【草の根技術協力事業】音楽リハビリ手法を用いたブラジルの高齢化問題への取り組み/プロジェクト初の本邦研修を実施

2022年8月31日

高齢化問題を抱えるブラジルに、先進的な介護予防手法「音楽リハビリ」を届けたい

音楽リハビリを実践する高齢者施設

 日本をはじめ世界各国で急速に進む高齢化は、ブラジルでも深刻な社会課題となっています。WHOの報告書によると、2050年までに全世界の高齢者人口は現在の約2倍になるとされる中、ブラジルについては約3倍に達するとの予測があります。しかしブラジルには国の介護保険制度がなく、統一的な施策もなされていないのが現状です。介護予防の重要性に対する国民の認識も低いため、要介護状態になってから施設や病院に行くというケースが多く見られます。

 こうした課題に対し、宮城県仙台市に拠点を置く『株式会社ゆらリズム』(以下ゆらリズム)では、2021年3月からJICA草の根技術協力事業として『音楽リハビリ』の手法を用いた介護予防モデルの構築に取り組んでいます。音楽リハビリとは、介護予防の基本である運動プログラムに音楽を取り入れた同社独自の手法(メソッド)で、運動を楽しく習慣化できるだけでなく、歌唱や楽器演奏を通じて高齢者の趣味や生きがいづくりの機会も創出します。

継続的な取り組みによる介護予防モデル構築を目指し、草の根技術協力事業をスタート

2022年2月に実施したブラジル訪問の様子

 ゆらリズムでは2014年から毎年、中南米地域の研修員を対象に音楽リハビリのノウハウを伝える単発の研修を行ってきました。草の根技術協力は、その活動をより継続的・長期的に発展させた3年間のプロジェクトです。ブラジル・サンパウロ市を対象に、介護予防の実施モデルの構築を目指すもので、第1ステップでは現地で音楽リハビリの取り組みを主導するトレーナー陣を育成します。第2ステップではトレーナーが指導者となり、音楽リハビリを実際に行うインストラクターを養成。そして第3ステップでは、インストラクターが高齢者に向けて音楽リハビリを実践します。

 トレーナーとなるのは、サンパウロ大学老年学部の教授らを中心に、高齢者施設や市役所の職員なども含めた10名。トレーナー陣はプロジェクト開始からこれまで、音楽リハビリのメソッドや介護予防技術を学びながら、ブラジルに適した音楽リハビリの指導マニュアルの作成に取り組んできました。ゆらリズムとは主にオンラインでのやり取りでしたが、トレーナーの中には先の単発研修の参加者もいたため、初めて音楽リハビリに触れるメンバーの理解を助ける心強い存在となってくれました。2022年2月には、ゆらリズム代表の野崎健介さん、取締役でプロジェクトマネージャーの菊地義仁さんがサンパウロ市を訪問。トレーナー陣と顔を合わせ、技術的な指導を行ったほか、高齢者施設などを見学し現地の介護の課題を共有しました。

日本の介護予防の現場を目にし、インストラクターの姿から学んだもの

ある高齢者施設では、施設が運営する農園で近所の高齢者の方と音楽交流を実施

 こうして活動開始から1年が過ぎ、第1ステップが佳境を迎える中、2022年7月17日から31日にかけて実施されたのが本プロジェクト初の来日研修です。トレーナー10名が来日して行う研修は、これから第2ステップに進むにあたり重要な意味を持つものでした。菊地さんは「研修の大きな目的は、トレーナーが指導者となるにあたって十分な知識や技術を身につけているかを最終確認することでした。同時に、日本の介護予防の現場をその目で見て、現地でインストラクターを養成するためには何が必要なのか、トレーナー自身に考えてほしいとの思いもありました」と話します。

 このような観点から研修では、宮城県内各地の高齢者施設やゆらリズムをはじめとした介護予防教室などを多数見学し、日本のインストラクターへのインタビューも行いました。音楽リハビリを行う日本のインストラクターの姿を目にしたブラジルのトレーナー陣からは「高齢者への気遣いや、全体を見る視野の広さに感銘を受けた」「表情や態度が非常に参考になった」などの声が聞かれました。トレーナーの半数は大学教授ということもあり、普段は理論的な話になることも多いそうですが、見学は感覚的な気づきを得る貴重な機会となったようです。「自国でもこういう人材を育てなければ」と今後の活動へのイメージも具体化された様子でした。

トレーナー陣の指導者としての素質を再確認できた2週間

プロジェクトについて議論するゆらリズム職員とブラジルのトレーナー陣

 研修では、音楽リハビリについての補足講義や、プロジェクトの進め方に関する議論も行われました。日本で生まれた音楽リハビリをブラジルで普及するためには、社会構造や国民性、文化の違いなど、あらゆる面を考慮しなくてはなりません。現地に合わせてメソッドをカスタマイズする必要もあります。検討事項は山ほどあり、時には議論が白熱することも。研修を終えてみれば、約2週間の日程では時間が足りなかったというのが実感のようです。今回の研修で「全体の調整役としての課題にも気づくことができた」という菊地さん。そして何より、「トレーナーの皆さんは非常に意欲的。理論だけでなく行動的で、ユーモアもあり、指導者として最適な人材だと改めて確信が持てました。ゆらリズムのメソッドに信頼を置き、自国で発展させていきたいという強い気持ちも伝わりました」と、第1ステップの集大成としての手応えを語ってくれました。

研修の熱量もそのままに、次なるステップ「インストラクター養成」に向けて始動

日本とブラジルのプロジェクトメンバー

 日本での研修に刺激を受けたトレーナー陣は、帰国後早々にインストラクター20名の採用に動き出し、9月には養成を始めるとのこと。2023年上期には高齢者施設などでいよいよブラジル版音楽リハビリを実践する予定です。会場のコロナ対策、音楽リハビリの効果測定、それを受けてのマニュアル改良など、この先も数々のタスクが待ち構えていますが、日本とブラジルの二人三脚で走り続ける活動の行方に期待が高まります。