「移民労働者からの送金に頼る家計の調査研究を通じて見たタジキスタン」村田 旭さん

2019年4月15日

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左から、村田さん、JICA研究所の村上研究員、JICAタジキスタン事務所田邉所長。(2019年2月20日ドゥシャンベ市内での発表会にて)

JICA研究所は、国外へ出稼ぎに出ている移民労働者からの仕送りに経済的に依存している発展途上国や移行経済国の政策立案に役立ててもらうことを目的とした研究を行っています。その事例として、フィリピンとタジキスタンを対象とする家計調査を行い、仕送りが社会経済へ与える影響についての調査活動を実施しました。2019年2月20日、ドゥシャンベ市内でJICA研究所からの研究員2名の出席のもと、調査結果の中間発表が行われ、関係識者と意見交換がなされました。今回、調査に参加したJICA研究所の村田旭招聘研究員へのインタビューを通じて、調査に至った経緯や調査から明らかになったこと、そして今後の課題についてお話を伺いました。

全ては、タジキスタン支所長の熱意から始まった

-本日はお忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。まずはJICA研究所がタジキスタンで海外からの送金に関する調査を行うことになった経緯について教えてください。

旧ソ連崩壊後に発生した内戦の影響などの要因により、タジキスタンでは以前から雇用が不足していました。そのために労働者が職を求めて外国で移民労働者として働き、そこで得た収入をタジキスタンへ送金をしているということが、以前から実情として知られていました(注)。それに対し、2014年にJICAタジキスタン支所の末田和也支所長(当時)から「タジキスタンの国内経済を良くするための支援を、データ分析に基づいて行いたい。」との想いが当研究所に寄せられ、正にその想いこそが、私たちがこの調査研究を始めるきっかけとなりました。

具体的には、当時のJICAタジキスタン支所からの次の3つの問題意識に基づいて本調査研究を立ち上げました。第一に、タジキスタンは、当時GDPの約半分(2012年には52%)を海外送金に依存しており、その大半がロシアへの出稼ぎ労働者(その約9割が男性)からの仕送りであり、外部要因(例えば、ウクライナ情勢を受けての欧米諸国からのロシアへの経済制裁など)の影響を受けやすい脆弱な経済構造であり、ロシア経済悪化や為替相場の変動による送金受取額減少の家計への影響が懸念されています。第二に、タジキスタン経済が出稼ぎ労働や海外送金に過度に依存した経済構造であるため、特に農村部での労働力不足、都市部の産業振興の阻害、出稼ぎ先での社会摩擦・劣悪な労働環境、出稼ぎ労働者の健康状態悪化などが懸念されています。そして第三に、このような出稼ぎ労働に依存する経済構造の影響を改善するために、農村家計の生計向上ならびに国内での雇用創出を含めた持続的で包摂的な開発に貢献するための政策提言が求められています。タジキスタンの経済構造は、現在も出稼ぎ労働と彼らからの送金の受取に依存しており、これらの問題意識は今でも非常に重要です。

国外へ出稼ぎに出た移民労働者からの送金に依存する経済構造の課題を見つけ、その課題を解決するための支援方法を検討するためには、出稼ぎに送り出している世帯の家計の実態を詳細に調査して明らかにする必要がありました。しかし、当時のJICA研究所では移民労働者からの仕送り送金に頼る社会経済に関する研究調査の実績がなく、研究所関係者の中で移民に関する研究実績があったのは私だけでした。

(注)同国では、旧ソビエト連邦から独立した1991年以降、より良い就労機会を求めて海外での出稼ぎ労働者が増加し、近年、海外に出稼ぎに出ている家族がいる家庭の割合は40%にのぼり、そのうちの90%はロシアで働いている。タジキスタン経済は出稼ぎ労働者からの海外送金に大きく依存し、2006年以降、GDPの30~50%を海外送金が占めている。(詳細は文末リンク参照)

-JICA研究所にとっても前例のない研究調査だったのですね。調査を一から始めるにあたってどのような困難がありましたか?

調査のための下準備が大変でしたね。私はフィリピンを対象に出稼ぎ移民労働者による送金に関する研究をしていたことから、フィリピンについては人的ネットワークも知識もありました。しかし、タジキスタンの状況に関しては、知見がありませんでした。そこで、タジキスタンについての知識を得るために、各機関の発行する報告書等を読むだけでなく、有識者に話を聞いたり、世界銀行の専門家らとの共同会議を開催したり、スカイプ経由で関係者と話し、何度も意見交換をしたりすることを通じて、どのような調査研究とすべきかを深く考えました。

-村田さんたちは、どのような調査をしたいと考えていたのですか?

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同発表会にて熱心に聞き入る関係者ら。(2019年2月20日ドゥシャンベ市内)

途上国の家計のお金のやり繰りは非常に複雑であることを考慮して、頻度の高い詳細な家計調査をある地域限定で実施したいと当初は考えていました。また、他の研究機関や援助機関のライバルではなく、相互補完関係になりたいと思っていました。例えば、データは独り占めにされるものではなく、むしろ公共財であると私は思っています。つまり、我々だけで何かをするよりも、データの公開や成果と知見の共有を通じて、他機関や知見のある現地研究者と共同研究をしたいと思っていました。

調査準備の過程で、世界銀行が携帯電話を活用した頻度の高い家計調査(Listening to Tajikistan Survey, 通称L2TJK調査)を実施することを知りました。そこで、我々の研究チームでは、世界銀行と同じアプローチではなく、我々の研究プロジェクトでしかできなく、かつタジキスタン政府の関心が高い調査は何だろうかということについて何度も話し合いを行いました。現地政府関係者の関心を踏まえて、最終的に我々の研究チームが、2013年に世界銀行とドイツ開発公社(GIZ)が実施した全国規模の家計調査の追跡調査(パネル調査)を実施することに決定しました。準備に膨大な時間を費やしましたが、今でもこの決定は正しかったと思います。ただ、追跡調査と言っても、まったく同じ質問項目というわけではなく、新しい開発課題に対する提言のため、新たな調査項目として、「帰還移民労働者の現状」、「出稼ぎにかかる諸費用」、「起業家精神の有無」、「就労場所に対する選好」など包括的に「家計の移民と送金」の実態を捉えられるように工夫しました。さらに、世界銀行とは相互補完的な関係として、L2TJK調査に関し、現在、JICA研究所が関心のある質問項目を追加することで調査への協力関係を築いています。

国外へ出て移民労働者として働いても生活が改善しない厳しい現実

-今回のJICA研究所による研究調査により、出稼ぎ世帯の家計状況について、2013年と2018年とで送金を行っている家庭の家計がどのように変化したかが見られるようになったのですね。既にどのようなことが明らかになりつつありますか?

今回の調査で「労働者が出稼ぎ移民となる前」、「国外で出稼ぎ移民労働者として働いているとき」、「出稼ぎ先の国外から帰国してきた後」という、出稼ぎ移民労働者の「マイグレーション・サイクル」の各段階における実態が分かってきました。また、今回の調査では、労働者が国外への出稼ぎ移民となる際にかかる費用や、実際に送金する際にかかる費用についても調べました。さらに、今回の調査では出稼ぎから帰ってきた人々の世帯の家計の実態に注目した点が最も重要なポイントです。驚くべきことに、よりよい賃金を求めて出稼ぎをしてタジキスタンに戻ってきても、実際には彼らの生活が良くなっていない場合もあることが明らかになりました。

-職を求めて外国に出稼ぎに出て収入を得ても、実際には世帯の家計状況に変化が見られない場合があるのですね。このような実態を改善するためには、何をどうすればいいのでしょうか?

まず、出稼ぎ移民労働者として外国へ行く際にかかる費用と、送金をするための費用が高いことが問題点として挙げられます。出稼ぎの際のビザ取得に必要な書類作成などを代行するブローカーへ払う手数料が高いことに加え、外国ではたくさん稼げると言われて外国へ行って働いても、実際には滞在や生活そのものにお金がかかり、手元には結局何も残らないということがあります。

実際に仕送りをする出稼ぎ移民労働者と、仕送り金の受取手であるタジキスタン国内に残った家族の方々への経済の仕組みやお金に対する考え方の教育も重要です。移民労働者として出稼ぎすることを考えている人には、本当に外国へ行く以外に選択肢が無いのかどうかを再考させ、また送金する際には、手軽であっても手数料が高い送金サービスではなく、それ以外の方法を検討するなど、なるべく支出を減らす方法を考えさせるべきです。人間はお金があると使ってしまいがちですので、送金をタジキスタンに残された家族が受け取ると、家族はそのほとんどを食費に費やしてしまうのです。最初のうちは、貧困から抜け出すために仕送り金を食費などに使ったとしても、その後は仕送りのお金を教育などの何らかの「投資」に使うようになればよいと思います。

そして人々は出稼ぎに出る前に何らかの技術やスキルを身に付けて、より良い条件の仕事を探せるようになるべきです。現在、特に中等教育を終えただけの若い人たちは、さらに上の教育を受けたり、高い技術を身に着けたりしなくても外国へ行けば仕事につけると考えて、出稼ぎに行く傾向があります。賃金や待遇面で条件のより良い仕事に就けるようになるために、技術やスキルを持った人材を育てるための教育が大切です。

以上のことから、経済的に貧しい人々にこそ、お金に対する考え方や社会経済の仕組みなどに関する知識を持ってもらうことが大切だといわれています。

国外移民労働者として働く自国民のために政府は何ができるのか?

-よりよい仕事に就くためにも、人々への教育の持つ意味は大きいのですね。人々が貧困から抜け出すために、政府はどうするべきでしょうか。

政府は国民を守るために、出稼ぎ先の各国の政府との交渉力を持つことが望ましいです。例えば、フィリピン政府は、フィリピン人が出稼ぎ先の外国(例えば、サウジアラビア)にて最低賃金以下で働いているケースを見つけると、相手国政府に「我が国の出稼ぎ労働者に最低賃金以上の給与が支払われない場合には、我が国は自国民をあなたの国にはもう労働者として送らない」と交渉します。移民労働者を受け入れる国にとっても外国人は大切な労働力ですから、待遇を適切に改善する必要が出てくるわけです。

また、仕送り送金だけに依存している経済の仕組みはいつまでも持続可能とはいえず、とても脆弱です。自国内に魅力的な雇用を作り出さないと、国全体の経済力は低下していくでしょう。理想としては、出稼ぎ移民労働者として外国で働いていた人々が、タジキスタンに戻って来た後に国内で就業できることです。最終的には、起業家を養成・支援するなどして雇用を創出し、タジキスタン国内の労働市場が適切に機能するようになることが重要です。出稼ぎ先で嫌な思いをした人々からは「できれば自国内で働きたい」という声もあります。将来的には、出稼ぎ先の外国から戻って来た労働者に対する政策が必要となってくるでしょう。

-村田さんから見て、今後タジキスタンの移民労働者による送金はどのように変化していくと思われますか?

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村田さん(2019年2月ドゥシャンベ市内にて)

大まかな流れとしては、他国の出稼ぎ労働者からの仕送り送金の状況と同じようになってくるのではないかと思っています。フィリピンは、海外への出稼ぎ労働者に関する政策については一歩先んじています。その後を追う形で、ネパール、バングラデシュが政策を真似るようになってきていると考えています。現在、タジキスタンでは国外へ出稼ぎに行く人の90パーセント以上が男性ですが、例えば、フィリピンやバングラデシュなどでは、国内に流入する海外送金額の増加とともに、国外への出稼ぎ移民労働者における女性の占める割合が徐々に増加する傾向が見られます。この傾向を反映して、各種金融機関では女性のニーズを取り入れた送金サービスの導入に向けた企業努力がなされており、仕送り金を子供の教育費の支払いに直接充てられるようなサービスも生まれています。このように、女性が移民労働者として働いて世帯収入に貢献し家庭内でのお金の使い方に関する発言権を増加させることができるようになった結果、フィリピンやバングラデシュでは移民労働者としての女性のエンパワーメントが見られるようになっています。現在、タジキスタンでは国外へ出稼ぎに行く人の90%以上が男性ですが、もしもタジキスタンにおいて、近い将来にもっと多くの女性が移民労働者として国外へ出て働くように家計の意思決定が変化してくるならば、他国の事例と同様に、最終的には女性のエンパワーメントにつながるのではないかと思います。

本当に幸せな生活の実現を願って、政策提言につなげたい

-最後に、今後の出稼ぎ移民労働者からの仕送り送金に関する研究調査の展望について教えてください。

今後は、出稼ぎ先の外国から帰ってきた人々が、どのように就労の意思決定をするかに焦点を当てようと考えています。タジキスタンでは、出稼ぎ先から戻ってきても、国内の賃金が低いことから、再度外国へ出稼ぎに行ってしまう場合が多くあります。しかし、出稼ぎから帰ってきた人々がタジキスタン国内で働きたいと思えるより良い雇用機会があれば、彼ら自身の家族と一緒或いは少なくとも同じ国内に住むことができます。就労の意思決定に重要な要因は賃金ですが、当然それだけが決定要因ではありません。賃金が低かったとしても、例えば残業が少ないとか福利厚生が充実しているなど、賃金以外の面でよりよい雇用条件を提供することができれば、国内での就労促進につなげることが可能だと考えています。将来的には、今回のような全国規模の調査を継続的に行い、長期的な政策提言に結び付けられる研究成果を出したいです。

終わりに

村田さんはタジキスタンへの短期間の出張業務中にもかかわらず、快く取材に応じてくださいました。このインタビューを通じて、タジキスタンからの出稼ぎ移民労働者からの仕送り送金と生計に関する調査研究により分かってきた仕送り送金の実態や今後の研究の展望について少しでもお伝えすることができれば幸いです。

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プロフィール

村田 旭さん
世界銀行等の国際機関でのコンサルタントを経て、2012年から2017年に掛けてJICA研究所にて研究員として勤務。現在、JICA研究所招聘研究員として研究に従事しつつ、専任講師として千葉経済大学で教鞭を取る。専門は、開発経済学。

聞き手
稲川 翠
早稲田大学大学院 商学研究科 開発経済学専攻
2018年度第1回JICAインターン
活動期間2019年2月~2019年3月