悔いなく生きる(前編)

【写真】森本 美鶴 (徳島県)平成22年度3次隊/ヨルダン/美術教育 平成28年度2次隊/フィジー/小学校教育
森本 美鶴 (徳島県)

JICAとの出合い

写真1
タンザニアの小学校で折り紙紹介

徳島で生まれ成長し、徳島県内の小学校教師として平凡な日々を過ごしていた私に海外への扉が開いたのは家族同伴でのバハレーン日本人学校への赴任がきっかけでした。帰国後復帰した学校現場では、専門の図工科教育以外に海外での経験を買われ新たに国際理解教育担当にもなり、JICA帰国隊員を招いての出前講座をたびたび活用させてもらったことからJICA海外協力隊事業を知り、平成15年にアフリカのタンザニアでの教師海外研修参加の機会を頂きました。(写真1)豊かな自然や文化に恵まれたタンザニアですが、義務教育の場では情操教育が教科として教えられていない現実に大きな衝撃を受けたこと、アフリカの大地にしっかり足を付けローカルの人々と共に生き生きと活動している様々な職種の協力隊員に出会い感銘を受けたことから、いつか私も図工科の楽しさを通して途上国の子どもたちの輝く笑顔を見たい、美術教育の必要性を発展途上国で伝えたい・・・これが私の退職後の大きな目標となりました。
 今回は私の大好きな人生訓「Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow—過去から学び、明日に希望を持って、今日を精一杯生きるー」に自分のシニアボランティア(以下SV)としての日々を重ね、振り返ってみたいと思います。

Learn from yesterday

写真2
パラオ5年生授業写真-完成作品を手に

写真3
コンケン市内の小学校での授業風景-4年生 友達の顔を描こう-

写真4
カウンターパートとの美術の授業風景-写真提供JICA-

写真5
5年生共同作品「アザミと丘の上の風景」
(大きい画像はページ下部の関連ファイルからご覧ください)

写真6
見学者でにぎわう合同展覧会

小学校教員を早期退職しJICAシニア海外ボランティア(SV)に臨む前に、国際協力の現状を理解することや、途上国の教育現場での実践法と英語を事前に学んでおく必要を感じ、地元の鳴門教育大学大学院の国際教育協力コースに入学しました。クラスメートは理数科指導のスキル向上を目指し来日したタイ・ラオスからのJICA長期研修生たちでした。彼らと2年間共に学び交流する中で、それぞれの国の教育の現状や彼らの考え方・生き方を知ることができました。
 大学院のカリキュラムの一つである現地演習では、大洋州パラオ共和国の小学校で全学年の図工科の授業を行い、子どもたちの作品を校内展覧会で展示し学校・児童・保護者・地域住民など大勢の人達に見学してもらうことができました。(写真2)
 また、大学の交換留学制度でタイの東北地方にあるコンケン大学に留学する機会を得て、大学のプロジェクト校の小学校で行った図工科授業やコンケン市内の教員対象に図工科指導法についての講演の経験は、途上国で美術教育の推進を求められるSV受験に際しての大きなエネルギーとなりました。(写真3)
 途上国では図工科をはじめ情操教育は教科として教えられていない国が多く主要教科対象の全国学力テストの成績が第一であり、教育省も学校管理職・教員ともに美術教育への関心が低い現実があります。しかし、パラオやタイでも図工科の造形活動に取り組む時の子どもたちの生き生きと輝く瞳や、完成した作品を手にした時の喜びに満ちた表情は今も忘れられません。どんな国の子どもたちも図工科は大好きでとても楽しそうに熱中して取り組みます。知識だけでなく心や手・体のバランスの取れた豊かな人間形成を目指す教育の必要性は先進国・途上国に関わらず世界共通であり、劣悪な教育環境にある子どもたちにこそ、図工科を通して自己表現することの大切さや造形の楽しさを伝えたいという気持ちがますます高まりました。
 平成23年に初めてSVとして念願だった美術教育の職種で中東ヨルダンに派遣されました。ヨルダンは数度に渡るイスラエルとの中東戦争で戦火を逃れたパレスチナ難民が人口の5割以上を占める、世界でも類を見ない難民ホスト国であり、ヨルダン国内には13カ所のパレスチナ難民キャンプが点在しています。
 私はUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)下のヨルダン最大のパレスチナ難民キャンプ地にあるバカア第5女子校で、同僚と共に2年間美術を教えました。(写真4)難民キャンプのPreparatory school(初等学校)は1年生から10年生までほとんどの学校が1000人を超す生徒数を抱え、一つの校舎を2校が半日ずつ共有する二部制です。時間・場所・用具・材料の不足、学校・教員・生徒自身の美術への興味・関心の低さという劣悪な教育環境のうえに、ヨルダンでは4年生から美術の授業が始まるため、子ども達の発想・技能・鑑賞力は大変低く、授業に必要な材料・用具を準備してこない、作品を最後まで完成できず安易な方法でとにかく早く仕上げることが一番という考えが根付いています。授業中は着席する・貸した用具は返す・順番を待つ、そんな授業時の基本的な学習マナーや安全なハサミの使い方、糊の付け方などの基礎的な技法の指導からスタートし、くらしの中で手に入る身近な材料で楽しく取り組める教材の工夫に力を入れました。簡単・安全・容易・全員が短時間で完成できる・作る楽しさが味わえる教材作りは楽しくもありましたが、規律や協調性に欠ける生徒たちを相手につたないアラビア語での授業の日々は今思えば大変だったことを思い出します。しかし、授業中の子どもたちの楽しそうに取り組む姿や作品完成時の喜びに満ちた目の輝きが時には現実に打ちひしがれる私の背中を押してくれました。初めて全員の作品を結集して共同作品を完成した時に、子どもたちはうれしさのあまり、なかなか自分の教室に帰らずいつまでも眺めていました。(写真5)その姿は今でも目に浮かんできます。
 途上国の美術教育推進にはボランティア1人の力では限界があります。そこで、他の美術隊員と協働し合った学校・地域・教育省・UNRWAへの美術教育の大切さの発信を痛感し、子どもたちの作品を展示した校内展覧会だけでなくキャンプ地の病院での他の美術隊員との合同美術展覧会を開催しました。(写真6)よりよい美術授業を目指して6名の全美術隊員が順番に活動校での授業研究会も開き、それぞれが開発した教材での授業公開と授業研究会も開催しました。また、難民キャンプの学校の美術教員対象に全美術隊員による定期的なワークショップを開催し、日本の美術教育の現状や児童の作品紹介や多様な表現領域の実技研修も行いました。全員が日々の実践を通して各自が開発した64教材からなるアイデア教材集「Art Of All」は大変な手間と作業が必要でしたが、アラビア語・英語の2ヶ国語で無事発行できたことは私たち美術隊員の絆をより強くすると共にヨルダンでの一人一人の活動の大きな自信につながりました。
 ヨルダンでの活動は、自分の目で難民キャンプの子どもたちの現状を知り、劣悪な教育環境で、どの子どもたちも楽しく取り組む図工科指導法を試行錯誤した貴重な2年間であり、子どもたちの生身の反応が即返ってくる刺激ある授業実践の場でした。しかし、出会うことのできる子どもたちの数と活動期間には限りがあります。2年間の活動を通し、途上国で美術を教えるということはどんな困難を伴うのか、どのような教材開発が効果的なのか、どう同職種の隊員と協力し合うと効果ある結果につながるのか・・・など学んだことは数え切れません。このヨルダンの難民キャンプでの経験は次のフィジーでの活動に大いに役立ちました。2年間、自分なりにベストが尽くせたという満足感と共に、途上国での美術教育のすそ野を広げるには、継続的な美術隊員の派遣を通して美術教育の大切さを知り意欲的に授業実践できる教員の育成が重要なのではないかという思いを胸にヨルダンから平成25年に帰国しました。