「泥臭い粘り強さ」

【写真】道藤 祐司さんアスンシオン日本人学校 校長
道藤 祐司さん

■写真:今年で創立40周年を迎えたアスンシオン日本人学校

今回は、2021年4月からパラグアイ共和国の日本人学校で校長をしている道藤祐司先生にお話を伺います。(聞き手:JICA中部 市民参加協力課)

まず初めに、自己紹介をお願いします。

任地のガーナ人教師と 最後は日本的価値観を分かち合うことができた。

2021年4月より、パラグアイ共和国アスンシオン日本人学校校長を拝命しました。これまでの三重県での中学校教員としての勤務、香港日本人学校勤務、そして青年海外協力隊ガーナ派遣の経験を生かし、教育者としての集大成となる仕事を、ここ南米で果たす覚悟で今回の日本人学校勤務に取り組みたいと思っています。

現地や学校の様子について教えてください。

ガーナ ボルタ州教育事務所に貼られたHARD WORKの文字

アスンシオン日本人学校は、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、昨年3月31日から全ての授業をオンラインで行ってきました。全校児童生徒は12名(小学部8名、中学部4名)という小規模校で、文部科学省より日本から派遣された教員が自分を含め6名、そして現地採用の教職員5名を合わせた11名のスタッフが力を合わせ、日本の学習指導要領に沿った教育を、アスンシオン在住日本人子女に行っています。教科指導以外にもパラグアイ現地理解教育や日本人移住者の歴史学習など、パラグアイ在住だからこそできる教育を行っています。子どもたちの視野を広げ、グローバル人材育成につなげられるよう、現地の日本人移住者の方々やJICAパラグアイオフィスと連携し様々な場面でサポートをいただいています。二学期より、安心安全を最優先としながらも感染状況を確認し、児童生徒が対面で授業を受けられるよう、学校運営委員会、大使館の指導を仰ぎ準備を進めているところです。パラグアイ国内では、予防接種も進み、感染者も減少傾向にある反面、死者がなかなか減少しない状況が続いており、今後の学校運営において様々な判断が難しいのが現状です。

協力隊の経験はどのようなことで生きていますか?

JICA中部で展示しているパネル。未来を切り開くのは「泥臭い粘り」

「周りの人間との信頼関係」なしに校長の仕事は成り立ちません。初対面でインパクトを与えられたら効果的ですが、こうした第一印象は一過性のものに終わることも多いのが現実です。私は、協力隊経験の中で『”Hard work”への価値観は、世界共通である』と感じました。最終的には、『”Hard work”を継続したことでわかり合えた』という実感が、日本人学校において、日本全国から集まった教員とパラグアイ人現地スタッフと共に教育活動を行う上で大きな礎となっています。
日本人学校は、国内の学校と違い、教育委員会の指導を仰ぎながら教育活動を行うわけではなく、何事も独自の判断が求められます。更にコロナ禍の昨今、前例に従っての意思決定がなかなか通用しません。協力隊活動でも多くの試行錯誤を重ねて、遠回りしながらも努力を重ね・・・カウンターパートとの信頼関係を築きながら・・・時には、泥臭さだったり粘り強さが必要となります。コロナ禍が収束したとしても世の中の変化のスピードは更に加速していくことでしょう。在外の地だけではなく、こうした変化の激しい将来においても、粘り強く対応していく力は、今後ますます求められる資質だと思っています。
日本から遠く離れた南米パラグアイでの学校運営において、文字通り「泥臭い粘り強さ」を発揮し、アスンシオン日本人学校の子どもたちのために尽力する所存です。

今後、中部地域の学校との交流する計画等はありますか?

5月8日に入学式を対面で行いました。

日本では、パラグアイについての情報が極めて少ないことを約3ヶ月暮らしてみて痛感しています。ですからまずは、パラグアイのことを桑名市内の学校に発信していきたいと考えています。最終的には、パラグアイ人と日本の教室をつなぎたいと思っていますが、コロナ禍でもあるため、まずはオンラインで桑名市内の中学校の教室と日本人学校をつなぎ、私が南米、パラグアイについて生徒のインタビューに答えるスタイルで10月開始を目指し打ち合わせを進めています。パラグアイには約7,000人の日系移住者が暮らしています。1930年代からという比較的新しい移住であるため、パラグアイの日系人は「南米で最も美しい日本語を話す」とさえ言われます。日本以上に日本文化の継承に努め、日本語教育も盛んに行われています。コロナが落ち着いたら、日系人児童生徒と桑名の子どもたちをつなげたいと考えています。そして日本語のコミュニケーションが可能であることを生かし、桑名の子どもたちの視野を少しでも広げられればと思います。
まずは、パラグアイファン、南米ファンを増やすところからスタートし、最終的には、多文化共生社会の担い手、グローバル人材の育成に貢献できればと考えています。