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一口に込めた想い
――絵本を通して伝えたいこと――
2024年度1次隊 栄養士
首藤 由佳
東ティモールの食教育の絵本が完成しました。貴重なテトゥン語で理解できる教材となっています。ぜひご覧ください。
[テトゥン語]
jica.go.jp/english/overseas/easttimor/data/__icsFiles/afieldfile/2026/06/10/light2026.06.10【Tetun-Last ver.】Livru nutrisaun.pdf
[日本語]
jica.go.jp/english/overseas/easttimor/data/__icsFiles/afieldfile/2026/06/10/nutrition_Japan.pdf
この絵本には、子どもたちのドーナツへの強い嗜好を軸に、日々の活動で感じた課題を踏まえた内容を盛り込みました。例えば、食べ物の味を表現する言葉の少なさを踏まえ、五つの味を紹介しています。また、身近な存在でありながら東ティモールの料理の魅力や価値が十分に注目されていないことから、ページをめくった瞬間に思わず感嘆の声が上がるような絵を目指し、実際に調理した写真を基に制作しています。さらに、子どもが食事をしている時でも携帯電話を見続け、一緒に食べない保護者が多いことを知り、家族で温かな食卓を囲む場面も取り入れています。実際の食事の変化につなげる働きかけには、人気のスポーツであるサッカーをモチーフに、「なりたい自分」に近づこうと一口食べてみる主人公の姿を描いています。読者がその姿に共感し、一歩を踏み出す後押しとなるようにしました。さらに、苦手な食べ物に挑戦し、体の変化を実感する姿を通して、「私たちの体は、私たち自身が食べたものでできている」というメッセージを込めました。
絵本制作のきっかけ
2024年9月に東ティモールの学校に初めて赴任した時、子どもたちの小さな体に驚きました。日本の感覚で、この子は何年生だろうと推測して尋ねると、実際には日本の子どもより2学年ほど上であることが多く、その差に衝撃を受けました。大人であっても、多くの女性は身長の低い私と目線が同じか、それよりやや低いほどでした。東ティモールでは、5歳未満児の45%が発育阻害(年齢に対する身長の伸びが十分でない状態)にあると報告されています(INETL et al., 2026)。子どもたちの姿を目の当たりにし、その現実を痛感しました。
学校給食を食べる様子を観察していると、食べ物の不足だけでは説明できない問題があるように思われました。子どもたちは苦手な野菜を平気で残し、わずかしかない肉さえ硬いからと食べないことがあります。よく見ると虫歯だらけの子も多く、一部の保護者は「治療には行かず、新しい歯に生え変わるのを待っている」と話しました。こうした口腔環境の問題は、硬い食べ物を避け、やわらかくて甘いドーナツを好むことと関連しているのではないかと考えられました。また、ドーナツは学校の食堂でも路上でも安く手に入ります。子どもたちにとって身近な食環境も、ドーナツへの嗜好を後押ししているように思えました。
学校給食を食べている小学生の様子
食堂では当時、毎日ドーナツが100個以上販売さされており、学校給食を食べずにドーナツを食べている子どももいました
この悪循環を断つには、子どもへの食教育だけでなく、食堂をはじめとする食環境の改善や、保護者・地域との連携も欠かせないと考えました。そこで、隊員活動1年目には、体育の授業を通して3色食品群の学習を繰り返しおこないました。食堂では、水しか入っていなかった冷蔵庫に牛乳を置いたり、ゆで卵を販売したりと、食環境づくりも進めました。保護者には、安価なたんぱく質源であるテンペ(大豆の発酵食品)や豆腐を用いた調理実習を、地元の栄養士とともに実施しました。こうした活動を通して、やせている子どもの割合は少しずつ減少し、食に関する知識も向上していきました。一方で、食の知識が身についても、それが子どもたちの様々な食品を食べる行動につながるとは限らないという課題も見えてきました。
3色食品群の授業を受ける中学生
園児保護者が調理実習をしている様子
知識だけでは解決しない理由
食行動につながらない理由にはいくつかの要因が考えられました。中でも、経済的な問題を解決することや、Lulik(伝統的な価値観に根ざした風習)に働きかけることは容易にできるものではありません。しかし、子どもたちの食べ物に対する意識を促すことなら、できることがあるかもしれないと思いました。そう考えるきっかけとなったのが、保護者との面談でした。やせた子どもをもつ保護者と話す中で、子どもたちの苦手な食べ物として、野菜をはじめ肉や魚、テンペなど、実に多くの食品が挙げられました。また、東ティモールで日常的に食べられている芋やナスでさえ、「この子はまだ一度も食べたことがない」という言葉を多く耳にしました。こうした話を聞くうちに、子どもたちは知らず知らずのうちに、自ら食べられる食品の幅を狭めてしまい、それが栄養状態を悪くする一因となっているのではないかと考えるようになりました。課題に向き合うには、子どもたち自身がなぜ食べる必要があるのかを理解し、納得して行動に移せる働きかけが必要であると考えました。
そんな時、先輩隊員がそれぞれの分野で制作し、活動に活用していた絵本の存在に目がとまりました。物語を通して伝えることにより、子どもたちは自然にメッセージを受け取り、自分事として捉えられます。また絵本は、教科書が無く、栄養を専門とする教員がいない環境でも教材として活用できます。加えて、本を読む文化がまだ十分に根付いていない東ティモールにおいて、テトゥン語で書かれた本が一冊でも増えること自体に大きな価値があると思いました。
絵本を通した栄養の大切さの普及
絵本の完成後は、多くの人々に絵本を通して食の大切さを伝える活動を始めました。ディリ県に加え、東ティモールの中でも特に発育阻害の多い地域であるエルメラ県とオエクシ県を訪れ、幼稚園や学校、地域コミュニティにおいて、子どもたちや妊産婦等に読み聞かせをおこなっています。医療従事者や教員、それらの養成課程に通う大学生に対しては、絵本の活用方法を、問いかけを交えながら紹介しています。また、教育局や保健局等の行政機関、国連機関、NGO、NPO、図書館、飲食店にも協力を呼びかけ、絵本の周知に努めています。絵本を通して伝えた想いが、少しずつ人から人へと受け継がれ、食を考える輪が広がっていくことを期待しています。
エルメラ県sentro juventude munisipiu ermeraで活動する羽下隊員が新設したカフェ(Livru Kafe Ermera)には、先輩隊員が制作した絵本と一緒に置いていただいている
オエクシ県の保健センターに健診に来られた妊産婦さんに対して、地元の栄養士らとともに読み聞かせをしている様子
大学の授業では学生自身にも読み聞かせに参加してもらった
NPO Naromanの栄養士とともに、フリースクールの児童に対して読み聞かせをしている様子
小学生に対して、保健の授業を通して担任教諭と一緒に読み聞かせをしている様子
未来を変える一口に
前述の調査(INETL et al., 2026)では、発育阻害の割合はここ10年、高止まりのまま改善していません。課題を解決するためには、政策や制度による取組みが必要かもしれません。しかし、その前に、一人一人が日々の食生活に意識を向け、できることから行動を起こしていくことが重要だと考えます。一口食べたら、今まで苦手だと思っていた食べ物のおいしさに気づくかもしれません。一口食べたら、新しい世界が広がるかもしれません。食べる前から、何かをする前からあきらめるのではなく、まずは一口だけでも試してみてほしい。この絵本を読んでくださった方々の小さな「一口」という勇気が、未来を変える大きな一歩につながることを願っています。
最後に
最後に、この絵本の制作にあたり、多くの皆様からご協力を賜りました。東ティモールの人々の考え方やテトゥン語の表現を丁寧に教えてくださったMariani Vicente Kijongさん、食べ物の絵をリアルに描き、本書に彩りを与えてくださったDiana Iskandarさん、何度も子どもたちに読み聞かせをおこないながら、言語の修正をしてくださったドミニカン小中学校(ヘラ校)のシスターおよび教職員の皆様には、それぞれの専門性から多くのご支援をいただきましたこと、深く感謝申し上げます。また、協力隊における絵本制作の先駆けをつくり、自身の絵本制作の経験を基に、構想段階から本書に込めた思いにいつも寄り添い、親身になってご助言をくださった實 亜里紗さん(2023年度3次隊・環境教育)、子どもの栄養状態を考えるにあたり、歯科と栄養の関係に目を向けるきっかけをくださり、絵本という形で伝える意義を示してくださった織田 千恵さん(2023年度2次隊・歯科衛生士)、子どもの視点に立ち、国語教員・図書館司書の豊富な知見に基づき、真摯なご助言をくださった梶 幸平さん(2023年度3次隊・青少年活動)、同じ栄養士として専門的な立場から、本書のメッセージがより伝わるように示唆に富む的確なご助言をくださった菅原 京子さん(2023年度1次隊・栄養士)、編集作業を通して本書を一冊の本として形にしてくださったJICA東ティモール事務所の白石 孝明さんには、とりわけ多大なるお力添えをいただきました。その他にも、郷土料理の調理や撮影をはじめ、多岐に渡って支えてくっださった東ティモール在住の皆様にとどまらず、海を越え世界各国の皆様からも、温かいご助言とご協力を賜りました。一人の力では、決してここまで辿り着くことはできませんでした。本書の完成にあたり、ご支援くださったすべての皆様に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。
参考
National Institute of Statistics Timor-Leste (INETL, I.P.), Ministry of Health, & ICF. (2026). Timor-Leste demographic and health survey 2025–26: Key indicators report. INETL & ICF.
東ティモールの料理ページ作成にあたり、地元の食材を用いて飲食店員と協力隊員が協同して調理している様子
公共図書館Xanana Gusmão Reading Roomに寄贈したときの様子
現地で児童教育のために図書館車両を運営してる
CWP GLOBAL 株式会社
東ティモール支店 に
絵本を寄贈しました。