- トップページ
- 海外での取り組み
- フィリピン
- ミンダナオ和平への取り組み
- ミンダナオ紛争の影響と特徴
1.ミンダナオ紛争の影響
ミンダナオ紛争は、土地問題、政治的対立、武装勢力の活動、氏族間の抗争など、複雑な歴史的背景と多様なアクターが絡み合う中で展開され、BARMMに深刻な影響をもたらしてきました。
■ 紛争初期
1970年代半ばの戦闘激化は、フィリピン独立以降最大の軍事的挑戦となり、6
万〜
8
万人が犠牲となり、100
万人超は家を追われ、20〜30万人のイスラム教徒が国外避難(主にマレーシア等)したと推計されています。[1]
■
2000
年「全面戦争」
2000年「全面戦争(All‑out War)」では、19の州・都市で総人口の約
8
%(約
16
万世帯)が住まいを追われ、財産・インフラ被害は約
5
億ペソ(約
12.5
億円)、稲・トウモロコシの農地
2
万
4
千
ha
が破壊されトウモロコシ
4
万
t
・籾
1
万
t
を喪失したと言われています。また、軍事作戦費は日額
5
千万〜
1
億ペソ、救援・復興費
10
億
6,300
万ペソと推計されています。[2]
■
2017
年「マラウィ事件」
2017年には、イスラム過激派武装勢力がマラウィ市を約
5
か月間占拠し、約
35
万人の避難、
1,100
人超の死者が発生したと報告されています。[3]その6年後の2023年時点でも、約
8
万人がなお避難生活を送っています。[4]
■ 近年の動向
南北マギンダナオ州と特別地理区(SGA:Special Geographic Area)では、部族間抗争(リド)や武力衝突の頻発により、2024年上半期には、16,700
世帯(約
83,640
人)が避難。
81
%以上が帰還した一方、約
18,000
人は今なお元の生活に戻ることができていません。[5]
BARMM
の貧困率は、54.2
%(
2018
年)から
23.5
%(
2023
年)へ大きく改善したものの、全国平均
10.9
%に比べて、依然と高水準です。[6]教育についても、
2024
年時点で
BARMM
の基本識字率は
81.0
%(国内最低水準)と報告されています。[7]
2.ミンダナオ紛争の特徴
ミンダナオで続く紛争は、宗教・民族的な対立を背景に、他国の多くの紛争と共通する構造を持っています。しかし近年では、国家権力(フィリピン政府)と反政府勢力(MNLF・MILF)との間で展開されてきた「垂直的闘争」よりも、氏族(クラン)同士による土地や資源、政治的影響力をめぐる「水平的闘争」が顕著になってきています。
ミンダナオ紛争は、常に激しい交戦が続いているわけではなく、散発的な武力衝突が長期にわたって断続的に発生するという特徴があります。これにより、避難民の発生や地域の不安定化が慢性的に続いています。
下の表は、アジアやヨーロッパ、アフリカで発生した紛争とその背景、国際的関与の有無などをまとめたものです。ミンダナオ紛争がいかに長期にわたり、多様な国際的支援のもとで和平プロセスが進められ、自治権の承認という形で武力紛争の解決が図られてきたことを示しています。
ミンダナオ和平プロセスは、フィリピン政府とモロ武装勢力との間の交渉だけでなく、国際社会の継続的な関与と支援によって支えられてきた多国間の取り組みです。
例えば、イスラム協力機構(
OIC
)は1970年代からフィリピン政府とMNLFとの和平交渉を仲介し、近年では、MNLFとMILFの統合を促進する「バンサモロ調整フォーラム(
BCF
:
Bangsamoro Coordination Forum
)」の設立など、和平の履行と内部調整の支援にも力を入れています。
また、マレーシアは2001年以降、MILFとの和平交渉の公式仲介国として、FABやCABの締結に貢献し、インドネシアは、OICの「南部フィリピン和平委員会(PCSP:Peace Committee for the Southern Philippines)」の議長国として、MNLFとの和平履行に関与するなど、地域の仲介者としての役割を果たしてきました。
そして、2009年には国際コンタクト・グループ(
ICG: International Contact Group
)が設立され、日本を含む4か国の政府と4つの国際NGOで構成される世界初のハイブリット型紛争仲介支援メカニズムとして、和平交渉を支援しました。また、2004年には国際監視団(
IMT: International Monitoring Team in Mindanao
)が設立され、政府とMILF間の停戦合意の履行状況を監視し、人道及び社会経済状況をモニタリングするために活動してきました。JICAからも要員を派遣したIMTは、停戦監視・人道支援・人権・復興及び社会経済支援・民間人保護など多岐にわたる分野で活動し、和平プロセスの現場レベルでの維持と安定化に貢献しました。
こうした多国間・多機関による関与は、ミンダナオの和平構築における大きな特徴であり、国際社会の協調的な取り組みのモデルケースとも言えるでしょう。
このような流れの中で、日本もミンダナオ和平に長く携わってきました。日本の取り組みについては、次のページで詳しく紹介します。
※本ページについては独立行政法人国際協力機構・オリエンタルコンサルタンツグローバル・アイ・シー・ネット「ミンダナオ支援の包括的レビュー」(2021年)を主に参照しております。
その他の参照資料についてはこちら。
[1]Mary P. Judd・Salvatore Schiavo-Campo「The Mindanao Conflict in the Philippines: Roots, Costs, and Potential Peace Dividend」(Social Development Papers: Conflict Prevention and Reconstruction Series No. 24, World Bank, 2005年)
[2]Rizal G. Buendia「Mindanao Conflict in the Philippines: Ethno-Religious War or Economic Conflict」(2006年)
[3]Al Jazeera 「What happened in Marawi?」(2017年10月29日)
[4]Commission on Human Rights of the Philippines「Statement of the Commission on Human Rights urging the national government to expedite release of compensation packages to IDPs in Marawi City」(2024年6月14日)
[5]United Nations Office for the Coordination of Humanitarian Affairs「Philippines: Mindanao Displacement Snapshot as of 20 June 2024」(2024年6月24日)
[6]Philippines Statistics Authority(PSA)(2023年)
[7]Philippines Statistics Authority(PSA)(2024年)
[8]Capuno, Joseph J.「An Analysis of the Incidence and Human Costs of Violent Conflicts in the Autonomous Region of Muslim Mindanao」(Violence Monitoring Working Papers No. 1、The Asia Foundation)(2024年)
[9]東佳史「インドネシア、アチェ独立運動除隊ゲリラ兵士とその再統合:大水流れ来りて我が魂に及べり」(2008年)
[10]富樫耕介「チェチェン紛争のダイナミクスとメカニズム:紛争の分析枠組みの提示と既存研究のレビュー」(2020年)
[11]酒井朋子「紛争という日常―北アイルランドにおける記憶と語りの民族誌―」(2016年)
[12]Conflict Archive on the Internet(CAIN)
[13]JICA「南スーダン共和国 ジェンダー情報整備調査 報告書」(2017)
scroll