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ドローンを活用した血液輸送でモンゴルの交通渋滞から救急医療を救う - 株式会社エアロネクスト(東京都)

2024.10.22

株式会社エアロネクストは自社が知的財産権を持つ次世代ドローン技術をもとに新たな社会インフラを構築する企業です。技術ライセンス事業を行うのみならず、株式会社NEXT DELIVERYという子会社を設けドローン運航事業も行っています。
2024年8月、同社はモンゴル国の首都ウランバートル市で、ドローンによる血液製剤の輸送事業をスタートさせました。急速に車社会化が進むモンゴルで交通渋滞と大気汚染を緩和すべく、「中小企業・SDGsビジネス支援事業(以下、JICA Biz)」にてビジネス化実証事業を行っています。
(契約期間:2024年4月~2026年3月)

ウランバートル市で血液を載せて飛行するドローン

モンゴル国の医療課題

モンゴルでは1990年代の民主化を経て、遊牧生活をやめて定住する人々が急増しました。近年の深刻な「寒雪害」の影響も相まってその傾向は加速し、現在では首都ウランバートル市にモンゴル総人口(約350万人)の約半数が集中していると言われています。未整備なインフラに対して急速な人口集中と車社会化が進み、ウランバートル市は慢性的な交通渋滞に悩まされています。
こうした混雑の中、時には救急車が渋滞に巻き込まれることもあります。狭い道路では周囲の車が道を譲ることができず、救急医療に支障をきたすことも少なくありません。ウランバートル市には輸血センターが1か所しかなく、市内にある約70の病院は、日常的に救急車で国立輸血センターまで血液を取りに行っています。血液の受渡しや運搬には看護師も同行しており、この交通渋滞は救急医療を妨げるだけでなく、輸送に同行する看護師にとっても大きな時間的負担となっています。

エアロネクストの挑戦の第一歩

同社がモンゴルに注目した理由の一つは、モンゴルが親日国であるという点です。JICAは長年にわたり、ODA(政府開発援助)により鉄道や空港の整備を支援しており、日本への信頼感が強い国でもあります。さらに、本プロジェクト担当者である株式会社エアロネクストの川ノ上さん(海外事業開発担当)は、モンゴルにおいて陸路整備に先行して空路(ドローン輸送)の整備が進む「リープフロッグ」の可能性を感じたといいます。
2023年6月には、JICA Bizを通じて、モンゴル国ドローン配達市場規模を調査するとともに、提供可能なサービスの検討を開始しました。また、スタートアップ単体でマーケットを確立するのは困難であるため、同年9月には、モンゴルの大手投資会社Newcom Group、セイノーホールディングス、KDDIスマートドローンらと「モンゴル新スマート物流推進ワーキンググループ」も発足しました。JICAのバックアップもあり、現地の土地測量地図庁から飛行予定エリアの数値標高モデルの提供を受け、フライトプランの作成が可能となりました。

実証実験大成功!!

2023年11月、ついに「国立輸血センター〜モンゴル国立医科大学付属モンゴル日本病院(以下、モンゴル日本病院)」間の血液輸送を行うドローン実証実験に成功しました。外気温-15℃という過酷な環境下でプロペラの凍結やバッテリー性能の低下が懸念され、さらに標高1300メートルという厳しい条件の中での成功でした。
国立輸血センターの院長をはじめ、現地の方々からも大きな反響があったとのことです。実は、この輸血センターは数年前に自力でドローンを飛ばしたものの、飛行ルートや運航体制の問題で断念した経緯があり、今回の成功は大喜びで迎えられたといいます。
今回の成功の背後には、同社の機体構造設計技術「4D GRAVITY®」を組み込んだ、量産型物流専用ドローン「AirTruck」の存在があります。この技術は、ドローンの飛行部と搭載部を分離させ独立に変位可能にすることで、重心の最適化を実現し、機体の安定性や耐風性を向上させています。
固定翼ドローンはスピードが速い反面、一度に運べる重量が1.2kg程度と限られますが、エアロネクストのマルチコプターは、スピードはそこまで速くないものの5kgまで運ぶことができます。1個300g〜400gの血液パックなら、温度管理用の箱に入れても最大で10個を一度に輸送可能です。これにより、多くの病院へは一日一往復で十分対応できるそうです。

血液を載せて国立輸血センターから離陸(左)、飛行するドローン(右)

緊急血液輸送により2名の人命を救助!

こうした定期輸送に加えて、同社は病院から緊急要請を受けて血液輸送を行うこともあります。2024年9月16日には、「事故で運ばれてきた患者の血液型が珍しく、当病院のストックでは足りないため、至急追加で血液製剤を送ってほしい」との依頼をモンゴル日本病院から受け、同社3回目となる血液の緊急輸送を行いました。救急車による輸送ならば交通渋滞に巻き込まれ治療が間に合わなくなる恐れがあったところを、同社のドローン「AirTruck」は片道4.75kmの距離を約13分という極めて短い時間で届けました。この迅速な輸送によって、モンゴル日本病院にて交通事故患者を含む2名の命を救うことが出来ました。(※記事リンク
今回の緊急要請は、丁度その日の定期輸送の準備をしていたタイミングで入ってきたこともあり迅速に対応することが出来ました。現地の運航チームである Mongolian Smart Drone Delivery(以下、MSDD)でCEO(最高経営責任者)を務めているメンドサイハンさんは「病院の要請を受けてから血液を輸送するまで、全て現地チームだけで行うことが出来た。人命救助はこのプロジェクトの目的でもあるため、大変誇りに思う。」と仰っていました。また、治療にあたったモンゴル日本病院の医師からは「救急車だったら輸送に片道約1時間かかりそうな状況だったが、このドローン輸送によって人命を助けることが出来た。本当に感謝している。」との言葉をいただきました。

事業を進めるうえでの行政との関わり

このように同社はモンゴルでのドローン運航事業を進めていますが、日本と海外とで法律が異なることがビジネス展開の際に障壁となることがあります。例えば、日本では2015年に首相官邸にドローンが落下した事件をきっかけに、小型無人機等飛行禁止法が制定されましたが、モンゴルではまだドローンに関する法律が十分に整備されていません。そのためエアロネクストは現状、ドローンに特化した法律がない中、一般的な航空法に基づいてドローンを運用しています。
モンゴルでは継続的な事業での特定ルート飛行は商用飛行と見なされるため、事前に商用に特化した飛行許可を取る必要があります。しかし、モンゴルの行政はこのライセンスが制度上は存在しているもののモンゴル国内で取得された実績がないため、慎重な姿勢を示しました。特に、航空分野は国家安全保障にも関わることなので、いくら親日国であるとはいえ、日本を含む外国事業者としてこのライセンスを取得することは現実的ではなかったと言います。そこで、エアロネクストは現地で業務連携しているNewcomグループがドローン事業を行うために設立した子会社MSDDによる商用飛行用のライセンス取得を目指し、実現させました。現在MSDDは、モンゴル国内で商用飛行用のライセンスを有する唯一の企業となっています。
現在、モンゴルでは既存の航空法の枠内で無人航空機として規定されていますが、ドローンの普及を踏まえ、無人航空機に特化した法律が国会で審議中です。この法律はまだ整備途上にありますが、日本の事例を参考にしながら、効果的な産業振興につながるものになるよう提案していくと川ノ上さんは言います。

インタビュー ~事業担当者の生の声~

ここまでエアロネクストのモンゴルでの事業を紹介してきましたが、本事業を主導する川ノ上さんに、JICAインターン生の小野寺が現場目線でのお話を伺いました。


JICA:モンゴルで事業展開を決めた際の経緯を教えてください。

川ノ上さん:実は、モンゴルとドローンの組み合わせには2016年ごろ、エアロネクストの事業に参画する前から注目していました。ドローンなら、住所がない場所でもGPSを使ってある程度正確に荷物を届けることができます。これは遊牧民との相性が良いのではないかと考えていました。そして、2022年に現地調査に入り、都市部と草原の両方で需要がありそうだと判断し、JICA Bizに企画提出。幸運にも採択いただいたことで事業化に向けて動き出しました。

JICA:この事業を進める上で、社内で同じ志を持つ人をどのように増やしていきましたか?

川ノ上さん:やはり必ずしも最初から良い反応を貰えるわけではなかったです。実際に現地に行かなければ「なぜモンゴルなのか」は理解しにくいので。しかし、現場を訪れた社員から徐々に社内の雰囲気が変わっていきました。例えば、駐車場が不足しているため路上駐車が溢れていたり、深刻な交通渋滞により通常なら車で20分のところを3時間以上かかったりする状況を体験することが出来ますから。日本モンゴル病院の院長先生など現場で本当に困っている人の声を聞いてもらうことも、理解を得るためには重要だと考えています。

JICA:モンゴルでビジネスを進める中で、予期しなかった障壁があれば教えてください。

川ノ上さん:現地パートナーとのやり取りでは課題がありました。それは、日本と比べた際の安全意識の違いです。日本人は最悪の事態を想定して行動することが多いですが、モンゴルではその意識が異なり、まずやることが先に来てドローンの法規制も緩いままです。都市の発展状況や人口密度など環境が異なるので、日本ほど厳しくする必要はありませんが、緩い規制の中で重大な事故が起これば、日本同様に一瞬で厳しい規制が適用される可能性もあります。そうなってしまえば、ドローン実装・技術革新に相性の良い自然・社会環境があったとしても産業が立ち上がりませんので、両者の間で適切なバランスを取ることが求められています。また、こうした法律の情報を入手したりキーパーソンとのコネクションを構築したりする上で、JICAの後ろ盾は大きかったです。単体では海外で事業を始めることに躊躇しがちなスタートアップも、ぜひJICAの制度を使っていってほしいです。

今後の展開

最後に、この血液輸送事業によって病院は輸送コストを削減できるだけでなく、看護師の空いた時間を活用することで医療サービスを更に改善することが可能になります。また、同社は血液輸送事業にとどまらず、今後の更なる事業展開も視野に入れています。例えば、既存の飛行ルートを活用して病院スタッフに血液以外の物資を届けることや、病院以外の施設(住居やレジャー施設など)へルートを拡張して日常の買い物や食事配送にも利用できるサービスにすることを検討しています。
現在はウランバートル市のみでの展開ですが、モンゴルを足掛かりに、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタンなど中央アジアへの進出も視野に入れているとのことです。

編集後記

ドローンによる交通渋滞の解決というのは既存の政府から政府への支援の在り方にとどまらない新たな発想によるもので、まさに日本の民間企業の技術とアイディアが生かされた事業だと感じました。日本のドローン会社がモンゴルで人命を救うというのは、まさに民間連携事業の醍醐味ではないでしょうか。技術移転も徐々に進み、現地チームのみでの運航も可能になっているとのことで、モンゴルの民間セクターがますます活況になっていく未来が見えました。インタビューに応じてくださった株式会社エアロネクストの川ノ上さん、貴重なお話をありがとうございました!

エアロネクスト川ノ上さんへのヒアリングの様子(2024年9月)

(民間連携事業部インターン 小野寺一翔)

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