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石巻発「インドの弱視患者を救う医療機器の海外展開をめざして」 (ヤグチ電子工業株式会社 取締役社長:佐藤雅俊氏、取締役:石垣陽氏)

#3 すべての人に健康と福祉を
SDGs

2024.09.11

インドでの事業展開に至った経緯や、未踏の地での苦労と発見、今後の展望について探る

■タブレット型視機能訓練装置「オクルパッド」を作るヤグチ電子工業とは

視機能検査訓練装置「オクルパッド」

インドでの視機能回復トレーニングの様子

「オクルパッド」とはタブレット型視機能訓練装置。傍から見るとそこには真っ白な映像しか映っていませんが、専用のメガネをかけると楽しげなゲーム画面が現れる、不思議なタブレットです。
実はこのタブレット、新生児の約3%に発症するといわれている、片方の視力が不十分な視覚障害「弱視」の治療に有効であることが医学的に立証され、クラス1医療機器として日本でも利用されています。

この「オクルパッド」を製造しているのは石巻市(宮城県)に拠点を置くヤグチ電子工業株式会社。少数精鋭のモノづくり集団として、精密電子機器の受注生産、自社製品開発だけでなく、国内外の大学・研究機関との技術開発にも力を入れています。

そんなヤグチ電子工業は、インドが抱える「子どもたちの弱視」の課題をビジネスで解決するための調査として、 JICA中小企業・SDGsビジネス支援事業についてを通じて、2018年2月から1年間は「タブレット型視機能訓練器による弱視の子どもたちの視力回復プロジェクト案件化調査」を、2019年からの4年間は「弱視の子どもたちの視力回復に向けた普及・実証・ビジネス化事業」事業概要(中小企業・SDGsビジネス支援事業) を実施。インドでの「オクルパッド」の臨床試験、ニーズや課題の把握を通じて、ビジネス展開の可能性を探りました。

東北のモノづくり集団がインドの医療課題を解決。その道のりをけん引する二人の出会いとモノづくりへの想い

世界初のスマホ接続型の放射線センサ「ポケットガイガー」や、高性能DIYマスク「オリマスク」など、独自の技術とアイデアを強みに様々な製品を開発してきたヤグチ電子工業の主力となっているお二人が、同社に関わり始めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

佐藤さん:私がモノづくりを始めた元々のきっかけは、子どものころから工作が得意だったからですね。それからメーカーの技術職だった叔父への憧れもあり、大学で電気系の工学を勉強しました。当時はメーカーを志望していましたが、バブルの崩壊が重なり入社が叶わず。そこで紹介されたのがヤグチ電子工業でした。

石垣さん:私は元々別の企業で働いていましたが、東日本大震災が発生した後にこの会社に移ってきました。最初は被災地を見たいという想いから、石巻に来て、そこで佐藤さんと出会い、入社に繋がり今日に至っています。

入社後はどのような想いでモノづくりをされているのでしょうか。

佐藤さん:入社後に実感したのは、製造業の大企業が空洞化していく流れで受け身にならざるを得ない中小企業の不自由さでした。さらに東日本大震災によって受注先を多く失い、それを機にこの状況をどうにかしたいという強い想いが生まれてきました。

石垣さん:東日本大震災が起こった当時、ニーズがあった放射線センサ「ポケットガイガー」を量産したいと思いましたが、モノづくり企業である私たちには作ることはできても売るための販路がありませんでした。そこで当時はまだ誰もやったことのなかったクラウドファンディングで販路を獲得するという戦略を取りました。それ以降も、技術もマインドもオープンに、自社製品の開発に力を入れるようになりました。

お二人は、共にモノづくりを行うパートナーとして、お互いにどのような印象を持っていますか。

佐藤さん:中々気恥ずかしい質問ですね(笑)。石垣さんは元々被災地を見たい、という純粋な想いを持って私たちのもとに現れましたが、気が付いたらヤグチ電子工業の中に居ましたね。私は「事業を広げたい」と思っている人、それに対して彼はそれを実現する力を持っている人。アカデミックな知見も持ち合わせていて、一緒に動くことで大きなメリットを感じています。石垣さんの入社が経緯になって、下請受注頼みの事業からの脱却に向けた当社の動きが始まりました。

石垣さん:佐藤さんはモノづくりの天才です。量だけでなく、質を担保しながら様々な製品を開発することができる。また、質の高いモノづくりには生産管理だけでなく、それを担う「人」への配慮も必要不可欠で、そのためには泥臭い作業もしなくてはならない。彼はそのためのマネジメントに関する才能も持ち合わせていると思います。

震災での経験からヒントを得た「オクルパッド」の開発。
そしてインドへの海外展開に至る経緯

製品紹介を行う佐藤氏

今回JICA中小企業・SDGsビジネス支援事業を通じて海外展開にむけた実証事業を行った「オクルパッド」は、とてもユニークな製品ですよね。どのような経緯で開発に至ったのでしょうか。

佐藤さん:「オクルパッド」に使用する技術「ホワイトスクリーン」の活用可能性は、元々東日本大震災で壊れた液晶テレビを修理する時に思い立ったものでした。液晶テレビ表面の偏光フィルムを剥がすと、テレビ画面は真っ白になる。偏光フィルムをメガネに取り付けたら、そのメガネをかけている人にしか見えないスクリーンができるのではないか、と考えました。

石垣さん:商品化した当初は、広告向けに技術提供していましたが、その広告に目を留めたある医大の先生から「この技術は弱視の治療に使えるのではないか」とお話をいただき、「オクルパッド」の開発に着手しました。

開発に至るまでにそのような経緯があったのですね。もとは日本国内を対象に事業を展開されていますが、どのようにしてインドへの展開に至ったのでしょうか。

石垣さん:インドは世界で最も出生者数が多いため、弱視の罹患者数も多い国です。このような製品を展開するマーケットとしては、自然な選択肢でした。

なるほど。中小企業としては大きな挑戦だったと思いますが、当時社内での反対意見などはありませんでしたか?

佐藤さん:従来から取り組んでいる大手企業への協力会社としての事業活動により、安定的な収入源があったこともあると思いますが、反対意見は特にありませんでしたね。むしろ、会社として様々なことを手掛けているということをアピールできることは大きいです。営業が一人もいない、大企業でもない上、最終消費者対象ではなく中間消費財的な製品を作っている当社では、JICAの支援でインドでの事業に取り組んでいる、という情報自体が、他社の関心を引くことになり、新たなビジネスチャンスの呼び水として機能しています。

未踏の地であるインドでの実証事業を経験されて、感じた難しさはありましたか?

石垣さん:インドは日本と違って空気中に砂が多く飛んでいて、それが製品に悪影響を及ぼすことがありました。ほかにも気温の高さなど、環境的な違いが影響を持ちうるというのは、新たな気づきでした。また、医療に関する前提も大きく異なり、インドでは仮に弱視であっても、そもそも病院にアクセスする機会が限られるためスクリーニングが行われず、弱視という自覚がないまま成長する子どもが多くいました。当初は製品をインドへ持っていけばすぐに使ってもらえると思っていましたが、そのような問題の存在を、JICA事業を通じて初めて知ることができました。その後、苦労したものの、そこから着想を得て新たにスクリーニングのためのキット「ステレオテスト」を開発して、オクルパッドと併せて展開することができました。

小児弱視のスクリーニングを行える医療機器「ステレオテスト」

現地で直面した課題が逆に、新たなビジネスチャンスの発見につながったんですね。今回の海外展開で、JICAと協力したことで、どのようなメリットがありましたか?

佐藤さん:中小企業として、海外への展開というのはとてもリスクが大きいです。しかし、JICAの経験やネットワークを利用することで、私たちとしては可能な限りリスクが低減された形で、今回の海外展開にトライすることができました。また、その後の資金調達の面においても、JICAとの協力の経験があることが信用を高めてくれるので、企業としての信頼を高めるという意味でも今回の協力は非常にメリットがあったと感じています。

石垣さん:日本ではまだまだですが、インドでは遠隔治療が一般的に浸透しているので、そのような環境でこの製品を試せたということも、非常に大きなメリットではないかと思っています。

―「オクルパッド」について、インドでの反応はどうですか?経済的な部分以外にも感じられている効果はありますか?

石垣さん:今回のJICA中小企業・SDGsビジネス支援事業での実証実験によって、「オクルパッド」のインドでの医学的なエビデンスが得られたというのは大きいですね。また、現地の医師にとっても、より早く、より効果的に弱視の治療ができるようになったということで、反応はとても良いです。「オクルパッド」の利用者である子どもたちからは、「オクルパッド」にインストールされているオリジナルゲームへのコメントが多いですが、それはこの製品は子どもたちからすれば苦痛や緊張などハードルを感じる治療感覚ではなく、楽しみながら自然に受け入れてもらえる、ということを示していると思うので、元々の課題であった弱視治療の継続性という観点からも非常に効果的な製品であることが実証できたと捉えています。

ヤグチ電子工業として、今後どのような展開を考えていますか?ケニアでも「オクルパッド」の実証を行っているというお話を聞きました。

石垣さん:アフリカでの展開を見据え、ケニア保健省などを通じて「オクルパッド」の実証を行っています。現在は約30人の臨床試験が終わったところで、結果に関する論文も書き始めています。

最後に、今後JICAに期待することがあれば教えてください。

佐藤さん:私たちは民間のモノづくり企業なので、ニーズに対応したものを作りたいと思っています。企業である以上、「売れるもの」を作らないといけませんが、土俵にはこだわるつもりはありません。どんどんトライしていきたいという想いがあるので、JICAにはぜひ世界にどのようなニーズがあるのかを教えていただきたいと思っています。中小企業はなかなかそういった情報を持っていないので、ニーズとのマッチングを行う機会を提供してくれたらありがたいなと思います。

(インタビュアー:JICA職員デボア、池田)

関連リンク

外務省「日本全国 各地発!中小企業のODA~「オクルパッド」で子どもたちの弱視を救う~」
アジア健康構想・アフリカ健康構想 取り組み紹介~インドの弱視の⼦どもたちに早期治療の機会を提供する~(p5)

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