投資で世界に平和と安定を。「ピースビルディングボンド」に込めた想い

2022年9月21日

近年、国内外で関心が高まる「ソーシャルボンド」、知っていますか? 様々な社会的課題に取り組むプロジェクトの資金を調達するために発行される債券のことです。SDGsの達成に民間資金で貢献できる仕組みとして、注目を集めています。JICAは今年度7月、新たなソーシャルボンド、「ピースビルディングボンド(平和構築債)」を発行しました。その名が示す通り、平和な社会の実現に向けた取り組みを強化するための債券です。9月21日の「国際平和デー」に合わせて、「ピースビルディングボンド」発行の背景や発行に携わった担当者の想いに迫りました。

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JICA財務部の平田桃さん

平和構築に向けた事業に使途を限定する日本初の債券「ピースビルディングボンド」

2020年時点で、世界で進行中の武力紛争は56件、2022年に、難民・避難民の数が1億人超え——。いずれも過去最悪の数字を更新しています。特に、シリア、アフガニスタン、エチオピア、ロシアによるウクライナ侵攻など、相次ぐ武力紛争は、人々の生活を脅かし、持続的な発展を大きく妨げています。

JICAはアジアやアフリカ、中東、欧州などで、紛争を発生・再発させない強じんな国・社会づくりに取り組んでいますが、その実現はもちろん簡単なことではありません。このような世界の平和と安定に向けた取り組みをより一層強化するため、また、より多くの人々に世界の現状と平和構築の取り組みについて知ってもらうために「ピースビルディングボンド」を発行しました。

「ピースビルディングボンドは、平和構築に向けた事業に資金使途を限定する、日本で初めての債券です。世界の紛争は増加し、解決するべき課題が大きくなっており、世界でも日本国内でも平和構築への関心が高まっている今こそ、選ぶべきテーマだと考えました」。JICA財務部でピースビルディングボンドの発行に携わる平田桃さんはそう話します。

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JICAはソーシャルボンドの国内発行体第1号

JICAは2008年度から、「JICA債(国際協力機構債券)」を発行することで活動のために必要な資金の一部を市場から調達してきました。2016年度には、国内の債券発行機関(発行体)としては初めて、社会的課題の解決に目的を限定した「ソーシャルボンド(社会貢献債)」を、ガイドライン(注1)に沿って発行。以降、国内で発行するすべての債券をソーシャルボンドとして発行しています。

では、JICA債で調達した資金は、どのように使われているのでしょうか。
JICAは、政府開発援助(ODA)の一元的実施機関として、開発途上地域の社会経済の発展のために事業を展開していますが、その柱となるのが、「有償資金協力」「無償資金協力」「技術協力」の3業務です。JICA債で調達した資金は、そのうち、「有償資金協力」(途上国政府への貸付である「円借款」や民間セクターへの投融資で協力を行う「海外投融資」)に充当されます。

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JICA債は、特に2017年度以降で投資表明(注2)の件数が伸びており、2021年度までに累計277件の投資表明がありました。
「投資表明件数が伸びている理由は、JICA債に対する認知度が高まったということに加え、企業や自治体をはじめとする投資家、及び世間の皆さまのSDGsに対する関心が高まっているからだと思います」と平田さんは話します。
JICA債は、SDGs達成に向けた資金動員ツールとして政府施策にも位置付けられています。

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他方、JICAはSDGsの17ゴールすべてに貢献しているため、投資家からは「範囲が広いため、わかりやすいよう絞ってほしい」という声も上がっていました。そこで、2019年度から、特定のテーマや地域にターゲットを絞った「テーマ債」の発行を始めます。横浜で開催された「アフリカ開発会議(TICAD)」をきっかけに発行した「TICAD債」を皮切りに、翌2020年度に「新型コロナ対応債」、2021年度には「ジェンダーボンド」を発行しました。

「テーマがわかりやすいと、多くの良い反応をいただきました。なかでも、ジェンダー平等・女性のエンパワメントを推進する事業に資金使途を限定する『ジェンダーボンド』に対して反響が大きく、国内のジェンダー問題に対する関心の高さを感じました」。平田さんはそう話します。

注1:ソーシャルボンド原則 (国際資本市場協会; International Capital Market Association)

注2:投資表明とは、投資家の発意により投資したことを対外公表すること

紛争・内戦の影響を受ける国・地域の平和と安定のために

「ピースビルディングボンド」は、4つ目のテーマ債です。資金は、紛争・内戦により影響を受けた(受けている)国・地域で実施中または新規の事業で、平和と安定や復興に資する事業に限定して活用されます。

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ピースビルディングボンドの仕組み

現在、資金の充当先としては、2011年のシリア内戦以降、多くのシリア難民を受け入れているトルコに対する、難民と受け入れ側である地元住民が平和で住みやすい社会をつくるための社会インフラ整備事業や、1970年代から40年以上にわたって武力紛争が続いてきたフィリピンのミンダナオ島における紛争後の道路網の復興・整備の支援等に充当される予定です。

このほか、イラクに対する戦争後の復興支援などへの充当が予定されています。

世界の平和と安定のために、現状を知る。自分ごととして考える

「7月の発行から現在までに、ピースビルディングボンドに投資いただいた金融機関や自治体、企業など多くの投資家の皆さまが、投資した旨を表明してくださっています」と語る平田さん。「投資の理由として、『戦争を経験した国として世界の平和に貢献したい』『戦後の復興経験を踏まえて日本の組織にこそできる投資がしたい』『平和構築支援の実績があるJICAに託したい』といった声が寄せられています。また、『世界各地でこんなに紛争が起こっていることを初めて知った』という反応もありました。ピースビルディングボンドが、世界の現状を知ってもらうことにつながっていると実感しています」。

ピースビルディングボンドについては個人投資家向けの発行は行っていませんが、JICAは昨年度2月に、7年ぶりに個人向けのソーシャルボンドを「JICA SDGs債」として発行しました。1万円から投資できる個人向け債券(リテール債)で、今年度の第4四半期にも再度発行予定です。気軽に国際協力に貢献できる方法として、10~20代の若い方からも反響があったといいます。個人向け投資家に関する報告書によると(注3)、JICAのソーシャルボンドのようなSDGsへの貢献を目的とするSDGs債の認知度、保有状況はともに、全年代のうち20〜30代が最多となっています。若年層の社会貢献やSDGs債に対する意識が高いことがわかります。

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個人向けソーシャルボンド「JICA SDGs債」のイメージグラフィック

また今年度から、高校の「学習指導要領」が改定され、お金を管理・運用するための能力を身につける「金融教育」が必修化されました。中学校でも昨年度から、金融リテラシーを高める授業が盛り込まれています。今後も、若年層の金融に対する意識はより高まっていくことが予想されます。

「社会全体で、平和構築をはじめSDGsへの意識が高まる今、国際協力や社会貢献への手段として、投資というツールを選択する機会は今後も増えていくと思います。まずは今回発行したピースビルディングボンドを通じて、世界の平和と安定を目指すとともに、より多くの人が紛争や貧困に目を向け、世界の問題を『自分ごと』として捉えるきっかけをつくっていきたいです」

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注3: