【岡山県:実施報告】2025年度 JICA中国・四国 教師海外研修授業実践 和気町立和気中学校
2026.03.04
2026年1月14日(水)、JICA中国・四国の教師海外研修に参加し、ラオス人民民主共和国を訪問した、和気町立和気中学校の原田真木子先生が、1・2年生の道徳の授業でラオスでの学びを生かした授業実践を行いました。
授業の導入で、原田先生は「もし、こんなポスターを見かけたらどうしますか?」と問いかけ、街中で見かけるような『募金にご協力ください』と書かれたポスターを見せました。生徒の反応は「募金する」と「募金しない」で、ほぼ半々に分かれました。
「募金する」と答えた生徒の理由は「開発途上国の子どもたちに教育を受けてほしい」「小学生が学校へ行けないのはかわいそうだから」。「募金しない」と答えた生徒の理由は「集めている人が信用できるか分からない」「募金が本当に届くのか不安」「面倒くさい…」など。生徒たちはそれぞれの立場から素直な意見を出し、募金の背景や“支援する・しない”という判断について考えるきっかけとなったようです。
続いて、「国際協力って何だろう?」という文章を読みました。この話を書いたのは、初めて海外旅行をした際に、お父さんの赴任先であるネパールを訪れた日本の子どもです。現地で貧しい身なりをした幼い女の子が近づいてきて、お金を求めてきた経験が語られていました。その子は「助けてあげたい」と思い、1ルピー(約2円)を渡そうとしましたが、お父さんに制止されたそうです。同時に、お父さんから「自己満足のための援助ではいけないよ」と言われ、大きなショックを受けました。わずか1ルピーなのに、なぜいけないのか?お父さんの言葉に反発を覚え、どう捉えればよいのか深く考え込んでしまった、という内容でした。
生徒たちは難しい問いに頭をひねりながらも、少しずつ意見を出し始めました。
「その少女をひとり助けても、他にも困っている人がたくさんいるのではないか」
「お金をあげた“自分”に満足してしまうのが、よくないのかもしれない」
「一度お金を渡すと、まあ1回渡したしこれでいいか、と思ってしまい、問題の解決にはつながらないのでは」
生徒たちは、自分の行動の意味や影響について真剣に考え、一時的な支援と本当に相手のためになる支援の違いについて想像しました。
日本の同年代の生徒が体験したエピソードは、和気中学校の生徒たちにとって「人を助けるとはどういうことか」「相手に本当に役立つ支援とは何か」といった、国際協力の本質を改めて考えるきっかけとなったようでした。
授業の後半では、「もし自分が開発途上国の子どもだったら、何が一番ほしいだろう?」という視点で考えてみました。
2年生は2つのグループに分かれ、それぞれが異なる開発途上国で暮らす子どもになりきります。1年生は、日本の中学1年生としての立場から、それぞれが自分にとって本当に必要なものはなにか、想像していきました。
開発途上国の子どものシナリオを読んだ2年生の生徒は、最初に必要なものとして「人権」をあげていました。そして、きれいな水、教育を受けられる環境、パン(食べ物)、医療、お金、テレビ、働く場所、工場の技術…と続きました。2年生の意見を聞いた1年生は、考え込みながらも最初に必要なものとして「教育」を上げました。興味深いのは、開発途上国の子どもの設定で考えた2年生の2つのグループと、日本の中学1年生の考える「わたしに一番必要なもの」の多くが異なっていたことです。生徒からは次のような気づきが出てきました。
「相手の状況を何も知らないままこれをあげればいい、と決めてしまうのは違うのではないか」
「欲しいものは人によって違う。自分が必要だと思うものが、相手にとって必要とは限らない」
「本当に困っていることを知らないと、助けたつもりでも助けにならない」。
生徒たちは、「支援とは自分が良いと思うものを一方的に渡すことではなく、相手の立場に立って考えることから始まる」ということに気づいたようでした。
授業後、開発途上国に暮らす13歳の男の子になりきった生徒はそばで見守っていた校長先生から声をかけられました。授業を受けてみてどうだった?と聞かれ、「相手の状況をよく知らないといけないと思いました」と感想を述べていました。
生徒の中には、今後、実際に募金をする機会がある子もいるかもしれません。その際は、単にお金を出すだけでなく、募金のその先にいる相手の背景や状況に想いを馳せたり、彼らが本当に困っていることは何かを想像したり、ときには調べたりと、一歩踏み込んだ行動につながるのではないか、と感じた授業でした。
原田先生がラオスで得た経験や気づきが、これからもさまざまな形で子どもたちへ伝えられ、国際理解教育の広がりにつながっていくことを期待しています。
(報告:岡山県JICAデスク)
教室からは活発に意見が出ていました
コーヒー農園で働く、学校に行けない13歳の男の子を想像して、自分に必要なものを考えていた二人