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会社の夢の実現に役立ちたい
~JISR修了生が吹き込む新しい風~
JISR修了生Asaad Haddad氏

Asaad Haddad 氏(アサド・ハダッド氏、以下アサド氏)は、JISR2バッチの修了生で、現在大阪の企業で技術者として働いています。JISR研修員は、母国の状況からプログラム修了後も就職して日本に滞在し続けるケースが多く、アサド氏もその一人です。彼は立命館大学理工学研究科機械工学コースの修士課程で応用機械工学を学び、現在は大阪に本社を置く粉粒体の搬送装置メーカー、株式会社大日ハンソーで活躍中です。株式会社大日ハンソーは1959年に設立され(当時大日プラスチック工業所)、穀物など粉粒体を運ぶためのスクリューやバケットコンベヤー部品など搬送装置の老舗メーカーとして長年の実績があります。現在は、穀物に限らず薬品等多様な分野の製品製造過程において、原材料から完成品までの加工工程に発生するさまざまな形状の搬送物をコントロールする、搬送技術を駆使した機械を製作販売されています。今回は大阪本社を訪問し、アサド氏に加え、代表取締役社長 平見剛氏にもお話を伺いました。

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米卸売業を営んでいた頃(昭和12年)の新聞広告(すごろくの中央に大日とある)の前で代表取締役社長 平見剛氏(右)とアサド氏(左)

株式会社大日ハンソー 代表取締役社長・平見剛氏

会社の事業と、社員に求められる能力について教えてください。

会社設立当初から穀物のような小さい粒体を搬送する機械を作っており、私で3代目です。穀物の搬送機械が必要とされる現場には既に我々の商品はほぼ出回っています。ですから、更に事業を大きくするためには、何か新しいことを考えて新しいマーケットに進出をしなければなりません。そこで「製造現場のロスをなくす」を目標に、我々の搬送機械を使用してくださっているお客様の工場などの現場のニーズに寄り添い、それに応える提案をしていきたいと思っています。そのため、現場のユーザーが求めているものは何なのか、現場に関わり、フレキシブルに現状を分析し、自分で課題を発見できるかが鍵となってきます。次々と新しいことに挑戦していく姿勢、新しいことからヒントを得てアイデアを具現化する、そういった能力が社員には必要だと思っています。楽しく仕事ができることも大切ですね。

アサド氏はどのように会社に貢献されていますか?

アサド君は、機械・電子工学の揺るぎない技術を持っていて、機械のデザインから試作品の製作まで行ってくれています。今は、配管の内側の清掃ロボットの開発をしてもらっています。搬送機械の管は粉が付着するため、定期的に全体を分解して人の手で掃除をする必要があるのですが、それが製造現場では大きなコストになっています。清掃ロボットがあれば付着する前に粉を落とすことができますし、ロボットに装着したカメラによって分解が必要な箇所を特定できるため、必要箇所のみの分解・清掃で済み、コストカットにもなります。そういった機械はまだ存在しておらず、今回アサド君に試作品を作ってもらいました。このロボット自体の防塵・防水化、更にはロボットにエラーが出た際のレスキュー方法等、実用化にはまだまだ課題はありますが、順調にやってくれています。彼には、今後は我々の従来の仕事である搬送機械の現場やその設置工事にも関わってもらい、ユーザーからの聞き取りも経験して、そこから彼の視点で新しいニーズを見つけてほしいと思っています。金属加工も学んでほしいですし、将来的には設計事業部長になってもらいたいですね。

外国人材を受け入れ始めたきっかけを教えてください。

私は社長として就任した時から、事業拡大のためウクライナやロシア等の穀物を生産輸出しているロシア・中央アジア方面へ進出しようと考えていました。そのため英語・ロシア語人材を探していたのですが、外国語のできる日本人は高給で雇用できませんでした。その時、逆に少々日本語ができなくても外国語のネイティブを雇用すればいいのではないか、と気づきました。結局その時は日本語・ロシア語・英語が堪能なキルギス人を雇用しました。当初はすぐ辞めないかと心配していましたが、今では、とても優秀で頼りになる社員になりました。その社員が、外国人材のインターンシップの有用性について教えてくれました。異なった言語や文化の人と一定期間一緒に働くことで、日本人社員は新しい見方・考え方に触れることができますし、同時にそれぞれ専門性を持つインターン生から我々がアドバイスを得ることができるというのです。物は試しと外国人材のインターンシップ受け入れを始め、2018年からは経産省・JETROのプログラムを通して中南米、翌年からはカザフスタンから受け入れました。JICA留学生もセネガル、南アフリカ、ベナン、パキスタンなどから複数人来てもらいました。皆それぞれ優秀で、受注用のChat Botや、コンベアの状態を感知して警報を出す装置などを製作してくれました。

アサド氏との最も心に残っている経験は何ですか?

外国人インターンシップの実施が定着してきた頃、大学院卒業後に就職を見据えたJISRプログラムを紹介され、インターンシップに参加したアサド君に出会いました。実はその頃はまだインターン生を雇用することは考えていませんでした。実のところ、彼の技術力はとても高く、正直弊社のような小さい企業にはもったいないと思っていました。彼と面談した時、私は事業構想について語り、それができるかどうか聞きました。その時、彼は自分の技術力でできること、できないこと、難しいので時間がかかるができるかもしれないこと等を丁寧に回答しました。普通、就職したい状況で自分をPRする時は、人は「あれもできます、これもできます」と言って、よいところばかり見せる傾向にあると思います。でも彼はそうではなく、現実的に自分の能力について分析できていて、正直でした。そういう真摯で職人肌的な姿勢が印象的で、彼は信頼できると思いました。また、一緒に食事をしながら自分の事業構想や夢について語った時、アサド君が「社長の夢の実現に、俺を使ってくれ」と言ってくれたのです。「かっこいいな」と思いました。それが一番心に残っています。それで彼には弊社で働いてもらうことにしました。彼は常に勉強熱心で、とても幅広いことができて、よくこんなすごいことを一人でこなしているといつも感心しています。ベルトコンベヤーの裏側を洗浄する機械や、3次元に作動して粒体を搬送する装置など、ニーズはたくさんあるので、こういった機械の開発のため、アサド君の技術力と発想力に期待しています。

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インタビューに答える会社の作業着姿のアサド氏

アサド氏

今の仕事について

現在の仕事は、ロボットアームのような電子制御で動く機械を製作することです。新しいモノづくりが好きで、とても楽しく仕事をしています。元々、JISRプログラムで来日する前に大学で機械工学の勉強をしていて、その時に基本的な技術や知識を身に付けましたし、関連する仕事もしていました。JISRプログラムで学んだ大学院では、義手の研究を行っていました。3Dプリンターなど更に高度な技術を学び、それらを駆使してプロトタイプの製作をしたので、その知識や技術も役立っています。今の会社でやっていることと、自分の専門が完全にマッチしていて、とても満足して仕事ができています。

会社は、1950年代からある老舗の純日本企業で、スタッフ15名が働いています。そのうち外国人スタッフは私を含め6人で、ベトナム、タイ、フィリピン、キルギスと国は様々です。中には日本語を全く話せないスタッフもいます。キルギス人スタッフは日本語が流暢で、私が働き始めた頃、通訳をしてくれました。英語を話す日本人職員はいないですが、簡単な内容であれば日本語で話しています。時々伝わらなくて困ることもありますが、問題ないです。職場ではスタッフ同士よい関係を保っています。

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パイプ掃除ロボットの試作品について話すアサド氏

仕事で一番印象に残っていることは何ですか?

展示会に参加したことですね。自分が設計したパイプ清掃ロボットをビデオで紹介したところ、人々がかなり興味をもってくれました。まだ開発中ですが、小さいサイズのパイプの中を掃除するロボットです。タブレットでコントロールできて、バッテリーで動きます。
その他、ドイツのケルン市で今年3月に開催された国際食品技術専門見本市(Anuga FoodTec)に参加したこともよい経験でした。様々な最先端の食品加工機械が紹介されていて、新しい技術に触れて、良い刺激を受けました。そこから新商品のアイデアも思いつきました。展示会では同僚の通訳も行いました。ドイツの人々のことや文化にも触れてとても新鮮な経験ができました。

将来の夢は何ですか?

まだ具体的なタイミングは決めていませんが、近いうちに日本に帰化申請したいと思っています。今年の8月で来日丸6年になるのでその申請資格が得られます。とは言え、働いてから3年しかたっていないことが判定にどう作用するかわかりませんし、申請前に在留期間の更新も必要です1。日本語のインタビューがあるので勉強もしなければなりません。でも、ひとつずつ頑張りたいと思います。


1 在留資格を得て日本に滞在する外国人は、与えられた在留期間のみ日本に滞在することができ、引き続き日本に滞在する場合は、在留期間の延長を申請する必要があります。

就職活動を行うJISR研修員へアドバイスはありますか。

大企業に就職したいと思う人が多いと思います。大企業のメリットはあると思いますが、大企業で働けば、自分は歯車の一つでしかなく、大きなプロセスの中の小さな一部分しか担当できません。そうすると、自分だけで何かを発明したり工夫を凝らしたりすることはなかなかできないと思います。実際、大企業に入った知人からそのような悩みを聞きました。一方、中小企業では、開発のアイデア段階からデザイン・製作まで自分で行う機会があります。自分に技術と知識があれば、そこで新しいモノを作りあげる喜びや、自らの進歩を実感できて、やりがいのある仕事ができると思います。私も最初は大企業への就職を考えていたことがありますが、今は本当にこの会社に入れてよかったと思っています。

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異なる風を会社に入れることで会社の体制作りによい影響がある、と平見社長

平見社長

高度外国人材を雇用することに躊躇している日本企業の皆さんへ向けて、アドバイスをお願いします。

日本の中小企業は今どこも人材不足に困っています。人材と言うと、日本人を前提に考えてしまいがちですが、それだと人集めに苦労しているような気がします。
なぜ日本人にこだわるのでしょうか。技術・知識・経験を持った人がいれば、その人の国籍や言語に関わらず雇用すればいいはずです。しかし、「お客さんとの打合せで日本語ができないと困る」と大抵は「言葉の問題」が外国人雇用の壁としてあげられます。ですが、本当に技術力で会社に貢献できる人材が、どうしても打合せで言葉の問題があるのであれば、その時はスポットで通訳を雇えばいいと私は思うのです。それに、いずれ日本語は身についていきます。国籍や言語に関わらず、技術力のある人材は会社にとって貴重なのです。日本人にこだわらず、採用の幅を広げてみてはいかがでしょうか。

また、次によく言われるのは「外国人は仕事をすぐ辞めてしまうことが多い」ということです。しかし私は問いかけたいです。なぜそうなるのか。日本人スタッフが出した説明や指示がよくなかったのではないですか、何を目指して何をやるのか、本当に具体的に伝えられていましたか、と。これは私自身も実際外国人材を雇用してみて学んだことです。例えば「富士山に登ろう」という指示があった時、「5合目まで登ればいい」、「頂上まで登るのだ」と、人によって「登る」到達点のイメージが異なります。このような違いから誤解が生まれ、業務に支障が出て、結果として評価が下がり、続けるのが嫌になる。ですから、最初から誤解がないように、具体的な目的を明確に共有することが大切です。到達点が明確に把握されていれば、道は違っても到達します。それを見守る、そういう意識が大切だと思います。

たまに耳にする外国人採用に関する「良くない事例」を鵜呑みにして心を閉ざしてしまうのは、大変もったいないです。広い視野で物事を考えることは、新たな発見に繋がります。外国人材を雇用し、これまでと異なった風、異なった視点を入れることで、自分たちを見直すきっかけとなり、社内の体制作りへの気づきが得られます。先ほどの「丁寧な指示と説明」の事例一つにとっても、丁寧な説明、分かりやすい指示出しは、外国人職員のためだけでなく、実は日本人職員にとっても有益です。あ・うんの呼吸で分かっていると思っていたことが実は伝わっていなかったりすることは日本人同士でも起こりえます。これは今の若い人たちのニーズにも通ずるところがあります。丁寧な説明が、全体として職場の効率アップにつながる重要な改善点であることに、外国人社員が入ったことで、私は気づくことができました。

更に言えば、外国の方は明るく楽しい方々が多いですね。お蔭で職場の雰囲気が良くなっています。ともすれば単調な作業をこなすだけの現場ですが、仕事で成果が出たときに皆でバーベキューをする提案などをして、ムードメーカーとして職場の雰囲気づくりに貢献してくれています。それにみな我慢強く仕事に取り組んでくれています。ひょっとして今の日本人の若者たちよりも我慢強いのではないか、と思うくらいです。とは言え、いきなり雇用というのはハードルが高いでしょうから、まずはインターンシップを1~2週間受け入れてみることから始めてはいかがでしょうか。異なる風を社内へ取り入れてみるだけでも、まずはやってみてください。そうすれば意外と外国人材の雇用へのハードルも低く感じることができるかと思います。

編集後記

「これから3階の会議室、使ってもいいですよね?・・・はい、分かりました、ありがとうございます!」インタビューの日、事務所前でアサドさんを待っていた時、颯爽と現れたアサドさんが、事務所の方とさりげなく交わされた会話の一部です。日常会話程度と事前に聞いていたのですが、明らかにそれ以上の流暢さで日本語でのコミュニケーションをされていて、自然体でしっかりと職場に馴染んでおられる様子が見受けられました。アサドさんの確かな技術力と真摯な姿勢に惚れた社長。そしてその社長の下で自分の技術を十分に活かし、モノづくりの醍醐味と働き甲斐を感じているアサドさん。そして何よりお二人がお互いを信頼し合っていること。これは素晴らしいベスト・マッチングだと実感しました。技術があれば国籍は関係ない。他の企業でも、同じような最高の出会いがあるといいなと思います。今回インタビューに快く応じてくださった平見社長とアサドさんに御礼申し上げると共に、益々のご活躍をお祈りします。