変化の時代の学びとは? 世界に視野を広げ、探究する心を育む国際理解教育

2023.04.25

今、子どもたちの学びが大きく変わろうとしています。A Iをはじめとする技術革新やグローバル化の進展、多文化共生など、変化の激しい時代を生きる子どもたちには、視野を広く持ち、自ら考え行動する力が求められます。そこで注目されているのが「開発教育/国際理解教育」です。(注1)

「開発教育/国際理解教育」とは、身近なことから海外のことまで現状と課題を知り、解決策を考え、自ら行動する主体性を育む教育のこと。その意義や課題について、“尾木ママ”こと教育評論家の尾木直樹先生と、長野県の公立高校で国際理解教育に取り組んできた髙野芙美先生に、JICA広報部部長の竹田幸子さんが聞きました。

JICA地球ひろばにて、左から髙野芙美先生、尾木直樹先生、竹田幸子さん(JICA広報部部長)

子どもたちを取り巻く環境がますますボーダーレスに

●竹田 2023年4月に「こども家庭庁」が発足し、子どもの成長を社会全体で後押しする仕組みがスタートしました。学校教育においても、子どもの主体性を重んじる方向へとシフトし始めていますね。

●尾木 いよいよ子どもを真ん中にして、平和で安全・安心な世界をつくっていく時代に切り替わりました。政府もまず子どもたちの声を聞こうと、事前にどんな方法なら意見が言いやすいか子どもたちにアンケートまでとって、さまざまな取り組みを始めています。法が整備され、あとは家庭や学校、地域社会にいる大人がどう変われるかですね。

●髙野 高等学校では2022年度から全国で「総合的な探究の時間」が必修化されました(注2)。これまで主流だった知識伝達型の授業と違い、「総合的な探究の時間」では生徒たちが自ら問いを立て、その解決に向けて調べたり情報を収集したり、周囲の人との意見交換などから得た考えをどうアウトプットしていくかが重視されており、教師はそのサポート役に回ることが求められています。

●尾木 先般のWBCでも、選手たちの自主性を尊重した栗山監督の姿勢が大いに注目されましたよね。スポーツというのは伝統的に上下関係の厳しい世界というイメージが日本にはありますけど、指導者である監督が選手を信頼して後ろからサポートする手法で世界一になったというのは、まさに新しい時代の幕開けを印象付けてくれるものでしたね。

中学・高校の教員として22年間、子どもを主役にしたユニークで創造的な教育を実践してきた尾木先生。「これからは大人が子どもの声をよく聞き、能力を発揮できるよう、後ろから支えていく時代」と強調する

●竹田 実際に学校ではどんな取り組みが行われているのでしょうか。

●髙野 探究のテーマはさまざまですが、私が所属していた長野県上田高等学校は、かねてよりグローバル人材の育成に力を入れてきたことから、「国際理解教育」を推進しています。「なぜ」と疑問に思ったり、社会の課題に気付くには、知識だけでなく、世の中の動きを広く知り、批判的思考も身に付ける必要があります。

新型コロナを経験した今、日本にいても世界とつながっている実感を得た生徒は少なくありません。ICT技術も一気に進展したことで、世界中の同年代たちとつながることができました。子どもたちを取り巻く環境がますますボーダーレスになる中で、「国際理解教育」は欠かせないものとなっています。

英語教師として20年に渡って高校で教べんを執り、グローバル人材育成の取り組みにも注力してきた髙野先生。現在は長野県教育委員会の指導主事として、県全体の国際理解教育を推進中

●尾木 今の子どもたちはSDGs(持続可能な開発目標)の感性が染み込んでいますから、自分が世界とどう関わっていくかを真剣に考えています。僕が審査員長を務める「JICA国際協力中学生・高校生エッセイコンテスト」でも2022年度は約4万4千点もの応募があり、世界情勢に関心を持つ生徒が確実に増えている。昨年はとくにウクライナ問題に目をむけた作品が多かったですね。

●髙野 上田高等学校でもSDGsの学習からスタートし、高校生国際会議、海外研修などを実施しています。研修に参加した生徒たちはリアルな社会課題に触れることで、ただ「理解」するだけでなく「行動」を起こすようになっています。ある生徒は、フィリピンでのスタディツアー中に路上で暮らす子どもたちを目の当たりにし、帰国後に地元の子ども食堂でボランティアを始めました。世界を見ることで、身近な地域の課題にも気付くことができたのです。

フィリピンの貧困地域を訪れ、そこに暮らす子どもたちの現状について説明を受ける生徒たち(左)。帰国後も文化祭のバザーなどを通して、現地への支援を続けている

子どもの学びを社会全体でサポートしていく

●竹田 学びの変化に対応するためには、教える側にも変化が必要ですね。

●髙野 上田高等学校では自主的に取り組む生徒が多く、コロナ禍でも途上国支援のための募金活動や、カンボジアに赴いて井戸を掘るための資金を得ようと、バザーなどを行ってきました。一方、教師である自分にそうした経験が乏しく、生徒からの質問に窮することもありました。そこでまずは現場に赴き、リアルな社会課題に向き合ってみようと、昨年「JICA教師海外研修」に参加しました。

研修先のエジプトでは、無秩序に鳴り響くクラクションや街の喧騒に、始めは抵抗を感じました。ところが数日後には「なぜ信号機がないのに事故が起きないの?」などと考えるようになり、異文化に対し今まで以上に真摯に向き合うようになるとともに、視野が広がっている自分に気付きました。日本式教育を行う学校の視察でも、日本の当たり前が、決して世界の当たり前ではないと実感しました。そんな「違い」に触れることで、自分が何者なのかを知り、多様な考え方を尊重する姿勢につながっていくことを、生徒たちに伝えたいと思っています。

エジプトで日本式公民館の普及活動を行うスタッフと、学校と地域の協働のあり方について意見を交わす髙野先生

●尾木 僕も大学で教えていたときは、学生たちに世界を見ることを強く勧めていました。以前、JICAの方と一緒にモンゴルの教育現場を訪ねましたが、学校が午前・午後・夕方の3部制になっているんです。極寒の日もありますから、夕方からの外出はいわば命懸けなんですね。それでも子どもたちは学びたがっていた。教材や教具が少ない中で、先生たちも工夫を凝らしていました。そうした世界の現実をダイレクトに体感するのは非常に大きな経験ですね。

視察に訪れたモンゴルの小学校で、理科の実験の様子を見守る尾木先生

●竹田 今後、国際理解教育を推進していくうえで、課題はありますか。

●髙野 今はまだ国際理解教育が単発的な行事としての位置付けになっていて、仕組みが体系化されていません。長野県では探究を核とした学びの改革を進めているところですが、教師だけですべてのニーズに応えるには限界があります。地域や企業、国際機関などさまざまな背景や経験を持つ方々と連携して、外からの新しい風を学校に吹き込んでもらえたら、子どもたちが世界とつながるきっかけになると思います。

●尾木 そこは非常に大事な点だと思いますね。保護者が600人いたら600通りのプロ集団なんです。たとえばインド出身のお母さんがいたら、カレーづくりの特別授業をやってもらうとか、教員経験者に学習補助に入ってもらうとか、学校を地域に開放していく流れがもっと広がるといいですね。 地域の中には、子どもたちに教えたいと思っている大人も多くいるはずです。

●竹田 JICAも途上国支援の知見を生かした教材作成や出前講座など、学校現場で活用していただけるような支援事業を行なっていますので、学校や地域の教育委員会とも連携しながら、ぜひそうした役割の一翼を担えたらと思います。

「JICA地球ひろば」の所長も務める竹田部長。地球ひろばは、世界の課題や開発途上国とのつながりを体感できる場として、全国からの学校訪問やイベント参加者など、これまでに約240万人を受け入れている(2023年3月時点)

社会課題の解決を担える人材を育むために

●竹田 最後に、子どもたちには国際理解教育で学んだことをどう生かしてほしいと思われますか。

●尾木 最近はChatGPTが話題ですが、知識量で言えば人間はAIにかないません。これからの時代はさまざまな領域でAIを使いこなせる“人間力”が求められていきます。デジタルツールを駆使し、社会の課題に目を向け始めた子どもたちだからこそ、斬新なアイディアや新しい価値を創り出してくれる時が来るはずです。気候変動や戦争など、今世界が抱える問題に対しても、新たな地平を切り拓いてくれると信じています。

●髙野 コロナ禍で世界のボーダーレス化を実感できたことは、ある意味では貴重な経験だったと思います。今後はますます視野を広げながら、自分の「好き」を深堀りして社会に関わり、誰かの幸せに貢献できるような人になってもらいたいと思います。教師側が生徒たちのやりたいことを柔軟に受け止めていくためにも、教育活動の中で国際理解教育を体系的に位置づけていけるよう、教育委員会事務局も全力でサポートしていきたいと思っています。

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