ラオスの農業分野への協力について~第29回美弥子所長が聞く~
2026.07.29
ラオスの農業分野の協力は、1965年に初代JICA海外協力隊員である大西規夫氏(稲作)、随林吉衛氏(野菜)、森永繁治氏(野菜)の3名がサラカム農林試験場へ派遣されたことから始まりました。これまでに、タゴンの灌漑や有機農業促進プロジェクト 等を通し、ラオス農業分野の発展に寄与してきました。現在は、農業環境省への農業政策アドバイザーの派遣の他、民間連携として株式会社ツムラが「コーヒー生産団体と連携した薬用作物「柴胡(さいこ)」契約栽培ビジネス化実証事業」を実施、JICA海外協力隊員がシェンクワン県農業環境局に派遣されています。今年6月には、技術協力「マルチステークホルダーとの連携によるフードバリューチェーン振興プロジェクト」(2026~2030)が開始されました。
今回は、60年前からのアセットを踏まえ、現在のラオス農業の課題、今後の展望、そしてラオスでの協力が日本にどのように貢献するのか、といった点を農業分野で活躍中の皆さんにインタビューしました。
【参加者(50音順)】
寒河 りまな氏 (シェンクワン県農業環境局 JICA海外協力隊(職種:野菜栽培))
菊池 耕太郎氏(株式会社三祐コンサルタンツ 「マルチステークホルダーとの連携によるフードバリューチェーン振興プロジェクト(FVC2) 」総括)
中井 洋一郎氏(ラオツムラ 代表取締役社長)
松尾 貴充氏(農業政策アドバイザー)
渡邊 幸治氏 (JICAラオス事務所 職員)
※ファシリテーター
小林 美弥子(JICAラオス事務所 所長)
小林美弥子所長:皆さんのこれまでの経歴と、現在の活動について教えてください。
中井洋一郎氏:漢方薬メーカーである株式会社ツムラの海外子会社ラオツムラの代表として勤務しており、普段はラオス南部のサラワン県を拠点に活動しています。サラワン県では、桂皮(シナモン)、柑橘類、ショウガなどの漢方薬の原料を製造しています。現在、JICA Bizを活用し、「コーヒー生産団体と連携した薬用作物「柴胡」契約栽培ビジネス化実証事業」を実施しています。
中井氏、桂皮(ケイヒ)の圃場にて
松尾貴充氏:2023年7月からJICA農業政策アドバイザーとして、ラオス農業環境省で勤務をしています。日本の農林水産省から出向しており、ラオスへの赴任前は、フィリピンで参加型水管理、カンボジアで流域水資源管理などJICAプロジェクトに関わっていました。現在は、農業環境省で、政府職員の政策立案能力の強化の他、ラオスの農業環境省と日本の農林水産省・JICAをつなぎ、ラオスの農業分野において日本の知見・経験を生かすことができるよう様々な課題に取り組んでいます。
松尾氏(後列右から3番目)、サワンナケート県の水利組合の皆さんと
寒河りまな氏:JICA海外協力隊員(野菜栽培)として2025年1月からラオス北部のシェンクワン県農業環境局で活動しています。1年目は、有機栽培を行っている有機農業組合の技術指導をしてきました。農家の方々はこれまでにNGO等による技術指導を受けており、栽培や生産に関する知識・技術を身に付け、一定の品質で農産物を生産できるようになっています。一方で、それらの農産物を販売する機会が限られており、品質の良さが十分に消費者へ伝わらず、販路拡大が課題であると感じました。そのため、現在はシェンクワン県の農作物のPR用ホームページの作成や、付加価値を高める加工品の開発に取り組んでいます。
技術指導を行う寒河氏
菊池耕太郎氏:株式会社三祐コンサルタンツで、農業関係、特にフードバリューチェーンのような流通・販売に関する専門家としての経験を長く積んできました。最近では、グアテマラやオマーンでもJICAプロジェクト専門家としてフードバリューチェーン強化に取り組んでいます。ラオスで今月開始した技術協力プロジェクトFVC2では、日本で有機栽培農家の組織化を行っている株式会社坂ノ途中とも協力して、ラオスでの市場型農業実現に向けて技術協力を実施していきます。
グアテマラで研修の講師を務める菊池氏
渡邊幸治氏:農林水産省から出向し、JICAラオス事務所で農業・環境・廃棄物分野を担当しています。専攻は農業農村工学で、農林水産省勤務時は圃場整備などに関わってきました。現在、農業関係では、フードバリューチェーンに関する技術協力プロジェクトや植物防疫・農作物品質検査所の整備に関する無償資金協力の案件形成を担当しています。
渡邊氏、JICAラオス事務所着任時のバーシー・スークワンにて
美弥子所長:ラオス農業セクターの展望についてどのようにお考えですか。また、更なる発展に向け、何が必要だとお考えでしょうか。
松尾さん:ラオス政府は、農業環境分野の課題を解決するために、2026年から30年までの第10次農業環境開発5ヵ年計画を作成しています。その中の柱として、ラオス国内の食料安全保障だけでなく国外への輸出を目指す商業的農業の促進が掲げられています。ラオスで生産できる作物は輸入に頼らずラオスで生産し、また、ラオスの農産物を輸出していくことを目指しています。
渡邊さん:商業的農業の今後を考える上で、JICAとして示すことのできる好事例として首都ビエンチャンのタゴン地区があります。50年以上前から技術協力や無償資金協力により区画整理・圃場整備をしてきており、商業的農業としてのハード面は整備されています。一方、農家側の意識として自給自足的な農業の考え方が未だ色濃く残っており、販売を目的として栽培するという意識を持っている農家は限られているのが現状です。このような意識を変えていくことが、商業的農業の実現のために今後必要となります。
JICAでは「作ってから売る」のではなく「売るために作る」SHEPアプローチ(※)
を推進しています。農家自身が市場の志向に合致した野菜等の作物を栽培できるようになれば、付加価値の高い農作物として売ることができるようになり、農家の所得向上にもつながっていきます。
※ SHEP :Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion
無償資金協力タゴン灌漑農業改善計画により、整備された圃場と水路の様子。
菊池さん:FVC2でも商業農業化を目指しています。プロジェクト名に「マルチステークホルダー」が入っている通り、農家・民間・行政など多くの関係者を巻きこんでいく必要があります。どのように協力体制を作るかはまさに「言うは易く行うは難し」です。特に、民間の方は忙しいので、メリットを見せて、実際に協働できることを示していくことが大切だと考えています。
寒河さん:県の農業環境局で活動する中でも、行政・民間企業・農家が連携し、互いに協力することの重要性を感じています。農業環境局は、農家や栽培品目、生産状況などとても多くの情報を把握していますが、民間企業だけではこれらの情報を収集することは容易ではありません。一方で、農業環境局は、民間企業がどのような作物に関心があるのかを把握することは難しい状況です。
先日、シェンクワン県産のパイナップルに関心のある日系企業関係者が視察に訪れた際には、私が農業環境局と企業との橋渡しを行いました。企業側だけでパイナップル農家を探し、生産状況を把握することは難しいため、農業環境局が持つ情報を共有し、農家との調整を行うことで、円滑な視察につなげることができました。
この経験から、行政が持つ情報を活用し、民間企業と農家をつなぐ役割を担うことは非常に重要だと感じました。行政・民間企業・農家がそれぞれの役割を活かしながら協力していくことが、ラオス農業の商業化を進めるうえで重要であると考えています。
パイナップル農家を日系企業の方と訪問する寒河氏(一番右)
中井さん:ラオスの農業が商業的に発展していくためには、農家の組織化が重要だと考えています。現在は個人単位の生産が中心であるため、収量や品質にばらつきが生じやすく、安定した出荷量を確保することも難しいことから、企業との継続的な取引には課題があります。
弊社でもJICAと連携し、コーヒー生産団体と協力しながら農家の組織化に取り組んでいます。こうした取り組みによって、収量や品質の安定化だけでなく、技術や情報の共有が促され、地域として安定した供給体制の構築が進んで、その地域の農業基盤の強化にもつながるのではないかと期待しています。
美弥子所長:ラオスで商業的農業が進んでいる作物の一つとしてコーヒーが挙げられますが、今後の商業的農業を目指すうえで、注目している農作物はありますか。
松尾さん:商業的農業推進にあたっての有力な作物として、カカオに注目しています。カカオの木は北緯20度、南緯20度の範囲内で、なおかつ水が豊富な場所でしか栽培できず、このためカカオを生産することのできる国は限られています。ラオスは、この条件に当てはまっており、先日タゴン地区のカカオ農家を訪問した時にもポテンシャルの高さを感じました。また、ラオスではコーヒーの輸出が盛んですが、カカオはコーヒー不作時等のリスクヘッジにもなると考えています。
タゴン地区の農園で栽培されているカカオ
美弥子所長:カカオの取り組みに関し、JICAはサステイナブル・カカオ・プラットフォーム を立ち上げています。ラオスのカカオ産業の育成のために、このプラットフォームとも連携できると良いですね。
美弥子所長:先ほど中井さんから「農業が商業的に発展していくためには、農家の組織化が重要」との話がありました。ラオスでは、2024年に協同組合法ができ、政令から法律になりました。今後のラオスの農業を考えるうえで、団体化は1つのキーワードになると考えています。
松尾さん:現在、ラオスには46の協同組合があります。ラオス政府は、これを拡大させていくことを考えています。農家個人では高額な農業機材・資材を購入することは難しく、団体化することで小規模農家の機械化、生産の効率化を進めることができます。
この点で、ラオス政府は、日本の農業協同組合(JA)を参考にし、JAにあたる組織をラオスにも導入したいと考えているようです。ここで重要になってくるのが、JAにあたる組織をどこに担ってもらうのかという点です。他国での例をみても、日本の事例を学んだだけではJAのような組織を作ることは難しい。個人的には、ラオ・ファーマーズ・アソシエーションなどがJAのような組織になる可能性があるのではないかと思っており、農業環境省とも意見交換しています。
中井さん:先ほどの話に補足すると、薬用作物について、自社圃場での栽培に加え、契約農家にも栽培をお願いしています。現在は、農家一軒一軒と個別に契約を結び、栽培指導を行っていますが、安定した収量と品質を確保するためには多くの時間と労力が必要です。そこで、JICAと連携し、「コーヒー生産団体と連携した薬用作物「柴胡」契約栽培ビジネス化実証事業」に取り組んでいます。コーヒー生産団体と連携することで、生産の効率化や規模拡大につながる仕組みづくりを進めています。
また、組合との連携や農家の団体化によって、収量や品質が安定するだけでなく、農家同士の技術や情報の共有が進み、お互いに助け合いながら農業に取り組める環境づくりにもつながります。将来的には、こうした取り組みが地域全体に広がり、地域ぐるみで持続的に農業に取り組める基盤ができるとともに、農業を通じた地域の活性化につながればと考えています。
寒河さん:シェンクワン県では、水曜日と土曜日の週2回、有機農業マーケットが開催されており、周辺の郡の農家はトラックに乗り合わせて市場へ向かい、それぞれが自分で栽培した野菜を個別に販売しています。多くの農家は収穫した野菜をすぐに現金化したいという考えが強く、共同出荷や計画的な販売につなげるには課題がありますが、郡ごとに代表者が農産物をまとめて販売する仕組みができれば、販売にかかる時間や労力を軽減することができます。また、農家が団体化し、まとまった数量を安定的に供給できるようになれば、企業との取引もしやすくなり、販路の拡大につながります。
他方で、農業の団体化に向けては、農産物を継続的に買い取り、加工・販売することのできる民間企業がシェンクアン県に育つことも大切だと考えています。農家が安心して農作物を売ることのできる出荷先ができることで、目先のことだけでなく少し先のことも考えることができるようになり、それが団体化へのきっかけになると考えています。今後の活動で、シェンクワン県の民間企業の有機農産物を活用した加工品の開発やパッケージ開発を支援することで、そのような企業育成にも貢献することができればと考えています。
シェンクアン県の有機農業マーケットの様子
菊池さん:世界的な傾向として、経済の発展とともに、消費者は、野菜等を市場ではなく、スーパーマーケット等で購入するようになっていきます。実際、ビエンチャンでもスーパーマーケットで野菜等を購入する人が増えていると聞いています。スーパーマーケットに農産品を卸すためには、年間を通じて安定的に供給できる体制を整えるだけでなく、品質や規格を整える必要があります。例えば、キュウリはまっすぐで15センチなど、顧客のニーズに合わせて選果・出荷する必要があります。このことを、フードバリューチェーンの上流である農家に知ってもらうことが大切だと考えています。寒河さんのおっしゃるとおり、このような体制を整えることは個々の農家だけでできることでなく、農家の団体化が必要となります。FVC2を通して、農家がスーパーマーケット等に安定して出荷できるような仕組みを作っていきます。
JICAが協力し、今でも人気のオーガニックマーケット(首都ビエンチャン)
首都ビエンチャンのスーパーマーケットで売られている野菜
美弥子所長:JAについては、ソーンサイ・シーパンドン首相、リンカム・ドゥアンサワン農業環境大臣からも日本の農業協同組合(JA)について深く知りたいといった要望があります。農業環境省に限らずラオス政府全体で関心が高まっていると感じています。また、多くの関係者を巻きこんでいくという面で、FVC2には、All JapanとしてJETROやラオス日本人商工会などにも関わっていっていただければと思います。
美弥子所長:JICAでは、途上国での経験や成果・ネットワーキングを、日本・そして世界全体へと「環流」させていくことも目指しています。最後に皆さんから、農業分野におけるラオスと日本の関係、日本への「環流」について事例を教えてください。
渡邊さん:2019年から2024年に人材環流事業として実施された「持続可能な農業開発にかかるシェンクワン-香川-JICA連携プログラム」 が好事例ではないでしょうか。香川県のファーマーズ協同組合がラオスから研修生を受入れ、研修生は実習を通して得た知見や知識を母国に持ち帰り、新たなビジネスチャンスにつなげています。日本とラオスを結びつけた双方向的な価値創出のモデルと言えます。
中井さん:現在、弊社の漢方薬の原料の約90%が中国で生産されていますが、薬用作物の栽培は自然環境の影響を受けやすいという課題があります。ラオスでの栽培をすすめることで、原料調達先の複線化によるリスク分散が可能になり、日本における漢方薬原料の安定供給に貢献できると考えています。
松尾さん:日本は、1965年に稲作・野菜分野で初代協力隊をラオスに派遣し、1970年から技術協力を開始するなど、ラオスの農業分野で60年以上も顔の見える協力を続けてきています。ラオスの農業環境省では、2000年代前半に日本の大学で学び、修士号・博士号を取得した職員が、局長や副局長の要職に就任されています。彼らは、親日派かつ知日派であり、私が専門家として活動を行うにあたり、心強い味方となってくれます。長年の協力で培ったラオスから日本への信頼が、日本の財産になっていると感じています。
また、現在、ラオスの植物防疫・農作物品質検査所の改修に向けた協力準備調査が実施されています。世界基準を満たす質の高い検査ができるようになれば、ラオスから国外への農作物輸出がスムーズに行えるようになります。また、外交では相互主義という考え方がありますが、例えば、ラオスから日本へアボカドを輸出したいので日本への輸出解禁要請を行いたいとなると、日本のシャインマスカットなどの果物を日本からラオスへ輸出するための協議を行えるようになるなど、日本の農産物の輸出促進にも資する可能性があります。
1960年代のタゴン地区の様子(元JICA海外協力隊(園芸作物)後藤生光氏提供)
菊池さん:FVC2は、日本企業が持つ需給調整や品質管理などの近代市場向けのノウハウや、官民連携プラットフォーム構築・運営の経験を、海外市場で展開するモデルケースになると考えています。本プロジェクトの成果が、日本企業の海外展開モデルの創出につながればと考えます。
美弥子所長:ラオスへの農業分野での協力を考えたとき、ラオスから日本を含めた海外への農作物輸出を通じた外貨獲得などラオスへの貢献だけはないと思います。 これまでの専門家、協力隊員、日本への留学生、本邦企業など人と人を通じた信頼関係が土台となり、 日本の企業進出や日本の農作物輸出促進、食料の安定供給など日本への「環流」の観点でも貢献しているといえます。ラオス農業分野も引き続き、皆で協力していきたいと思います!
JICAとの関わりは、2000年に農林省(当時)に入った時から始まりました。二国間協力を担当する部署に配属され、以来、JICA農業政策アドバイザーと仕事をしてきました。
入省後、高知大学への留学をとおして、日本の農産物が高い品質と安全性を兼ね備えていることや、栄養面の観点からも非常に優れていることを学びました。また、営農計画や生産調整の指導の他、加工品の商品開発、金融、保険の役割を果たし、さらに農家代表として政府と農業政策の提言ができる農業協同組合(JA)の存在を知り、感銘と驚きを受けました。
ラオスの近年の課題として、気候変動により大雨による洪水や干ばつが増え、圃場などの農業インフラや農地にアクセスする道路に被害が出ており、また、農作物の加工場や貯蔵施設の老朽化、病虫害による被害の増加なども問題となっており、これら多くの課題に対処していく必要があります。
農林省は昨年、環境省と統合され農林環境省となりました。省としては、NSEDP(国家社会経済開発計画)の下に作成された農業環境開発5ヵ年計画に基づき、商業的農業を推進していきたいと考えています。従来の自給自足とのバランスを取りつつ、環境保全をしながら進めていくことが重要です。また、日本での留学を通して得られた知見を活かし、農協の仕組みを取り入れた農業の組織化にも力をいれて、農業の近代化を図っていきたいと思っています。
JICAの協力は、専門家が政府職員と一緒になって課題を分析し、入念な事前調査を通して継続してプロジェクトを実施し、それとともに政府職員の能力向上にも取り組む点が、他ドナーにはない強みであり、大変感謝しています。今後も農業政策アドバイザーをはじめ、JICAの皆さんと一緒に考え、問題解決に向けた取り組みを進めていきたく、引き続き協力をお願いしたいと考えています。
専門家との日本出張時の一コマ(ポンミー副局長は一番左)
日本留学時に出店したときの様子