【G7特集・2】ポストコロナ時代に求められる世界の保健医療とは

2023.05.16

G7広島サミットでは、日本が議長国を務め、国際社会のさまざまな課題に関する議論をリードする予定です。これを機に、国際社会が直面する重要課題の現状と今後の課題、そして日本の貢献やJICAの協力について考えるこのシリーズ。第2回は「世界の保健医療」がテーマです。新型コロナウイルス感染症による未曾有のパンデミックから3年。次なる感染症に備えるため、ポストコロナ時代に求められる世界の保健医療体制について考えます。

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新型コロナウイルス感染症の大流行が世界に突き付けた課題

世界中を襲った新型コロナウイルス感染症の大流行は、国際社会に甚大な影響を与えました。WHO(世界保健機関)の発表によると、2023年4月現在、世界での感染者数は7億6227万人、死亡者数は689万人に上ります。

感染症の脅威という点では、これまでもSARS(重症急性呼吸器症候群)やエボラ出血熱などが世界的に流行。そのたびに各国での対策強化や国際協調の枠組みが国際機関や各国政府を中心に見直されてきました。しかし、途上国・先進国を問わず、あっという間に広がった今回の新型コロナウイルス感染症は、これまでの努力による対策や想定をはるかに上回る未曽有の感染症だったと言えます。

新たな感染症の流行や健康危機に対応できる強い社会をつくるためには、まずは各国レベルで保健システムの強化や公衆衛生危機への備えなどに対応することが不可欠です。同時に、一気に広がる感染症に対しては、国を超えた国際レベルでの感染症の監視・報告、感染症拡大時の資金動員、ワクチンへのアクセス確保などへの対応も必要です。新型コロナウイルス感染症は、国際レベルでの課題と各国レベルでの課題の両面からのアプローチが必要であることを、世界に突き付けました。

国連は“No one is safe, until everyone is safe.”(誰もが安全になるまで、誰も安全ではない)と訴えました。自国の安全なくして世界全体の安全はなく、世界全体の安全なくして自国の安全はないのです。

「グローバルヘルス戦略」を発表、世界に貢献する決意を示した日本

新型コロナウイルス感染症の教訓に学び、次なる危機に備えるため、日本政府が打ち出したのが「グローバルヘルス戦略」です。2022年5月に発表されたこの戦略では次の2つを政策目標とし、世界の保健医療に日本が積極的に貢献していく姿勢が示されました。

  • グローバルヘルス・ アーキテクチャーの構築・強化に貢献し、感染症の大流行といった公衆衛生危機に対する予防・備え・対応を強化する
  • ポストコロナ時代に求められる、強じん・公平・持続可能なUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)を、各国での保健システム強化を通じて実現する

この戦略はまさに、国際レベルの課題と各国レベルの課題の双方に対応するものと言えます。1つ目の政策目標にあるグローバルヘルス・アーキテクチャーとは、世界的な保健医療問題に取り組む仕組みや組織などの在り方を指します。これには、パンデミックに関する規範の設定、感染症拡大時の資金の動員や、医薬品・ワクチンへの公平なアクセスのための研究開発、製造技術移転、配布なども含まれています。

2つ目の政策目標にあるUHCとは、すべての人が、十分な質の保健医療サービスを、必要に応じて経済的困難を被ることなく受けられるようにすることです。そのためには、医療従事者の技術向上、コミュニティの能力強化、財源の確保など、さまざまな取り組みが必要です。また、パンデミックといった危機にも強い体制づくり、公平なアクセスの保障、社会やニーズの変化に対応できる持続可能な保健財政も不可欠です。

1961年に国民皆保険を実現した日本は、これまでも長年、グローバルヘルス分野における国際社会の議論や取り組みをけん引してきました。90年代後半からはG7の場を活用し、感染症対策や保健システムの強化、UHCの推進などで主導的な役割を果たし、国際的な場でリーダーシップを発揮してきました。

さらに、JICAによる長年の協力を通じた途上国との信頼関係やネットワークも、日本のリーダーシップを支える大きな強みです。母子保健や感染症対策といったサービス改善と、行政能力や人材育成を通じた保健システム全体の強化を目指し、相手国のオーナーシップも尊重しながら、政策・制度レベルから現場のサービス改善まできめ細かな支援を行ってきました。この支援の積み重ねで、途上国との信頼関係やネットワークを構築してきました。

平時の備えこそ不可欠。新型コロナウイルス感染症への対応で再認識

公衆衛生上の危機に対応するには、平時からの備えこそ不可欠です。新型コロナウイルス感染症への対応では、その重要性が再認識されるとともに、JICAの協力の成果が目に見える形で現れました。

「今回のパンデミックでは、途上国自身による自律的な対応が目を引く中、これまでJICAが支援してきた多くのパートナー機関が中心的役割を果たしました」。そう語るのは、人間開発部の伊藤賢一次長兼保健第一グループ長です。

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人間開発部の伊藤賢一次長兼保健第一グループ長

ガーナでは新型コロナウイルス感染症が拡大した当初、野口英世記念医学研究所(野口研)が24時間体制で稼働。同国のPCR検査の最大8割を担い、さらに国内40カ所でPCR検査施設の立ち上げを支援しました。ケニアでは中央医学研究所(KEMRI)が、ピーク時で国内PCR検査の半数を実施。また、ベトナムでは南部のチョーライ病院が国内最初の患者を受け入れ、南部地域25病院に患者のケアや院内感染対策等の技術指導を行いました。

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昼夜を問わず稼働し、ガーナ国内のPCR検査の8割を担った野口記念医学研究所

アフリカでは新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前から、これらの機関が中心となって周辺国を支援する「第三国研修」も行われてきました。野口研は西アフリカ諸国、KEMRIは東アフリカ諸国に対し、検査スタッフの技術・技能向上を目的とするトレーニングや、対象国のネットワーク強化などを実施。今回のパンデミック以降は、新型コロナウイルス感染症の検査に関する内容を追加するなど、各国の検査体制に大きく貢献しました。

野口研で昨年実施された第三国研修には、エボラ出血熱の大流行を契機にアフリカ域内で主導的役割を果たすため2016年に設置されたアフリカ疾病予防管理センター(アフリカCDC)から、講師を派遣してもらうなど、地域の枠組みとの連携も進んでいます。

それぞれの国に合わせたUHCの達成に協力

世界の健康課題は感染症だけではありません。母子保健や非感染性疾患(がんや脳卒中など)、高齢化対策などにバランスよく取り組む必要があり、その中核となるのがUHCの達成です。JICAはそれぞれの地域や国に合わせた協力を進めており、特に大きな成果を上げているのがセネガルです。その背景について、伊藤次長はこう説明します。

「UHCの実現には、質の高いサービスの提供・拡充と、医療費負担を社会が共有する医療保障制度の強化との2本柱で進めることが肝心です。セネガルでは、この2本柱それぞれに協力するとともに、財源を確保するためには保健省だけの努力では難しいため、保健省と財務省の間の対話を促しています」

政府の強いコミットメントも追い風となり、セネガルでは貧困層のコミュニティ健康保険加入者数が2015年の18.5万人から2019年には114万人に増加。このようなUHC達成の支援を、ケニアやエジプトなどでも展開しています。

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地域単位での連携をグローバルレベルでの強化へ

一国としての取り組みを補完し、脆弱国へのより迅速かつ適切な支援を可能にするには、地域を単位とする枠組みの強化が重要です。アフリカでは、パンデミックの最中に、不足するPPE(感染予防のための個人用防護具)やワクチンの調達・配布などで、アフリカCDCが活躍しました。ASEANでは、域内の公衆衛生の危機対応を強化するため、ASEAN感染症対策センターの設立が進んでいます。地域単位の取り組みを、今後、例えばグローバルな感染症の監視・解析のネットワークの形成・強化につなげていくことで、グローバルヘルス・アーキテクチャーの強化に貢献できることも考えられます。

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アフリカでJICAが長年支援しているガーナ野口研やケニアKEMRIは、アフリカCDCが構想するアフリカにおける病原体の遺伝情報の監視・解析のハブと位置付けられています。中南米では、新型コロナ禍を契機に、病原体の遺伝情報の監視・解析機能の強化を支援したパナマのゴルガス研究所と一緒に、中米域内の人材育成にも取り組んでいます。アジアでは、今後地域の中核となるASEAN感染症対策センターに将来携わることが期待される各国保健省やASEAN事務局職員を対象に、JICAは公衆衛生危機管理のオンライン研修を先行して実施しました。

アジア・アフリカ・中南米地域の病原体ゲノム情報の迅速な解析と国際社会との共有を促進することができれば、グローバルヘルス・アークテクチャー強化の課題である迅速なワクチンや医薬品開発を後押しできます。ただし、JICAなどの公的機関による支援だけでは不十分です。現在、日本の製薬企業などによるワクチン・治療薬の迅速な開発に向けて、アジアを中心とする産官学の国際共同臨床研究ネットワークの形成・強化も進んでいます。

国際社会と協調して日本がグローバルヘルスに貢献することは、健康の促進による国際社会全体の安定と平和につながると同時に、日本の安全と国民を守ることになります。ポストコロナ時代に向け、今こそ日本と国際社会が手を携え、誰もが健康で暮らせる社会の実現を目指す取り組みを、産官学一体で推進していくことが求められています。

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