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課題情報の発信(保健医療)

途上国では、医療サービスの提供体制が極めて脆弱です。これにより、感染症、母子保健、非感染性疾患、外傷など様々な健康に関する課題への対応が遅れており、深刻な状況が続いています。これらの課題の背景や要因や、民間のサービスによる改善を図るためのビジネス展開の注意点などを紹介します。

1. 途上国の課題

途上国の保健医療に関する課題の背景には、地理的、金銭的な理由による医療施設へのアクセスが限られていること、疾患に関する知識が不十分であることが挙げられます。その背景を踏まえて、「医療サービス提供体制」「感染症」「非感染性疾患」「母子保健」の各課題において、企業が改善できうる保健医療サービス提供者側の課題の要因をご紹介します。

開発途上国の保健に関する課題の概要

課題01:脆弱な医療サービス提供体制

課題02:脆弱な感染症対応能力

課題03:非感染症疾患(NCDs)の増加

課題04:継続性・質が不十分な母子健康サービス

2. JICAの事業戦略(グローバルアジェンダ)

JICAは、様々な健康に関する課題に対応できる「保健医療体制強化の推進」をグローバルアジェンダの目的とし、日本の強みや経験が活かせる分野として4つのクラスター(協力方針)を設定しています。(1)中核病院診断・治療強化、(2)感染症対策・検査拠点強化、(3)母子手帳活用を含む質の高い母子継続ケア強化、(4)医療保障制度の強化クラスターです。

グローバルアジェンダの目的

人々の生活の基盤となる健康を守る体制作りを推進すべく、「治療」、「警戒」、「予防」の3本柱のもと、中長期的な観点から各国の保健医療システムの強化に取り組む。

社会的経済的弱者を含むすべての人が必要なサービスを、経済的困難を被ることなく受けられるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ 達成に貢献する。
すべての人が適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられること


【参考】JICAグローバルアジェンダ 「保健医療」
https://www.jica.go.jp/activities/issues/health/index.html

3. サブセクター説明

途上国の課題をもとに、保健医療分野におけるビジネスニーズや事業展開国を検討する際のポイント、企業の展開事例などを、「医療サービス提供体制の強化」「感染症対応能力強化」「非感染性疾患対策」「継続的かつ質の高い母子保健サービスの提供」のサブセクターに分類して説明します。なお、これ以外に、眼科・歯科ケア、高齢者ケアなどに関連する日本の製品・サービスも開発途上国で求められています。

日本の製品・サービスが求められるサブセクター

医療サービス提供体制の強化

  • 現状と課題
  • 医療サービスを提供するにあたって、人、モノ、情報、予算が脆弱
  • 現地ニーズ
  • 診療・治療体制の強化
  • 医療施設における混雑解消と効率的な診療体制
  • 医療施設・部門間での情報の共有

対象国選定のポイント

情報通信技術などは、競合企業が市場参入しやすい。そのため、対象国選定では、同国における競合の動向を十分に確認する必要がある。
関連省庁の体制が安定しており、新しい技術・サービス導入に意欲・協力が十分であるか事前に見極める必要がある。

想定される民間技術(例)

  • 遠隔医療技術
  • 医療従事者の能力向上に資するサービス・製品
  • 医療従事者の業務負担軽減・効率化に資する技術
  • 医療資材・医薬品在庫管理、医療機材管理システム
  • 医療DX(電子カルテ(EMR)、検査管理システム(LIMS)等)
  • 患者の搬送や物資の輸送技術

遠隔医療診断ネットワークシステム

遠隔医療診断ネットワークシステム
株式会社アルムが開発した医療関係者向けチャットアプリ。
MRI画像や血液検査データなどの医療データを医療者間で共有するシステムをルワンダの医療施設に導入することで医療格差の是正を目指す。

日本の製品・サービスが求められるサブセクター

感染症対応能力強化

  • 現状と課題
  • 感染予防・感染拡大防止、検査・診断、治療を補完する製品が不足しており、感染が拡大した際に多くの人々が医療サービスにアクセスできない
  • 感染症に対する知識や意識が不十分
  • 現地ニーズ
  • 上位から下位までの医療施設での感染症検査機器不足を解消し、住民への感染症検査サービスの拡大
  • 院内・市中感染などを防ぐ製品
  • 急な感染拡大や農村部での検査を可能とする簡便・安価・迅速検査キット

対象国選定のポイント

国・地域によって課題となる感染症は異なるため、統計情報を確認することが重要。
基本的には感染症の流行が深刻な国・地域が候補となるが、流行の時期や程度により、製品・サービスの需要に変動があることが想定される。直近の流行だけでなく、経年で地域別、季節別に感染症の動向を把握することが重要。

想定される民間技術(例)

  • 感染予防・感染拡大防止
  • 市中・院内感染対策製品
  • 感染者の追跡・モニタリング製品
  • 非接触・非対面型製品
  • 検査・診断・治療
  • 非接触型問診、診療システム
  • 大量・迅速・簡易検査キット
  • 治療用医療機器
  • 遠隔診断技術
  • 常温保存可能な診断用試薬

多剤耐性結核の早期診断に有用な結核診断キット

多剤耐性結核の早期診断に有用な結核診断キット
ニプロ株式会社が開発した従来の検査方法から大幅に検査機関を短くした結核診断キット。インドネシアの5つの病院への導入が決定した。

日本の製品・サービスが求められるサブセクター

非感染性疾患(NCDs)対策

  • 現状と課題
  • 開発途上国でも、国の発展に伴い死因の上位の大半をNCDsが占める
  • NCDsの死亡は低・中所得国で多く、その大半は働き盛り世代である
  • 生活習慣の改善を含む予防が重要であるが、人々の予防に対する意識が低く、早期発見・早期治療ができていない生活習慣のモニタリング・改善に関する製品・サービスが充実していない
  • 現地ニーズ
  • 安価・簡便で農村部でも使用が可能な、早期発見、早期治療、重症化予防に結びつく製品・サービス
  • 予防や治療後の支援に資する健康管理機器、運動習慣を促すサービス

対象国選定のポイント

NCDsの状況(罹患数と死亡者数、地域による医療格差など)を把握する必要がある。
対象国の政府がNCDs対策をどの程度優先しているか、既存の国家対策プログラムを評価し、ビジネス展開を目指している技術や製品が補完できる分野を特定する。

想定される民間技術(例)

  • 健康スクリーニングや健康診断、健康食や運動など、予防に貢献する製品・サービス
  • NCDs発症前の予備軍を特定し、簡易的迅速に早期発見・早期治療ができる製品・サービス
  • 非感染性疾患の重症化予防を促す製品・サービス

内視鏡を用いた肺・気管・気管支がんの内視鏡診断技術

内視鏡を用いた肺・気管・気管支がんの内視鏡診断技術
富士フイルム株式会社が有する内視鏡機器とあわせ、日本の医療機関と連携して現地での技術トレーニングを実施し、日本式のがん診断ノウハウの普及を目指した。

日本の製品・サービスが求められるサブセクター

継続的かつ質の高い母子保健サービスの提供

  • 現状と課題
  • 妊産婦死亡率、5歳未満児死亡率は大きく改善したものの、未だ目標には達成していない
  • 母子保健サービスへのアクセスは改善しつつあるものの、そのサービスの質は高くない
  • 現地ニーズ
  • 母子保健医療サービスの質・アクセスの格差改善
  • 母子健康記録
  • 妊娠合併症の早期診断
  • 新生児医療サービスの拡充

対象国選定のポイント

妊産婦死亡率、新生児死亡率など母子保健指標の低い国・地域が候補となる。
JICAの母子保健プロジェクトが実施されている国は多く、これらの国での展開に際してはJICAの知見を活用できる可能性がある。

想定される民間技術(例)

  • 緊急の場合のリファラルシステム(※)強化に資する製品・サービス
  • 農村部、貧困地域であっても妊産婦や子どもが標準的な保健医療サービスを利用できる技術・サービス
  • 妊娠合併症を早期発見・対応を促す製品・サービス
  • 出産前、出産後のケアを支援、モニタリングする製品・サービス
  • 救急搬送体制をサポートする製品・サービス

診療所などの低次医療施設では診療できない重症患者を、より高度な医療設備と技術を有する高次医療施設(病院)へ紹介・搬送するためのシステム

電子母子手帳システム

電子母子手帳システム
株式会社ラネックスが開発した電子母子手帳システムをセネガルで展開することで、妊娠週数に応じた健診や予防接種等の必要な情報を妊産婦が自ら入手できるほか、オンライン遠隔診察が受けられるようになる。

4. ビジネス展開上のTIPS

法規制の把握

法規制の把握が重要です。

医師法、薬事法の確認が必要です。現地の医療従事者への助言や研修実施にあたって、法令に抵触する可能性があります。
また、医療機器やIT製品の輸出・販売にあたっては、製品登録や販売ライセンスの取得が必要となることが多くなっています。
政府機関等への販売を想定する場合は、政府調達関連法令・手続きの確認も重要です。

顧客と最終裨益者の確認

顧客と最終裨益者を明確にしたビジネスモデルを設計しましょう。

保健医療分野のビジネスモデルでは、製品・サービスの購入者と最終裨益者が異なる場合があります(政府機関・医療施設等が製品・サービスを購入し、患者に無料でサービス提供する場合など)。製品とお金の流れを整理することが重要です。

保健関連の財政状況や人材の技術レベル

ビジネスを持続するために、保健に関する財政状況や医療従事者の技術レベルを確認しましょう。

たとえ一定期間はビジネスを展開できても、製品・サービスを購入するための資金力や人材の技術レベルに見合っていなければ、ビジネスは持続しません。事前にそれらの情報を確認しましょう。

保守・メンテナンス

機器の保守・メンテナンス方法について事前に検討しておきましょう。

途上国では、医療機器の保守・メンテナンス人員が不足していることが多くあります。故障時の対応についても事前にしっかりと検討しておきましょう。

疾病構造の把握

感染症やNCDsなど、どのような疾病が国の課題となっているのか、確認しましょう。

一般的に、最貧国では感染症が大きな課題になっており、国が発展するにつれて、非感染性疾患による死亡割合が感染症による死亡割合を上回ります。国全体のニーズをまず把握しましょう。

5. 統計情報等

1)主な統計の使い方

世界保健機関(WHO) 各国の平均寿命や各死亡率・死亡者数、人口に占める患者の割合、感染率、医療費の推移、病院数・病床数、各医療従事者(医師、看護師、専門医、薬剤師など)の数など、様々な保健統計を検索できるデータベースを提供しています。

2)その他の統計