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- Project NINJA:アフリカの起業家とスタートアップを支援、日本と共に持続的なイノベーションを推進
新垣謙太郎
日本語版編集:北松克朗
(2021年にケープタウンで行われた「AfricArena Grand Summit 2021」にてProject NINJAについてスピーチをするJICAの不破直伸さん / 写真:不破直伸)
シリーズ:アフリカの課題と可能性
2025年8月に開催される第9回アフリカ開発会議(TICAD9)に先立ち、現在のアフリカが抱える様々な課題とその解決への動きを伝えるストーリーをシリーズでお届けします。アフリカ各地で支援に活躍する人々、彼らの幅広い活動や今後の可能性に光を当てるとともに、JICAが行っている協力についてもご紹介します。今回は、アフリカにおける起業家とスタートアップの動き、それらを促進するJICAの「Project NINJA(プロジェクト ニンジャ)」についてお伝えします。
ケニアの首都ナイロビ郊外にあるシンバという小さな村の農家で生まれ育ったサミュエル・ムングティさんは、子供のころから、ケニア政府に勤めながら、両親のような小農家を手助けする夢を抱いていた。
政府での勤務は果たせなかったが、36歳になった2016年、彼の夢は予想もしなかった形で実現し、アフリカの農業の新しい未来を予感させる事業として動き出している。
ムングティさんは大学でマーケティングの修士号を取得した後、コカ・コーラや仏ロレアルなどの国際企業に10年ほど勤め、その後に故郷の村の小さな畑を購入してスイカやトマトを育て始めた。
しかし、農業を志した新たなチャレンジは、いきなり逆風に直面した。「agrovets(アグロベッツ)」とケニアで呼ばれている農業資材販売業者からまがい物の種や農薬をつかまされて、1年も立たないうちに畑を売り払うことになったからだ。
ケニアの農業サプライチェーンが上手く機能していない現実に直面した彼は、くじけることなく、そこに新しいビジネスの可能性を感じた。妻のナンシー・ムトゥクさんと一緒にShamba Pride(以下シャンバ・プライド)という農業系スタートアップを起業、小農家と信頼のおける農業資材の供給や販売業者をつなげるためのサービスを開始した。
「私はそこにチャンスを見出した。『私ならこれらの問題を解決するための新たなビジネスを起業できる』と自分に言い聞かせた」とムングティさんは語る。
(2016年、ナイロビ郊外のシンバ村にある自宅の畑で育てたスイカを持つサミュエル・ムングティさん / 写真:サミュエル・ムングティ)
2016年の創業以来、シャンバ・プライドはケニアの何万人もの小規模農家と信頼できる農業資材販売業者をアプリでつなぎ、価格や品質の透明性を高めてきた。
創業から5年が経った頃、ムングティさんの事業は大きな節目を迎える。自分の会社にもっと効率的な運営と組織化が必要だと感じた彼は、JICAが主催する支援プログラム「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」に出会ったのだ。
Project NINJAは、他のプログラムとは違い、起業家一人ひとりのニーズに合わせたきめ細かい支援を提供していた。ムングティさんにとって、それは単にビジネスのスキルを学ぶだけではなく、自社のビジネスモデルを改善し、将来に向けたビジョンを広げ、事業規模を拡大するための資金調達の機会を得るために、重要なステップだった。
(左から2人目、ムングティさんは2021年にケニアで開催されたNINJAアクセラレータープログラムに参加した / 写真:サミュエル・ムングティ)
2020年1月、発展途上国でのビジネス・イノベーションの創出をめざして始まったProject NINJAは、アフリカを中心に、ムングティさんのような多くの意欲的な起業家を支援している。その大きな目的は、新興企業が自ら持続的に経営を革新し成長していくスタートアップのエコシステムを構築・強化することだ。
JICAにおけるスタートアップ・エコシステム推進の専門家であり、Project NINJAの立ち上げに関わった不破直伸さんによると、このプロジェクトには3つの柱がある。1つ目はスタートアップにとって支援となる法的・政策的枠組みの整備、2つ目は現地のスタートアップと日本企業・投資家との構造的なパートナーシップの促進、そして3つ目は技術の実用性を高め、成長・拡大が可能なビジネスに転換するためのインキュベーター・アクセラレーターの運営である。
Project NINJAの特徴は、スタートアップのための法整備からビジネスを成長させるための実践的なプログラムまで、包括的な支援を提供している点にある。「ローカル・ファースト」という考えのもと、アフリカの起業家を中心に据え、彼らがビジネスを通じてより良い社会の実現に貢献できる道を自ら切り開けるようにサポートしている。
2023年度までに、Project NINJAは世界の発展途上国で824社のスタートアップを支援してきた。支援先には、インドネシアの医療系スタートアップやラオスの金融テック系企業、ウガンダの女性起業家によるコーヒー会社、そしてナイジェリアの農業系スタートアップなどが含まれる。そのうち、アフリカを拠点とする企業は760社以上にのぼる。
日本でのスタートアップ経営の経験に加え、ウガンダやエチオピアでの現地活動経験を持つ不破さんは、アフリカの起業家やスタートアップに大きな可能性を感じ、同僚と共にProject NINJAを立ち上げた。
「アフリカは約14億人の人口を持ち、世界で最も多くの若者たちを抱える大陸だ。若いデジタル・ネイティブ世代が多いアフリカは、新しいサービスを迅速に受け入れ、発展させるのに非常に有利といえる」と、現在ナイジェリアに拠点を置く不破さんは指摘する。そして、様々な社会問題を解決するうえでも、スタートアップが果たす役割への期待やニーズがさらに広がるとの思いもある。
(2022年、ナイジェリアの首都アブジャで開催された、NINJAで選ばれた5名のナイジェリア起業家が投資家にピッチを行うイベント「デモデイ」でスピーチを行う不破さん / 写真:不破直伸)
前述のムングティさんは、2021年にケニアで実施された「NINJAアクセラレータープログラム(ケニア)」の第2期生に選ばれ、12週間にわたる集中プログラムに参加した。このプログラムには合計5社のスタートアップが選ばれたが、ムングティさんにとって、自身の事業を成長させるうえで学びの多い、有益な経験となった。
とりわけ、経理の方法や投資家へのピッチの仕方など、実践的なビジネススキルに関する講習が自身のビジネスの改善やさらなる拡大に大いに役立った、とムングティさんは語っている。
「(NINJAプログラムに)参加した後、農家や農業資材販売業者のアプリ登録者数が大幅に増え、収益も増加した」
シャンバ・プライドは現在、58名のスタッフを雇い、ケニア全土で6万6000戸以上の農家と、4500人の農業資材販売業者がアプリに登録している。プログラム参加後、アプリ登録者数は毎年20%ほど伸びている。
さらに、ムングティさんは2024年に370万ドルの資金調達(プレシリーズA)に成功し、今後タンザニアやウガンダ、ザンビアへの進出を目指している。
Project NINJAは、アフリカの起業家に実践的なビジネススキルを提供するだけではなく、起業家精神やリーダーになるためのマインドセットを育むことにも力を入れている。
エチオピアのテック系スタートアップ、Kabba Transport(以下カバ・トランスポート)のCEO兼共同創業者であるブレン・ハイルさん(35)は、2024年にエチオピアで実施された「エチオピアNINJAアクセラレーションプログラム」に参加し、支援体制の構築方法や長期的なビジネス計画を立てる重要性を学んだ。
「それは私たちのビジネスを成長させただけでなく、創業者としてのリーダーシップも強化する非常に価値のある経験だった」とハイルさんは語った。
(2021年、ブレン・ハイルさん(右)と弟であり共同創業者でもあるレウルさん / 写真:ブレン・ハイル)
ハイルさんはエチオピア商業銀行で10年間働いた後、2021年に弟のレウル・ハイルさん(27)とその友人ナホム・メコネンさん(同)とともに、カバ・トランスポートを立ち上げた。
このスタートアップはアプリを通じて、首都アディスアベバの学生や会社員などの地元住民に、バンやミニバスなどを使った安全で信頼性の高い交通手段の提供をめざしている。
ビジネスを成長させるため、ハイルさんは2024年、3ヶ月間のNINJAアクセラレーションプログラムに参加した。このプログラムでは、対面およびオンラインでのトレーニング、個別のメンターシップ、投資家向けのピッチ準備、他のエチオピアの起業家との共同学習など、さまざまなワークショップが行われた。
プログラム終了後、ハイルさんはすぐに、アプリのユーザー数を現在の1,000人から2030年までに3万人に増やすという野心的な目標を設定した。その目標を達成するために、彼女とチームは積極的に投資家に対してピッチを行い、資金調達の実現に近づいている。
また、ハイルさんはプログラム中に出会った参加者とのつながりが非常に価値のあるものであったと感じている。このNINJAプログラムには、女性3名、男性3名、計6名のビジネスオーナーが参加していた。プログラム終了後も、ハイルさんは他の女性参加者と定期的に会い、課題を共有したり、ビジネスアイデアを交換したりしている。
Disrupt Africaが発表した「2024 African Tech Startups Funding Report」によると、2024年に資金調達を行ったアフリカのテック系スタートアップのうち、18.5%が少なくとも1人の女性共同創業者を持ち、女性CEOが率いるスタートアップは12.5%にとどまるという結果が出ている。これらの数字は、アフリカのスタートアップ・エコシステムにおける男女格差を埋めるにはまだ多くの課題があることを示している。
不破さんは、Project NINJAの本当の強みは、資金調達やワークショップを超えて、起業家同士が支え合うことにあると考えている。参加者たちは、これまでに得た貴重な経験や教訓を共有し、それが次々と他の起業家たちに伝わっていく。「波及効果を期待している」と不破さんは語る。
「どんなに小さな成功でも多くの人々が共有していけば、やがてそれは(スタートアップ)エコシステム全体で大きな動きとなっていく」
「Project NINJAが示すのは、(アフリカにおいて)本当に必要な変化を起こすには官民連携が不可欠だということだ」と不破さんは続ける。それは収益拡大など企業としての成功にとどまらず、「人々の生活に有意義で永続的な影響を与え続けるための変化」を生み出しているのである。
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