JICA地方マスメディア派遣プログラム(バングラデシュ) 取材レポート
2026.04.20
今回の取材先がバングラデシュに決まったとき、不思議な縁を感じた。学生時代に同国を訪れ、2か月ほど滞在したことがあるからだ。若さに任せて飛び込んだダッカの喧騒は、今でも強烈な記憶として残っている。あれから約10年がたち、この国は確かに変わった。首都中心部を貫く都市鉄道に、スマートフォンを片手に足早に行き交うビジネスマン。かつてほとんどの工程を人の手に頼っていた縫製工場では、オートメーション化が急ピッチで進められている。
縫製工場で働く工員たち=ダッカ市
通勤ラッシュ時の交通渋滞=ダッカ市
こうした経済成長の一助を担ってきたのが、日本の国際協力だ。バングラデシュにとって日本は最大の援助国であり、長年にわたってさまざまな分野で開発と成長を後押ししてきた。今回のプログラムでは、国際協力機構(JICA)を中心とした支援の現場を取材させていただいたが、紙面で紹介できたのはその一端にすぎない。全てを伝えきれないことにもどかしさも感じたが、それはまたこの国を訪れるための口実としたい。
記事化したONODA社以外にも、日本企業による多様な取り組みの現場に足を運んだ。その一つが、同国の福祉分野で進出を図る名古屋市の企業「ジェネラス」によるプロジェクトだ。ダッカにあるリハビリセンター「CRP(Centre for the Rehabilitation of the Paralysed)」で活動し、理学療法士の人材育成やリハビリの技術移転を通じて、関係構築を目指している。
車椅子バスケットボールを楽しむ人たち=ダッカ市のCRP
同国ではそもそも、リハビリの概念が十分に浸透していないという根本的な課題がある。大きな手術を終えた患者が、その日のうちに退院することも珍しくないという。同社はそうした現状を踏まえ、継続的なリハビリにつなげる体制作りから模索している。制度や環境が十分に整っていない中で、現場の課題に向き合いながら一歩ずつ信頼を築いていく。その姿勢は、短期的な利益よりも長期的な協働を重んじる日本型支援の一端を示しているように感じられた。
リハビリ患者の話を聞くジェネラスの担当者㊧=ダッカ市のCRP
インフラ関連で取材したのは、供用開始を目前に控えたハズラット・シャージャラール国際空港の新ターミナル。既存の第1、第2ターミナルが手狭となり、増加する旅客需要に対応しきれなくなったことから、日本の円借款で整備が進められた。新ターミナルは洗練されたデザイン設計で、ガラス張りの大空間は自然光に満ち、従来の施設とは一線を画す開放感が広がっていた。
ターミナルの地中には、愛知県の杉江製陶が製造したセラミック製の管が敷設されている。リサイクル原料を活用し、耐久性と環境負荷の低減を両立させた製品だという。管はすでに地下に敷設されていたため直接目にすることはできなかったが、日本企業の技術がこの国のインフラを足元から支えていることが実感できた。
供用開始間近のハズラット・シャージャラール国際空港の新ターミナル=ダッカ市
新ターミナルの内部=ダッカ市のハズラット・シャージャラール国際空港
バングラデシュに滞在して強く印象に残ったのは、日本の存在感の大きさだった。その背景には、円借款や技術協力をはじめ、長年の国際協力の積み重ねがある。滞在中、ダッカ市内を走る都市高速鉄道(MRT)に乗ったときのことだ。街の喧騒を見下ろしながら走る車内で、隣に座った乗客から突然声をかけられた。私が日本人だと分かると、彼は笑顔で「この鉄道は、JICAがつくったんだよ」と教えてくれた。
JICAの援助で整備された都市高速鉄道=ダッカ市
他国の援助機関の名が一般の市民の間にまで浸透している。その事実に、素直な驚きと喜びを覚えた。取材で出会った日本企業の担当者たちもまた、「日本への信頼を感じる」と口をそろえる。国際協力は本来、見返りを求めるものではない。それでも、こうした信頼こそが、長年にわたる支援の一つの結実なのではないかと思う。
夕日が沈むブリガンガ川=ダッカ市
中日新聞記者・西浦梓司