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【島根県:出前講座 実施レポート】「フィリピンで出会えた仲間たちは人生の宝物」

#1 貧困をなくそう
SDGs
#4 質の高い教育をみんなに
SDGs
#10 人や国の不平等をなくそう
SDGs

2026.03.31

講演をしている曽田さんの様子

JICA海外協力隊の体験談から知る、「フィリピンと日本、違うところと同じところ」

島根県にある松江市立城北小学校6年生の社会科の授業では、「世界の未来と日本の役割」をテーマに学習を進め、これまでにアメリカ、イギリス、フランス、中国、ロシアなどの国について学んできました。さらに、この単元では、地球規模で発生している課題を知り、その解決に向けた各国の連携や協力などに着目し、国際社会において日本がどのような役割を果たしているのかを学びます。教科書には国際社会への日本の貢献の一つとして「国際協力」の意義が取り上げられていることから、今後国際協力について学習を深めていくにあたり、「JICA海外協力隊として活動された方の話を子どもたちに聞いてもらいたい」という担当の先生の希望があり、2026年2月25日、今回の特別授業が実施されました。
支援を必要としている多くの国で、日本のNGOやJICA海外協力隊が活躍している現状をふまえ、次の2つの点を重視して授業が展開されました。一つ目は「日本と同じところ、違うところを考えること」、二つ目は「海外で活躍する日本人ボランティアについてより深く知ること」です。

今回講師として登壇したのは、JICA海外協力隊員としてフィリピン共和国の農村部の障害者団体に派遣され、障害者の自立支援の活動に取り組まれた曽田夏記さんです。「フィリピンで障害のある仲間たちと出会えて-人生の宝物の2年間-」というタイトルで、これまでの経験について語ってくれました。
講演のはじめに曽田さんは、「私が行ったことのある国は何か国だと思いますか?」と問いかけました。さまざまな予想が出る中で、「実は50か国です」という答えが発表されると、会場からは驚きの声があがりました。

学生時代、サッカーに打ち込んでいた曽田さんは、20歳のときに突然歩くことができなくなり、現在は車いすで生活しています。歩けなくなったことで、さまざまな可能性が閉ざされたように感じ、ほとんど外出しない生活を送っていた時期もあったといいます。
そんなとき、障害のある海外の方の映像を目にしました。その中で発せられたのは「たとえもし、あなたが他の人のように歩けなくても、どこに行くかを決めることは、あなたにも出来るはずだ」という言葉でした。
「他の人と同じようにできなくても、自分にできることがある」と気づきを得た曽田さんは、その後アフリカのルワンダへ渡航。足に障害のある人たちの調査を行う中で、他者のために活動する人々の姿に勇気づけられたといいます。
その経験を経てJICAの職員として働き始めましたが、足に障害があることから仕事が制限されるため、悔しい思いをすることもありました。「障害のある自分には何ができるのだろうか」。その思いからJICA職員を休職し、JICA海外協力隊に応募。見事合格し、フィリピン・イロイロ州の障害者団体で活動することになりました。

講演では、まずフィリピンの食文化について紹介がありました。
日本の焼きそばに似た料理や、日本ではあまり食べる機会のないナマズ料理などが紹介されると、児童たちは興味津々。さらに、フィリピンではごはんと一緒にコーラを飲むことも多いという話に、「えー!合うのかな?」と友達同士で話し合う姿も見られました。
また、フィリピンは日本と同じ島国で、7,000以上の島から成り立っていること、地域によって話す言語が異なることなども紹介されました。曽田さんが現地で使っていた言葉を教えてもらうと、児童たちは楽しそうに真似をし、教室は和やかな雰囲気に包まれました。

曽田さんはイロイロ州の障害者団体に派遣され、現地の手話や言葉を学びながら、さまざまな障害のある人たちの相談に乗る活動を行っていました。
フィリピンでは、ベッドから車いすへの移乗など、日常生活に必要な支援を行うヘルパー制度が整備されていなかったり、車いすのまま乗ることのできる自動車の数が足りていないなどの理由から、外出すること自体が難しい障害者も多いといいます。
そこで曽田さんは、「それなら自分たちから会いに行こう」と仲間たちと話し合い、「障害のある人たちのお宅訪問」を始めました。休日の土曜日にボランティアとして、1日に4~5軒ほどの家庭を訪問していたそうです。

JICA海外協力隊としての活動期間が終わりに近づいた頃、フィリピンを大型台風が襲い、イロイロ州でも約200人が亡くなるなど大きな被害が発生したそうです。避難が難しかった障害のある人たちが高波に流されてしまうなど、痛ましい出来事もあったそうです。
この経験を通じて曽田さんは、災害時に助け合えるよう、普段から互いに支え合える関係を築いておくことの大切さを強く感じたといいます。
一方で、障害のある人たちも被災者を支援する活動に立ち上がりました。耳の聞こえない人、歩くことが難しい人など、さまざまな障害のある仲間たちが、被災した人たちへ物資を運ぶ活動を始めたそうです。
「耳が聞こえなくても力仕事はできる」、「歩くことが難しくても物資の在庫管理はできる」。それぞれができることを生かして助け合う姿に、曽田さんは大きな感動を覚え、仲間たちの強さを改めて実感したと話します。

講演の最後に、曽田さんは次のように語りました。
「障害のある自分を誇りに思えるようになったのは、フィリピンの人たちに出会えたからです。私はたまたま海外で自分を変える出会いがありました。引きこもっていた頃の自分に『大丈夫だよ。フィリピンの仲間たちに会えるよ』と言ってあげたいです。」

講演の後には、児童たちから感想が寄せられました。
「今日の話を聞いて、日本のことだけでなく、海外への支援がこれからの世界で大切だと感じました。」
「曽田さんの経験がとても衝撃的でした。」
「曽田さんの人生を通して、外国のことや、日本と同じところ・違うところを知ることができて面白かったです。」

フィリピンの仲間たちの姿から、「心を込めて一生懸命に人と関わること」の大切さを学んだという曽田さん。現在は障害者支援団体に所属し、障害のある人同士が力を出し合える社会づくりを目指して活動を続けています。

曽田さんの歩んできた人生とその言葉は、まもなく卒業を迎え、新しい世界へ踏み出す6年生の子どもたちにとって、これからの未来を考える大きなきっかけになったことでしょう。

担当の先生が提示したこの講演のめあて

生徒からの質問に答える曽田さん

講演後に撮影した1枚

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