【課題別研修】中央アジア・コーカサス地域の農業を支える灌漑施設の適切な維持管理を目指して/「施設の運営・維持管理の向上を通じた農業生産基盤の整備(B)」コース
2025.09.02
中央アジア・コーカサス地域は大半が砂漠気候やステップ気候に属し、昔から水不足に悩まされています。地球温暖化の影響によって安定的な水資源の供給が脅かされる中、人口増加や都市化、農業によってその確保は優先事項。開発途上国では、これまで灌漑施設などのインフラ整備は推し進められてきましたが、それら施設の適切な維持運営管理体制の整備や、老朽化した施設の修繕が課題となっており、中央アジア・コーカサス地域も例外ではありません。
中央アジア・コーカサス地域において、これまでに灌漑施設の整備は推進されてきましたが、適切な管理がなされないために施設が劣化したり故障したりするなど、本来の目的を達成できないことが少なくありません。本研修は、灌漑施設に関する法制度や運営管理体制を改善するために中央政府または地方政府の農業・農村開発政策の実務者を対象に、事業計画立案能力の向上、灌漑施設の適切な維持運営管理や農民への技術移転を行うための計画立案と実施能力の向上を目的とするものです。今回は、アルメニア、アゼルバイジャン、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの6カ国から8名が参加し、2025年 5月21日〜6月26日のおよそ1ヶ月にわたり、仙台を拠点とした日本各地で講義・視察が行われました。
皇居前にて集合写真
本研修では、まず日本の農業の概要や近年の事情、農業農村整備事業について理解を深めます。日本の農業は水田稲作が中心で、中央アジアでは主に小麦などの畑作が行われているといった違いがありますが、両者ともに水利のための灌漑施設を運用している共通点があります。そのため、灌漑施設の管理、あるいは施設を適切に更新する方法について学んでもらうことにしたところ、扱う作物を超え、より広い視点に立って知識と日本の経験を吸収しようとする様子が見られました。
研修員は来日前に自国の課題をまとめたインセプション(事前)レポートを本研修開始直後に発表。このようにして、講師や他国からの参加者との間で課題が共有されたこともあって、研修中には研修員同士でのディスカッションが積極的に行われ、相互の課題理解のみならず、課題解決に向けた意見交換が進みました。
「研修全体を通じて、日本の水管理の先進技術を見てもらいながらも、それらを使いこなしている日本の農民組織の存在を強調しました。日本では水利施設の建設について、計画段階から農民組織と行政が対等の立場で話し合い事業を進めています。それによって農民組織が責任を持って管理でき、農民のオーナーシップが醸成されます」と、研修の全体コーディネートを担当した一般社団法人海外農業開発コンサルタンツ協会(以下:ACDC)の狩俣茂雄さんが、今回の研修で特に力を入れた点を語ります。さらに、「カリキュラムの作成では、“講義と視察”、“講義と演習”の適切な組み合わせを意識しました」と振り返ります。これは座学で背景や論理を説明し、その後、実際に現地に出向くことによって施設の規模や環境を体感でき、施設整備や管理の本質を理解してもらうためで、また「講義内容の理解を深めるには、双方向の講義が大事です。研修員が一方的に講義を受けるだけではなく、質問や意見表明を促すことに努めました」と語ります。
インセプションレポート発表…研修二日目に全員が自国の課題の発表を行いました
夕方のひととき…研修員同士、長い研修期間を支え合いました
例えば、宮城県庁では農地の区画を大きくしたり、用水路をパイプラインにしたりする方法について講義していただき、その後、すぐに実際に施工し営農している農地に赴きました。この方法によって現地での質問も大変活発になりました。カザフスタンのスフィーニャさんは「講義と視察の組み合わせがとても分かりやすかった。遠隔操作のできる監視システムが印象的でした」と話します。
東日本大震災からの復興農地、最上川下流左岸地区、安積疏水土地改良区などあらゆる種類の水利施設の現地視察をはじめ、ストックマネジメントやポンプのメンテナンス、水文学やプロジェクトの社会経済評価の演習など幅広い単元をカリキュラムに含めました。キルギスのチョルポンさんは「研修全般が実務的で知識を深められ、どんな質問にも答えていただけた。日本ではボトムアップの考え方ができており、農民と省庁が同じ目線で話をしている。今後自分の国で改良区や農協を立ち上げる際の参考にしたい」と目標を新たにしたようです。
宮城県農政部長表敬…宮城県農政部長とも意見交換
大張沢尻棚田…日本の原風景を守る人々の努力に感銘
内川用水路…自然と調和した改修水路に沿って散策
1ヶ月におよぶ本研修で、研修員たちは宮城、福島、山形、茨城、埼玉、千葉、東京と移動しながら東日本のさまざまな水利施設や研究機関、工場を訪問し、学びを深めました。「研修員は疲れをみせず、どの講義も熱心に聴講し、前向きに学ぶ姿勢を見せてくれて大変感心しました」と狩俣さん。
さらに研修中に検討を進めた、研修員が自国に帰国してから実施することになるアクションプラン(行動計画)の発表では、タジキスタンのバハドゥールさんが土壌の塩類集積の対策を検討したことが印象的だったと話します。「土壌の研究員である彼が、特に塩類集積の問題に関心を示しており、本研修を通してこの分野での知見が深まったのだとしたら嬉しい限りです」と顔を綻ばせます。研修員のプランには講師陣からも高い評価が得られました。「研修員それぞれに国の実情は異なりますが、アクションプランを自国でぜひ実践していただきたいです」と、長い訪日研修を完走した研修員たちへエールを送ります。
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