【リサーチレポート】インターン生が調べてみた。 カリブ海におけるサンゴ礁保全の参考資料
2025.09.24
中米・カリブ課 インターン生 菅野由剛
はじめまして、中南米部中米・カリブ課にインターンしている菅野です。
今回は、カリブ海でも最近激減していることで話題のサンゴ礁について、JICAのパラオでのサンゴ礁保全の取り組みをご紹介します。
また、プロジェクトに参加していた専門員の方へのインタビューも記載しています。
現場での建設的な取り組みと、活動を行う上での苦労もお話ししてくださいました。
はじめに、サンゴ礁が私たちにもたらす4つの恩恵をご紹介します。
1つ目は、生物多様性の維持です。
沿岸の藻場やサンゴ礁は、魚類、甲殻類、貝類など多様な生物の休息や隠れ家、産卵場所となっており、それらを餌とする大型の魚にとっても重要な餌場となっています。
サンゴ礁は「海の熱帯林」とも呼ばれ、9万種以上の生物が生息する豊かな生態系の核となっています。
2つ目は、重要な漁業資源の場であることです。
沿岸域生態系は漁業資源の供給源であり、世界の水揚げされる魚の約3分の2は生活の一部を沿岸域で過ごすと言われています。サンゴ礁周辺は豊かな漁場を形成し、多くの人々の食料と生計を支えています。
3つ目は、観光資源としての価値です。
美しいサンゴ礁の景観は多くの人々を惹きつけ、観光業の重要な柱となっています。
東南アジアのコーラル・トライアングルというサンゴ礁の多い海域では、2017年から2030年の間に健康的なサンゴ礁であれば367億ドルもの経済的利益を生み出すと予測されています。
4つ目は、波のエネルギーを弱める防災機能です。
サンゴ礁やマングローブ林は津波や台風の波の力を和らげ、沿岸地域の自然災害リスクの軽減に大きく貢献していて、これにより人々の暮らしを守る役割も果たしています。
このように、サンゴ礁は多様な生物の宝庫であるとともに、漁業、観光、防災・減災など私たちの生活に欠かせない多くの恩恵をもたらしています。だからこそ、その保全が世界的に求められているのです。
近年、地球温暖化やエルニーニョ現象の影響で海水温が上昇し、多くのサンゴ礁で「白化現象」が発生しています。また、陸地からの排水や土砂流出、さらにはオニヒトデによる食害も加わり、サンゴ礁は深刻な衰退の危機に直面しています。
では、「サンゴの白化現象」とは何かご存じでしょうか。
サンゴは自らの体内に褐虫藻と呼ばれる藻類を共生させ、この褐虫藻の光合成によってエネルギーを得ています。そのエネルギーを使い、サンゴは骨格を形成し、サンゴ礁を発達させています。
しかし、海水温が高くなると、ストレスを受けたサンゴはこの褐虫藻を体外に放出してしまいます。
褐虫藻がいなくなったサンゴの体は透明になり、骨格が透けて見えるため白くなります。
この状態が「白化」です。
白化したサンゴ褐虫藻からの栄養供給がなくなり長期間白化が続くと死滅してしまいます。サンゴ礁の健康を守るためには、地球温暖化の抑制や環境の改善が急務です。
サンゴの白化は海洋生態系だけでなく、漁業や観光、沿岸の防災・減災にも影響を及ぼすため、その保全が求められています。
日本はサンゴ礁保全のための国際協力に昔から取り組んできました。
始まりは1993年で、日米コモンアジェンダに基づきサンゴ礁保全が重要な課題として位置づけられました。その後、オーストラリアの協力も得て、日米豪による国際的な枠組み「ICRI(国際サンゴ礁イニシアティブ)」が設立されました。
日本はこの枠組みの中で、特にアジア太平洋地域において主導的な役割を果たしてきました。
現在もJICAがこの地域のサンゴ礁保全活動に積極的に協力しているのは、こうした長年の歴史と貢献が背景にあるからです。
JICAが行っているパラオのサンゴ礁保全への協力事業についてご紹介します。
現在進行中のものを含め、具体的なプロジェクトは以下の5つです。
1999 PICRC(パラオ国際サンゴ礁センター)建設プロジェクト
2002-2006 PICRC強化プロジェクト
2009-2012 サンゴ礁モニタリング能力向上プロジェクト
2013-2018 サンゴ礁島嶼国における気候変動による危機とその対策プロジェクト
2022-現在(2025) 気候変動への強靭性強化のための統合的沿岸域生態系 管理能力向上プロジェクト
2001年、JICAの無償資金協力によりパラオ国際サンゴ礁センター(PICRC)が建設されました。
パラオは300以上の島からなる国で、豊かなサンゴ礁をはじめとする海洋資源に恵まれています。特にサンゴ礁を中心とした観光開発が経済的自立の核とされていましたが、開発の活発化や異常気象によりサンゴ礁を含む海洋資源への影響が懸念されていました。
こうした状況を受け、パラオ政府はサンゴ礁や関連海洋資源の研究および保全活動を行う国際サンゴ礁センターの設立計画を策定し、日本政府へ協力を要請したことが始まりです。
2002年から実施された「PICRC強化プロジェクト」では、主に専門家派遣や機材の提供による技術協力が行われました。このプロジェクトの目標は主に4つあります。
①センターが組織的かつ計画的に運営管理されること
②水族館の展示や運営が自立的に行われること
③サンゴ礁研究やモニタリング体制が確立されること
④教育部門が沿岸資源に関する環境教育を学生や地域コミュニティに対して実施できることです。
サンゴ礁と沿岸資源の持続的な保全には、人材育成、資金確保、研究能力の向上、保全活動の重要性を広く伝えることが不可欠であり、このプロジェクトはそれらの課題に対応した取り組みと言えます。
2009年から始まった「サンゴ礁モニタリング能力強化プロジェクト」は、その名の通りサンゴ礁のモニタリングに焦点を当てています。
前述の2つのプロジェクトで研究・保全の基盤が整ったため、実際の保全活動へと移行しました。目的は海洋保護区のモニタリング体制を整備することであり、最新のデータを継続的に取得することにより、サンゴ礁の良好な環境を持続的に維持することが重要だからです。
2013年からは「サンゴ礁島嶼国における気候変動による危機とその対策プロジェクト」が実施され、サンゴ礁島嶼国の生態系研究能力および持続的な維持管理能力の強化を目指しました。
成果目標は、①継続的なモニタリングとデータ整理、②気候変動下でのサンゴ礁生態系の持続、③住民の生態系保全や生物多様性への理解促進、④専門知見や技術の共有と人材育成の促進です。また、このプロジェクト中の2020年には、サンゴ礁生息魚類の輸出禁止法が可決され、サンゴ礁保護に法的な強制力が付与されました。
これはPICRCによる科学的根拠が政策決定に反映された成果と言えます。
ここまでの4つのプロジェクトを振り返ると、PICRC設立から始まり、組織基盤の強化、保護区モニタリング体制の確立、そして研究成果を政策に結びつける法的保全体制の構築へと着実に進展しています。長期にわたるJICAの協力によって、盤石な保全・保護体制が築かれたと言えるでしょう。
最後に、2022年から2025年に実施された「気候変動への強靭性強化のための統合的沿岸生態系管理能力向上プロジェクト」について紹介します。
サンゴ礁生態系の保全体制が整ったものの、近年は開発や漁業、観光の発展に伴い、沿岸のマングローブ林が伐採・埋め立てられ、陸上からの土砂流入によるサンゴ礁への影響も懸念されています。
この課題に対して、JICAとPICRCをはじめとする関連機関が連携し、マングローブのモニタリングと持続可能な利用としてのエコツーリズム推進、土砂流出防止ガイドライン整備などの対策を実施し、今後の成果が期待されます。
今回、JICAのパラオのサンゴ礁案件担当者として、現地でも活動を行っている阪口法明専門員にお話を聞くことができました。報告書やネット上では知ることのできない、現地ならではの悩みを教えてくれました。
Q.
「プロジェクトを実施する上で予期せぬ困難や課題はありましたか?」
A. やはり、計画通りに物事が進むとは限りません。今回の案件に限らず、日本と途上国の間で環境に対する考え方や価値観の違いは大きな課題となっています。
日本では環境問題のある地域でも、住民の多くはそれほど貧困に苦しんでいない場合が多いですが、途上国では地域住民が自身の収入を自然資源に強く依存していることが少なくありません。
プロジェクト実施中は資金提供があるため、地域住民も積極的に協力してくれますが、終了後にどうなるかは未知数です。最終的には彼ら自身が保全活動を持続的に実施していく必要があります。
そのためには、現地の人々に保全活動が自らの収入に直結するものであることを理解してもらうことが重要です。
エコツーリズムを例に挙げてみましょう。
エコツーリズムとは、地域の自然資源の持続可能な利用を目的とし、旅行者にその自然の素晴らしさを体験してもらう観光の形態です。
エコツーリズムが地域の収入源となることで、自然環境を守ろうとする意識が高まります。
また、生態系は複雑なため、保全対策を行ってもすぐに効果が現れるわけではありません。そのため、長期的かつ持続的に取り組むことが重要であり、こうした点からもエコツーリズムは非常に大切な活動です。
Q.
「今後同様の問題が発生しないためのポイントは何ですか?」
A. プロジェクト終了後も持続可能な形で保全活動を継続することが重要となります。そのためには、私たちが去った後も現地の人々が主体的に活動を続けられる仕組みをつくる必要があります。
しかし、小規模な国々ではキャパシティに限界があり、支援者やドナーが転々とする現状があります。限られた資源と人員の中で効率的に改善を図ることが求められています。
そのための一つの方策として、民間企業の参画を促し、継続的な外部資金確保も重要です。
例えばマングローブの保全活動では、マングローブが高い炭素貯留能力を有することから、カーボンニュートラルを推進する企業にとっては社会的アピールの機会となります。
このような企業の関心を活かし、協力を得ることが保全活動の継続につながります。
Q.
「プロジェクトを行う上でどのような知識、技術が必要になってきますか?」
A. このプロジェクトにおいては、環境や沿岸域生態系に関する知識や最新の研究成果が重要であることはもちろんですが、それだけでなく現場の感覚も非常に大切です。具体的には、現場で円滑に物事を進める能力を指します。
現地の関係者と密にコミュニケーションを取りながら、柔軟に対応・調整しつつ、確実に成果を上げていく能力が求められます。
JICAのプロジェクトにおいて、持続的な保全には地域住民の協力が不可欠であると強く感じました。
一度状況が改善しても、それを維持しなければ意味がありません。
ただし、阪口さんがおっしゃっていたように、発展途上国と先進国では国民の環境意識に差があることも考慮する必要があります。
地域の漁民は日本の漁師のように十分に稼げるわけではなく、たとえ保全活動を行っていても、生計を立てるためにサンゴ礁を多少傷つけてでも魚を獲らざるを得ない場合もあります。
根本的な問題を解決するには、地域の住民がサンゴ礁を大切にすることで、着実に収入が増えるような労働環境や地域づくりが不可欠であると改めて実感しました。
JICAのパラオでのサンゴ礁保全活動について簡単にご紹介しました。
今回の記事では、まず長年JICAとして取り組んできたパラオのプロジェクトの一連の流れについて、そして日本人専門家が現場で活動するうえでの苦労があるのだということをインタビューから知っていただければ幸いです。
パラオは地理的には中南米から遠く離れたオセアニア地域に位置しますが、途上国であり沿岸環境課題や持続可能な沿岸資源管理の観点で中米・カリブ地域と共通点が多いです。
パラオの自然環境について理解を深めることで、中米・カリブ地域の共通の課題への理解が広がると考えています。
そして、パラオの事例から得た知見や教訓を今後の中米・カリブ地域サンゴ礁問題に活用、応用することが可能でしょう。
参考文献
(1)UNEP. The Coral Reef Economy. 2018, The Coral Reef Economy | UNEP - UN Environment Programme. (参照2025-09)
以上
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