「母子保健改善プロジェクトを通じて見たタジキスタン」秋山 佳子さん

2019年7月3日

JICAは、様々なプロジェクトを専門家やコンサルタントを通じて行っています。今回インタビューをさせて頂いた株式会社コーエイリサーチ&コンサルティングの秋山さんは保健のコンサルタントで、前回の2012年~2016年行われた「ハトロン州母子保健システム改善プロジェクト」から携われており、2017年から行われている現在進行中の「ハトロン州母子保健システム改善プロジェクト フェーズ2」の総括をされています。途上国の保健の向上に長年携わってきた、秋山佳子さんに国際協力に携わるきっかけなど秋山さんご自身のキャリアについて、そして今回のJICAのプロジェクトについて、更にはタジキスタンという国についてお話を伺いました。

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国際協力へのきっかけ

-本日はよろしくお願いします。まず初めに秋山さんご自身が国際協力に携わるようになったきっかけは何でしょうか。

大学卒業後、日本で薬剤師として働いていたあと、1992年に青年海外協力隊で薬剤師としてアフリカ南東部のマラウイで2年間働きました。

-それがきっかけで国際協力の道に?

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秋山さん【ドゥシャンベ市内の事務所にて】

そうですね。当時は若かったので、日本の薬局で薬剤師として働いていても、基本的に薬を出すだけでしたので、資格を活かして他の国で働いてみたら楽しいかなと思いました。

-実際に日本で薬剤師として働くのと、マラウイで薬剤師として働くのはどういった違いがあるのですか?

全く違いますね。マラウイにはまず薬がなかった(笑)。

-そこからですね(笑)。

はい、そこからです(笑)。なので、日本だと薬を患者さんにお渡しするというのが大きな役割ですが、マラウイではまず薬をいろいろなところから確保するというところから始まりました。

-日本で薬剤師として働くのと、マラウイで働くのはどちらのほうが楽しかったですか?

どうでしょうね。マラウイですかね。というのも、日本だと何でも物があるのが当たり前ですが、マラウイだと抗生物質など本当に必要な薬もないのです。目の前で困っている人がいるのにない。仕事としては、何にもできなかったのですが、なぜこんなことが起きるんだろうと考えるきっかけになりました。

-マラウイに行かれた後は1回日本に戻って、それからずっと今のお仕事をされているのですか?

はい、日本に戻りました。そして、協力隊の時にもっと勉強をしないといけないと思ったので、大学院で国際保健を勉強し、途上国の保健関係の課題を考えました。そこで、どうしてマラウイに薬がないのか、それは薬の供給のシステムに問題があり、そのシステムがうまくできていない、といったことを学びました。

今回のプロジェクトに関して

-今回のハトロン州母子保健システム改善プロジェクトの事業に関して、どのような事業であるか秋山さんご自身からお伺いしてもよろしいですか。

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左 秋山さん 右 インターン大川【ドゥシャンベ市内の事務所にて】

タジキスタンのハトロン州の中で6つの郡(注)を対象としていて、主に郡病院の能力強化をしています。((注)詳しくは関連リンク参照。)方法としては、一つ目は必要な医療機材を供給しています。二つ目は、研修の機会を提供しています。というのも、タジキスタン国内では、医療スタッフは一回職に就くと、なかなか研修の機会がなく、あったとしても十分な水準ではないんです。結局、自分の経験に頼るか、見て覚えるしかないので、プロジェクトとして研修の機会を与えています。

また、プロジェクトはハトロン州保健局と協力しながらやっていて、将来的にはプロジェクトが終わっても州が引き続き、定期的に病院をモニタリングできる体制を目指しています。

現状の大きな問題として、ハトロン州では、まだまだ自宅分娩をしていたり、妊婦が検診を受けていなかったり、村の診療所の医療水準が低くほとんど何もできていなかったりします。妊婦検診に来ていても、問題があるかどうか見わけができず、妊婦が実際に危険な状態になってから、病院に運ばれ、結局亡くなってしまうということが発生しているので、郡病院を通して、村の診療所の医療水準を向上させる狙いもあります。

-郡レベルの病院を中心にプロジェクトを進めていると先ほどおっしゃいましたが、秋山さんからみて、国や州レベルの病院の医療水準は大丈夫なのですか?

人材も医療機材もそろっていないので大丈夫ではないです(笑)。ですが、郡の病院や村の診療所が機能していないので、国・州レベルの病院に患者が集まるのでとても忙しいんですよね。患者さんは郡や村の診療所を信頼していないんです。患者さんがたくさん来て数はこなしているので、州レベルの病院の能力は郡病院よりはあるのですが、日本人からみるとやはりちょっと「う~ん」て感じではあります。

-秋山さんは前回のプロジェクトであるフェーズ1(注)と今回のプロジェクトであるフェーズ2といった風に長期にわたって携われているとお伺いしましたが、前回と今回で何か変化を感じることはありましたか?((注)参考リンク参照。)

わたしはタジキスタンに関わって長く、自分の思い入れもあると思うので、見方がどうしても厳しくなってしまいますが(笑)、前回のプロジェクトから相変わらず変わらないなと思う面もあります。ただ、きちんと機材と研修の機会を与え、自分に自信がついてくると、タジキスタン人はどんどん自分たちでやっていくので、その変化を見るのはうれしいです。

秋山さんの目から見たタジキスタンとは?

-前回のプロジェクトで地域住民や妊婦へ啓発活動が行われていましたが、今現在タジキスタンの地域住民や妊婦の知識はどのくらいですか?

昔からの慣習や伝統を引き継いだ知恵はあります。義母から教えられたことに関して、嫁は守ってやっている。問題なのは我々が問題と思っていることを啓発したいと思っても、新しい知識が浸透するのに時間がかかるんです。

-それは妊婦自体がその問題を問題と感じず、知識を欲していないからですか?

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病院を視察する秋山さん(中央)【ハトロン州の病院にて】

そうかもしれないですね。例えば、妊婦さんが、足がむくんでいるといっても、義母にそんなものよと言われたりしたら、そこで問題ではないと思ってしまう。軽い症状を見逃して、ひどくなってから病院に運ばれたりします。

-それがそもそも現在の妊婦や母子の死亡率の高さに繋がっているかもしれないですね。

そうですね。やはりタジキスタンでは慣習的に義理の母の力が強いので、聞いた話によると、例えばお嫁さんが知識を得たいと思っても、嫁いだ先のお義母さんが保守的な人だと許してもらえないとか。

タジキスタンでは、妊婦検診は7回行くことが決まりですが、妊婦検診に行くのも義母の許可が必要だったりするので、義母が「行かなくてもいいわよ。」とか言ったりすると、妊婦が行きたくてもいけない場合があるんです。

-どれだけこちらが啓発活動をしようとしても義母がダメと言ったら、浸透しないんですね。

そうなんです。前回のフェーズ1のプロジェクトのときに義母を対象とした啓発活動をやったのですが、保守的な人はそれにすら来ないんです。

-今さら自分が今まで人生でやってきたことを変えようとしないですもんね。そこはタジキスタンの課題となってますね。

はい、全体的な課題です。首都ドゥシャンベなどの都市部ではかなり薄れてきて、お嫁さんももう少し自己主張できると思うのですが。我々が対象としている群は保守的なところですし、特に山岳部では、病院にいくまで山三つ超えたり、冬は雪で道路が閉鎖されたりなど、病院に行くことが困難なこともあります。田舎で急な変化を求めるのはやはり、無理があるので、地道にこういったプロジェクトを行い続ければ、そのうち変わっていくかなと思います。

旧ソ連体質がいまだ根強く残る国

-初めてタジキスタンに来た時、どのような印象をもたれましたか?

旧ソ連の影響がまだすごく残っているなと思いました。というのは、アフリカとかと少し違うのは、いろいろな体制は整ってはいるんです。病院の体制や役所に出す書類もあるし、旧ソ連時代の中央集権的な、上に報告する仕組みはあるのに、うまく機能していないと感じました。

-その時感じられた一番の課題は何ですか?

目に見えるものというよりも、旧ソ連から受け継いでいるマインドだと思いました。一つ例をあげると、旧ソ連時代から続いているのが、病院で妊婦死亡を出すとその主治医はクビになるという罰則です。なのでもし妊婦死亡があっても隠蔽する体質になっています。

何かを起こすと、罰せられる、そのマインドが強いと思いました。

私たちみたいな外国人が来ると、すぐに監視や調査に来たのではないかと思われて、みんな固まってしまうのです。

ただ本当に今でも、タジキスタンには、大きな権限を持っている医療監視団がやってきて、人がクビになったり、部署が閉鎖されたりします。

そのせいで、病院の人たちは心をなかなか開いてくれません。

-一緒に仕事をしていると、心を開いていないとやりにくいではないですか。何か、工夫されていることはありますか?

私たちはとにかく褒めています。

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視察に訪れた秋山さん(中央)と病院の医療スタッフ【ハトロン州の病院にて】

-褒めて伸ばす、ですね。

そう、褒めて伸ばしています。今まで彼らは叱られていてばかりで、それに加え、懲罰を受ける。余計なことはせず、また責任は自分にないというような、みんな身の守りかたがすごく上手なんです。そういう体質でやってきているんですが、良い医療を提供するためにはそれではダメなんですよね。なので、彼らの、そのビクビクした気持ちを少しでも気楽にさせ、心を開いてもらえるように褒めることは大事にしています。

最近体験した例だと、ある病院で、緊急の薬の置き方を、棚を作ってすぐに薬が取り出せるよう自分たちで工夫したんですよね。だから私たちはいいアイデアだととても褒めたんですよ。

しかしそのあと、医療監視団が来て、これは規程じゃないといって、取り払ったらしいです。いいアイデアも規定に沿わないと許されないのです。

苦労したことと今後の展望

-プロジェクトを進めていく中で、最も困難であったことは何でしょうか。

やはりこの国の中央集権的な管理体制がすごく強くて、本当に必要な変えないといけないことでも規程ではないから変えられないということです。

例えば、血圧を測るときに自動血圧計を推奨して、配布したりしているのですが、ここの規程は手動血圧計なんですよ。だから今、折中案として、手動血圧計で測った血圧値が正しいかを測るために自動血圧計を置かしています(笑)。

-その困難をどのように乗り越えました?

別案を持ってきて、便利かもと思ってもらえるようにすることです。だんだん広まっていって、そのうち誰かが意味のないことが書いてあると気づいてくれたときに、規程を修正してくれるんではないかと期待しています。諦めはしないで、規定から外れないようにしつつ、別案を導入しています。

-プロジェクトに関する今後の展望は何ですか?

現在、機材はまだ半分そろってないんですよ。機材が全部そろうと病院のスタッフのモチベーションがあがり、取り組みが活発になるのではないかと期待しています。そうすると口コミで評判が広まり、今まで郡病院に来なかった住民たちがもっと来てくれるんではないかと思います。

若者や学生に向けてのメッセージ

-最後に将来国際協力に関する仕事に就きたいと考えている若者や学生にメッセージをお願いします。

最近の若い人は意識が高いので、昔と違って今は国際協力ってみんなわかる言葉になってますよね。

-そうですね。身近なイメージです。

国際協力へのモチベーションはすでにあって、窓口もいろいろとあると思うので、挑戦されたらいいと思います。その中で、自分なりの問題を探されるのがおもしろいかなと思います。知識として問題意識などイメージを持っていると思いますが、どこかで実際に行ってみて、働いてみて、現地の問題を自分なりに考えていくというのはなかなか楽しいのではないかと思います。

-本日はお時間頂きありがとうございました!

終わりに

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ドゥシャンベ市内の事務所の様子と秋山さん(奥)

取材にあたり、秋山さん含めスタッフの方々が業務を行っているプロジェクト事務所にお邪魔したのですが、業務中にも関わらず快く応じてくださいました。このインタビューを通じて、タジキスタンという国について、また国際協力に取り組んでいる方々の想いを少しでもお伝えすることができれば幸いです。

プロフィール

秋山 佳子さん
大学卒業後、薬剤師として働いた後、1992年に青年海外協力隊としてマラウイで2年間薬剤師として働く。帰国後、大学院で国際保健を専攻し、その後株式会社コーエイリサーチ&コンサルティングで保健コンサルタントとして様々な途上国での保健に関するプロジェクトに携わっている。

聞き手
大川 萌華
大阪大学 外国語学部 ペルシア語専攻
JICAタジキスタン事務所と大阪大学との連携に基づく学生インターン
活動期間2019年5月~2019年7月