【課題別研修】ノンフォーマル教育:誰一人取り残さない学習機会/誰もがいつでも学べる生涯学習社会の実現を目指して

2023年2月17日

公教育ではなく、ノンフォーマル教育に求められる役割とは

持続可能な開発目標(SDGs)目標4は「すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」

制度化された学校教育の枠組み内での教育活動のことを『フォーマル教育(公教育)』、その枠組み以外で組織的に行われる教育活動のことを『ノンフォーマル教育』といいます。
現在日本では、学校教育による学習機会の普及や充実が図られる一方で、貧困や不登校、外国籍などさまざまな理由から学校に通えない子どもに対して、ノンフォーマル教育として、学校外でも学校教育と同等の学習機会が与えられるような取り組みが進められています。さらに、すべての世代を対象に公民館を拠点として生涯学習の場が設定され、市民の自発的な学びへの取り組み支援も活発に行われています。

世界に目を向けると、ノンフォーマル教育は、就学しない、あるいは就学年次に就学できなかった子どもや若者、就学機会が十分与えられなかった成人が読み書きや計算などの基礎教育を習得するためのものから、生きていくために必要なライフスキルや職業訓練の習得など生活の質を向上させるためのものなど、日本とはまた異なる文脈において異なるニーズが存在します。さらに地域課題解決のための学びや、地域の文化や歴史を継承するための学びも必要とされており、国際的にもノンフォーマル教育が、多様な世代の多様な学びを支える生涯学習の根幹として注目されています。

3年ぶりの来日研修には4カ国から9名が参加

宮城県気仙沼市の東日本大震災遺構・伝承館を視察

JICA東北では、開発途上国の行政官などが参加する、自国のノンフォーマル教育の課題と目標を明確にしその実現に向けた方策を立案するための研修を定期的に行っています。新型コロナウイルス感染症の影響により2021年度は行政官などが来日できず、オンラインを使った研修を実施しましたが、2022年度には来日研修を再開。11月29日から12月15日までのおよそ2週間の日程で3年ぶりに来日での対面研修が実施されました。今回は、サモア、パラオ、パキスタン、ケニアの4カ国から、教育局の職員やノンフォーマル教育に携わる団体職員など9名が参加し、講義や視察、演習を通して学びを深めました。

識字率の低さに課題がある研修参加国のパキスタンやケニアでは、不就学の子どもが多いため家庭学習に期待が寄せられますが、親の世代も非識字者であることから家族による学習支援が困難となっています。子どもだけでなく、成年に向けた教育機会も切実に必要とされているのです。

公民館、夜間中学など東北の特徴的なノンフォーマル教育の場を視察

宮城県白石市の斎川公民館で公民館のあり方の説明を受けました

研修カリキュラムには、日本のノンフォーマル教育の実情に関する説明だけでなく世界の基準からみたノンフォーマル教育に関する説明も盛り込まれました。ノンフォーマル教育概論、識字とイクイバレンシー教育(学校外でも学校教育と同等の資格を得られる教育)、地域に根ざした学び、減災・防災のための学び、さらにリクエストの多かったジェンダーと職業訓練のテーマも追加しました。
研修コーディネートを担当した公益財団法人ユネスコアジア文化センター(ACCU)の若山洋子さんは、「研修参加国にとって非常に優先度の高い課題であっても、日本の知見からは事例の提供が難しいものもあります。アジアの他の国からの知見を提供することで、少しでも研修の完成度を高めようと試みました」と話します。

自主夜間中学の視察

公民館をはじめ、夜間中学やフリースペースの教育現場、地域防災の取り組みなど東北の特徴的な方策を見学し、実際に地域の方々との交流も多く取り入れました。一方で、世界の現状も把握してもらおうと、基礎教育保障の観点において制度が充実しているタイやインドネシアともオンラインで繋ぎ講義や意見交換を実施しました。
東北地域における視察の中で、特に研修員に好評だったのは、公民館見学のプログラム。公民館主事や事務長の講話や交流を通して、職員の問題意識の高さとファリシテーションスキルに感動していました。

互いにフォローし合いながら受講した研修員たち

また、自主夜間中学のプログラムでは、識字能力に関する調査や評価方法について興味を持ち多くの質問が寄せられたほか、研修参加国より不登校や非識字者の少ない日本において、それでもすべての人の学習補償へ向けた取り組みがなされていることに意識の高さを感じたようです。
気仙沼市立階上中学校の防災活動の見学では、生徒が主体となって地域と連携しながら防災の探究学習に取り組む様子に感心し、総じて日本の市民社会の力の大きさに驚いていた研修員たち。公的なサービスの行き届きにくい層に対する市民同士のケアや、自らの力で地域の学びを作っていこうとする市民の姿勢に学ぶところが大きい、という意見が多く寄せられました。

学習者のニーズに応えられる教育の場を目指して

パラオのアクションプランを発表するヘドリックさん

課題を持つ国同士、互いにフォローし合い、質疑応答にも積極的に参加した研修員たち。若山さんは「どの講義も企画から運営まで注力しましたが、全体的に“学び合い”の時間、対話の時間を確保することを意識してコーディネートしました」と話します。研修の後半には、自国の課題と行動計画を体系的にまとめたアクションプランを策定し、発表しました。
研修参加国のサモアやパラオは、パキスタンやケニアとは事情が異なり、初等教育の就学率や識字率も高いものの、生涯学習や地域づくり、人材育成の観点からノンフォーマル教育への期待が大きいようです。
パラオの研修員クアル・ヘドリック・ウェッブさんは「学校に通っていない成人向けの学習サポート、防災や自然保全活動、地域の健康教育などのための学びは伝統的に行われているものの、複数の機関にそのあり方が任されている現状があり、国主導の方針の制定と制度化が必要です。何らかの理由で公教育を受けられなかった人や資格を得られなかった人が、将来のキャリアアップのために知識や技術を得られる場として機能させることを目指します」とアクションプランを発表しました。

修了証を掲げる研修員たち

講師陣からは、「地域の人々の声に耳を傾けて、求められている学びが何かを常に胸に問いながら提供してほしい」との助言が送られました。

パキスタンから参加したマーニ・ザリフルさんは「私たちの国で公教育をすべての人に行き届かせるのはコストがかかり現実的ではありません。学習者のニーズにも応えられるノンフォーマル教育こそが公教育の代替ではなく、これからの教育なのです」と今後の展開を見据えて熱意を持って語っていました。それぞれの国において多様で活発なノンフォーマル教育の未来への扉は開いたばかりです。