山形とパプア、農業でつながる国際協力の輪
2026.03.05
はじめに——
「このトマト、味が濃いですね。この甘さ、濃さ、パプアにはないです。」
山形県の園芸農業研究所で、インドネシア・パプア州から来日した農業の専門家である研修員が驚きとともに語った一言。それは単なる技術の違いだけではなく、農業に対する考え方や文化の違いに触れた瞬間でした。この言葉の背景には、JICA草の根技術協力事業「パプア州農業普及員の普及能力向上と住民組織化による農業技術改善プロジェクト」(2022年6月~2025年5月)があります。
山形県とインドネシア・パプア州との繋がりは、太平洋戦争中に第36師団(通称「雪部隊」)が南方へ出征したことをきっかけに始まりました。雪部隊には山形県をはじめとする東北出身者が主力となり、現在のインドネシア・パプア州で抗戦を展開、戦後は遺骨収集などを通じて交流が始まりました。
長く続く交流の土台の上で、2022年から2025年にかけては同事業の一環として、日本での研修が毎年行われ、インドネシアからの研修員に日本の農業技術や知見が伝えられました。この取り組みを通じて研修員の能力向上が図られるとともに、農家や園芸農業研究所などの受け入れ機関にとっても、農業を通じて国際協力に参画する貴重な機会となりました。今回、事業を振り返り、日本での経験を通じて生まれた気づきや学び、そしてその背後にあった人と人との関わりを、受け入れ側の視点から振り返ります。(2025年8月取材)。
2024年9月の研修の様子(山形県農業総合研究センター)
山形県庄内町で長年農業に携わっている日下部耕平さん。研修を受け入れた当時は「依頼されたから」という姿勢で研修に協力したと語りました。畑を案内し、収穫の作業を一緒に行い、失敗談も交えながら自身の経験を語る中で、「国が違っても、農家同士だからこそ伝えられることがある。自分の経験が誰かの役に立つかもしれない。」と実感するようになりました。
パプア州の方々の作業に向き合う真剣な姿に触れ、こう続けます。「日本の仕組みをそのまま当てはめるのではなく、パプアの現場―例えば気候や土壌、日々食べられている食材など——に合った形で活かしていただくことが大切だと考えています。私たちの経験が、その一部でも参考になればと思います。今回の研修でうまれた学びが、10年後、20年後に大きな成果につながるきっかけとなることを願っています。」
JAでは、農家の相談に応じる仕組みが整っており、行政ではなく相互扶助を基盤とする協同組合が担うこのあり方は、パプアの研修員にとって新鮮なものでした。
研修では、肥料や種苗などの生産資材をまとめて購入する共同購入の仕組みや同じ地域や同じ作物を扱う農家が集まり、情報共有、作業の助け合いを行う農家グループの運営方法など、日本ならではの協力の仕組みが紹介されました。加えて、研修員はカントリーエレベーターなどの農業施設も訪問し、その規模や機能に強い関心を示していました。米どころ庄内ならではの雄大な田園風景にも触れ、一行からは感嘆の声が上がっていました。
一方で、JAの職員も異なる文化や農業の価値観に触れることで、自らの取り組みの特徴を再認識する機会となり、相互に学び合う場が生まれていました。
カントリーエレベーターからの景色
「実際に作業を共にすることで、より深く伝わります。座学だけでは伝わりにくいことでも、現場で一緒に手を動かすことで、すっと理解していただけます。」
山形県農業総合研究センター園芸農業研究所の佐々木恵美研究主幹(兼)バイオ育種部長は、実地研修の効果を実感したと語っています。
パプアの農業には「天からの恵み」という価値観があり、自然に人間が合わせるという文化があります。一方で、農業の生産性向上の観点からは課題も認識されていました。日本にも古くから似たような価値観がありますが、近代化された農業では条件をコントロールし、スマート農業やハウス栽培などのアプローチも取られています。パプアの研修員にとっては人為的な樹形形成、つまり「果物を収穫しやすいように木を伸ばす」というのは新しい視点として興味を引きました。パプアと山形では育成される果物の種類や気候に違いがありますが、研修では、山形の果物やその育成方法を将来、パプア州の現場に部分的に導入し得る選択肢として提示、その可能性を視野に入れた指導を行いました。
また、山形県農業総合研究センターにおいても、研修を重ねる中で、受け入れ側の姿勢にも変化が生まれたようです。同センターの食品加工開発部長を務める一戸毎子さん、同じくみどりの食料安全部長の森岡幹夫さんによると、初年度は日本語・英語の資料のみを用意しましたが、翌年にはインドネシア語への翻訳を自主的に行い、さらには現地の害虫に関する独自調査も実施し、研修員に助言を行ったとのこと。「山形で学んだことを、パプアでどう生かしたか、将来教えてほしい」とのメッセージも寄せられました。
2023年7月の有機農法の研修(山形県農業総合研究センター)
山形県農業総合研究センターの一戸さん(左)と森岡さん(右)
佐々木さん(右)と園芸農業研究所のみなさま
本事業の実施団体である特定非営利活動法人山形パプア友好協会の粟野信宏理事は、協会の活動の原点には、「楽しさ」があると語ります。同協会は、30年にわたりパプア州との交流を続けてきましたが、その継続を支えてきたのは、パプアの将来の役に立てればという、経済的な見返りを求めない純粋な好奇心と、活動そのものを「楽しむ」気持ちでした。
国際協力というと、技術協力や経済支援など、専門的なイメージが先に立ちます。しかし、30年にわたる山形とパプアの交流で、最も大切にされてきたのは人と人との関わりを楽しむ姿勢でした。「楽しいからやる」という動機があるからこそ、困難な場面でも歩み寄って解決することで関係性が深まり、交流が現在まで育まれてきました。吉田庸一会長は「人と人とのつながりこそが平和をつくります」と笑顔で語り、技術協力の成果に加え、楽しさから生まれるつながりの力を強調していました。本事業は、こうした開発協力は「楽しい」という原点をあらためて確認し、未来へつなげる取り組みの集大成となりました。「人と人とのつながり」から生まれる交流の芽が、やがて大きな花となって咲いてほしいとの願いを込められていました。
山形パプア友好協会の粟野さん(左)と吉田さん(右)
2024年8月の研修の様子(庄内町)
農家やJA、県農業総合研究センター、山形パプア友好協会への取材を通じて、「人と人とのつながり」が国際協力を動かす力なのだと感じました。
現場では、限られた時間の中で工夫を重ね、資料を整え、さまざまな方法を通じて思いを伝え、意思疎通を図ったようすが伝わってきました。
また、当初は受動的だった受入れが、協力を重ねる中で能動的な関与へと変化していく様子からは、プロジェクトを通じて国籍を超えた相互理解が進み、「相手のために行動する」という姿勢が自然に醸成されていったことが伺えます。
こうしたつながりの背景には、冒頭で述べたとおり、戦中・戦後から続く交流の積み重ねがあります。この長い時間のなかで育まれた信頼関係が、現在の信頼関係の基盤となっています。
今回の取材を通じ、人と人が向き合い、互いを思いやるところから協力は始まり、続いていくということを感じました。国際協力の本質が「人と人とのつながり」にあることを改めて認識させるものでした。(了)
結びに——
本年初頭、山形とパプアの国際交流を30年にわたり尽力された山形パプア友好協会会長・吉田庸一様のご逝去の報に接し、心からの哀悼の意を表します。「人と人とのつながりこそが平和をつくる」という信念と、活動そのものを「楽しむ」姿勢は、関わった日本人、パプア州の方々の胸に生き続け、これからの国際協力にも確かな道標を与えてくれることと信じています。
インドネシア・パプア州の稲作の様子
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