備等を行っているDGCINE(映画総局)では、「産業としての映画については相当力を入れており、一定レベルでの経済効果等は得られている。ただ、産業映画一辺倒のため、『文化振興につながる映画』や『人材育成につながる部分』が欠如している。今回の『映画を通じたコミュニティー開発』はまさにとても大事な視点を得られた」と話されました。今後、どのように協働していけるかの可能性を丁寧に探っていく彼らの姿勢は印象的でした。

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経済企画開発省 訪問

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撮影スタジオ PINE WOOD

Q.日本映画祭はどうでしたか?

テレビやラジオ、新聞等様々なメディアも映画祭の宣伝だけでなく、市民参加型映画の可能性についても丁寧に取材してくれたこともあり、参加した多くの方が「そうやって出来た映画とはどんなものなのか?」をじっくり味わってくれました。上映後のトークセッションでは、予定された時間を大幅に超えて質問が飛び交い、その後の懇親会会場までほぼ全員が参加するような熱気に包まれました。「地域の絆を感じた」「コミュニティーの基本は人とのつながりであり、その中心は『家族』なんだ」「過去から現在に至る地域の歴史を感じ、未来の可能性まで感じることができた」等と感想を伝えてくれました。

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Q.大学での講義はどんな場になりましたか?

プカマイマ大学の学生だけでなく他大学の学生、さらにオンラインで同時配信され世界中のJICA職員も参加する場となりました。大学から要望があったテーマは「最新技術は世界に何をもたらすか」ということでしたので、僕は「世界にインパクトを与える技術とはどういうものなのか」ということについて映画を通じて語らせていただきました。僕の師匠筋である北野武監督や黒沢清監督、また、宮崎駿・新海誠等の監督の事例を交えたうえで、自分の取り組んできた「映画を通じたコミュニティー開発」を紹介しました。

講義の後では、「地域の多くの人と共にやっていく方法は?」「コミュニティーで映画を創っていく上で大事なことは?」等たくさんの質問が寄せられました。

コミュニティー映画プロジェクトにおいては、「プロセス」を大切にしています。

また、人を巻き込んでプロジェクトをすすめていくためには「先入観を持たずに興味を持つ」ことがとても大事なポイントです。

私たちの映画づくりは「市民参加型映画」です。

よく言われるフィルムコミッションやロケ支援、市民がエキストラで出演する等の「映画制作の現場サポートのみ行う活動」とは異なります。僕たちは映画づくりの企画から配給までのあらゆるプロセスにおいて、数千・数万人の市民と一緒に創り上げていきます。

このようなプロジェクトをすすめていくには、熱いパッションが欠かせないのですが、学生達の純粋で真っ直ぐな反応や何でも興味を持ってみようという想いを受け、「コミュニティー映画」のドミニカ共和国での実現性に大きな可能性を感じました。

また今回の滞在中、サント・ドミンゴ自治大学がお休み時期であったため、講義はできませんでしたが、教授陣から「以前、授業の一環として、120人の学生と共に第三の都市ラ・ベガで映画制作を行ったことがある。次回はハラバコアで計画しているため、ぜひ一緒にやれないか」というコラボレーションの可能性を示唆してくれたことは嬉しかったです。

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Q.今回、日系人の方々へのインタビューも行ったとのことですが、どんな出会いがありましたか?

真のサムライに異国の地で出会いましたね。約70年前に移民としてこられた時から長い年月が経っているにも関わらず、「日本の心、その在り方の大切さを守ってつなげていきたい」と語ってくれた姿が真のサムライに見えたのです。

日系移民が入植した各地域の人々にヒアリングしたところ『今もなお、日系移民がコミュニティーをつなげてくれている』『ここは昔、日系人が暮らしていた家で、彼らが家を大事に扱ってくれていたから私たちも家を大切にしていて、快適に暮らせているんだ』等の感謝の言葉を聞くことができました。

1世の方々とのインタビューでは、「いろいろあったけど、今ここで多くの家族もでき、ドミニカ共和国の人達とも親しくなり、第二の故郷と思えるようになった。ただ、同じような苦労をしてもらいたわけではないのだけれど、今3世や4世とつながっていく中で、改めてコミュニティーのつながりづくりや日本の心というものをどのように継承していったらいいのか」という課題も伺うことができました。

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Q.改めて、ドミニカ共和国でもたらす「コミュニティーで創る映画の可能性」とは?

国の各地域が急激に発展し、人口も増え、格差も広がっている。コミュニティー基盤を構築していくには社会成長のスピードが速く、後回しになってしまっていると云う。

時間をかけて積み上げていくコミュニティー開発に意識を向けられていないという課題も聞けました。

しかし、地域の安全、防災などの面でもコミュニティー開発は重要です。そんな中で、日系移民とドミニカ共和国の人々との『相性の良さ』というものを感じました。日本人のコツコツまじめな性格、ドミニカ共和国の人達の素直さやおおらかさ。この両者の融合していくところ、つまり、新たなコミュニティー形成はこの国の発展につながっていくことでしょう。

今回の「映画を通じたコミュニティー開発」の調査で得られたことを土台に、一緒に未来をつくるお手伝いができたら幸いです。

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