【民間連携事業】海の向こうに「足こぎ車いす」を届ける株式会社TESSの挑戦

2024.03.22

足こぎ車いす『COGY』は、足元にペダルが付いた一風変わった車いす。人間に備わった原始的な歩行中枢の働きを利用して、足が不自由な方でも自らの足でペダルをこいで進むことができ、障害者や高齢者の移動手段やリハビリ機器として効果を発揮します。
開発、製造、販売を手掛けるのは、東北大学発のベンチャー企業・株式会社TESS(宮城県仙台市)。同社は、JICAの民間連携事業を活用して足こぎ車いすの海外展開に取り組んでいます。

東日本大震災をきっかけに始まった海外事業への挑戦

株式会社TESSが海外進出に向けて動き出したのは、会社設立5年目にあたる2012年のこと。前年の東日本大震災で日本での事業計画は全てストップ。被災地の避難所で足こぎ車いすを使ってもらう活動をしながら、会社の今後を検討していた時、復興支援に携わっていた開発コンサルタントの方にベトナムでの事業展開を提案されたことがきっかけでした。TESS社の代表取締役、鈴木堅之さんは当時を次のように振り返ります。

「ベトナムには、ベトナム戦争の枯葉剤の影響で障害を持って生まれてくる子どもがたくさんいる。足こぎ車いすがあれば、子どもたちは寝たきりの生活を脱することができるかもしれない。そんな話に心を動かされる一方で、海外なんてハードルが高いのでは……とも感じていました。そんな時にJICAの民間連携事業を知り、まずはこの制度を活用してベトナムの現状やニーズについて調査することからチャレンジしようと決めたのです」

足こぎ車いす『COGY』

JICA事業の信用を後ろ盾に、ベトナム全土の病院を訪問

事業が採択されると、2012年8月から約半年間にわたる調査を開始しました。期間中2~3度の現地渡航を実施し、政府機関や各地の医療施設などを訪問。足こぎ車いすを紹介するとともに、現地の医療体制やリハビリの現状についてヒアリングを重ねました。異国での活動はわからないことだらけでしたが、それでも多くの現地機関に接触することができたのは、この活動にJICA事業としての信用があったからだと鈴木さんは話します。「見ず知らずの土地で『株式会社TESSです』と名乗ったところで、受け入れてくれる病院はありません。JICAの事業であることで、ベトナム全土どこの病院でも歓迎してもらえたのは本当にありがたかったですね。現地の方との対話を通じて、具体的な事業計画を検討するうえで重要な情報を得ることができました」

ハノイ政府保健機関でのヒアリングの様子

情報収集のため、障害を持つ方が働く職場も訪問

大切なのは、その価値を伝えること

しかしながら、たとえ話を聞いてもらえても、製品への反応となれば別問題。初めて足こぎ車いすを見た医療関係者の多くは「これで不自由な足が動くわけがない」とその効果に懐疑的でした。状況が大きく変わったのは、ベトナム北部最大の国立病院・バクマイ病院を訪ねた時のこと。2~3日前に高所から転落し、脊椎損傷で体を動かせなくなってしまった男の子に、足こぎ車いすを試してもらうことになったのです。男の子の動かないはずの足がペダルをこぎ、車いすが動き出すと、見守っていた家族や医療スタッフは歓声をあげて大喜び。男の子の顔にも笑みが浮かびました。

「新しい製品を広める時にもっとも重要なのは、“現地の方から現地の方へどう広めてもらうか”だと考えています。そのためには、心から製品を『良い』と感じてもらい、『あの人に使わせたい』というイメージを持ってもらうことが大切です。そうでなければ本当の意味で製品が根付くことはありません。そのことを強く感じさせてくれたのが、バクマイ病院での体験でした」

バクマイ病院との間に築かれた信頼関係は、ベトナムでの事業展開の足掛かりとなりました。2014年からは、バクマイ病院で足こぎ車いすを使ったリハビリモデル構築を目指すJICA草の根技術協力事業を実施。3年間の活動の結果、「足こぎ車いす療法」が正式なリハビリテーション医療行為としてベトナム政府の保健省に認定されるという大きな成果をあげることができました。

足こぎ車いすに乗り、笑顔を見せる女性患者

バクマイ病院のスタッフと。右から2番目は鈴木さん

タイの活動では、日本企業との出会いも財産に

ベトナムでの活動はさらに、隣国タイでの事業展開という新たな挑戦にもつながりました。2017年1月には、2度目のJICA民間連携事業となる現地調査をタイで開始。タイ特有の医療システムに苦戦しましたが、約1年間にわたる調査の末「富裕層を中心にユーザーを増やしながら、政府機関を通じた国内全土への普及を目指す」という方針を見いだしました。

鈴木さんは「その国の制度や組織体系に合わせて、どのような順番でどう普及していくか、という点は非常に重要なポイントだと学びました。また、JICA事業ということで、現地で活動する日本企業の皆さんも当社を信用してくださり、経験談などを教えてもらえたことは大きな財産になりました」と話します。

その後、新型コロナの影響で中断を余儀なくされた海外事業は、コロナ禍が収束しつつある今また動き出そうとしています。2023年11月には、大分県で開催されたASEAN・日本社会保障ハイレベル会合で足こぎ車いすを展示。高齢化が進むタイからは特に高い関心が寄せられ、「ぜひ使ってみたい」との声が盛んに聞かれたそう。現地調査で培った人脈を生かし、これから具体的な事業計画を進めていく予定です。



小さな事業だからこそ挑戦を

数々の挑戦を続けてきたTESS社ですが、JICAの事業に応募した当初は、周囲の反対があったと言います。「大学ベンチャーで設立したばかりで、日本でも普及が進んでいないのに海外なんか行っている場合じゃないだろう、と散々言われたんです。しかし飛び込んだ先には、足こぎ車いすの価値を理解し、一緒に広めたいと思ってくれる方との出会いがありました。小さな事業だからこそ、まだ誰もやっていないことに挑戦している方にこそ、ぜひJICAの制度を活用して、その価値を高め、志を実現してもらえたらと思います。とにかくチャレンジをしてみたら、きっとJICAもチャンスをくれるのではないでしょうか」
心強いメッセージをくれた鈴木さん。この言葉にあるように、JICAは今後も海外を目指して挑戦する企業や団体を応援します。

多くの仲間を得た海外での活動。写真はベトナムでのワークショップ

関連リンク

・「ベトナム国障がい者の社会復帰を目指す足こぎ車いすBOP事業準備調査」報告書要約(民間連携事業)
・ 「ベトナムでの足こぎ車いすを利用したリハビリモデル開発及び、リハビリ人材育成プロジェクト」事業概要(草の根技術協力事業)
・ 「タイ国足こぎ車いすを導入したリハビリプログラム導入案件化調査」事業概要(民間連携事業)
・ JICA民間連携事業について
・ JICA草の根技術協力事業について

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