【草の根技術協力事業】防災分野の次世代リーダーを育成/マレーシアで始まる新たな挑戦
2025.10.14
洪水や地すべりが多発するマレーシア・スランゴール州で、住民主体の防災体制の確立を目指し、2018年から2024年にかけて実施された草の根技術協力事業「地域コミュニティの安心と安全向上のための災害リスク理解に基づく防災力強化プロジェクト」。2025年より、その成果を土台とした後継事業「未来の災害に強く環境にやさしい社会を担う次世代リーダー育成プロジェクト」が始動します。防災の担い手をどう育て、どう次世代につないでいくかというテーマは、日本にも共通する重要な課題です。
プロジェクトを率いる東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)の泉貴子教授はまず、先行事業の主な成果を3つ挙げます。1つ目は、州の防災に関する公的予算が新設されたことです。以前は災害発生後の支援にしか予算がありませんでしたが、プロジェクトによって防災の価値が認識され、州全体に取り組みを広げるために資金が投じられるようになりました。2つ目は、住民の意識改革が進んだことです。当初は防災を自分事として捉えていなかった住民も、地域の災害リスクを学び、トレーナーとなって防災を伝えるうちに「自分たちにもできることがある」と気づき、主体的に行動するようになりました。3つ目は、政府と住民間にネットワークが構築されたことです。以前は「何かしたい」と思っても互いに頼る先がわからない状態でしたが、プロジェクトを通して顔の見える関係が生まれ、今後の多様な活動につながる協力体制が築かれました。
先行事業で実施した、住民によるまち歩きの様子
地すべり発生の構造を学ぶ研修の様子
こうして芽生えた地域防災を次のステージへ進めるのが、これから始まる後継事業です。前回は40〜50代のコミュニティリーダーの育成を軸にしましたが、今回は次世代の防災リーダーの育成を目指します。高校生への防災・環境教育を通して、若い世代が行政主導の防災対策に参加・貢献できる基盤をつくります。
泉教授はその意図について「持続的に防災に取り組むうえで、次世代を担う若い人材の育成は欠かせません。また現地では、粗大ゴミの不法投棄によって川の水があふれるなど、環境問題が災害を引き起こす原因のひとつになっています。そこで今回は、背景や原因から災害を考える視点を身に付けることも目標としました」と説明します。
事業は3つのフェーズで構成され、3年計画で進行します。フェーズ1では、先行事業で防災を学んだ州政府や自治体職員、コミュニティリーダーに、新たに環境分野の知識を習得してもらい、「防災・環境トレーナー」として育成。前回育成した防災人材のさらなるステップアップを図ります。続くフェーズ2では彼らが新しく参加する高校生たちに防災・環境教育を実施し、フェーズ3では高校生が中心となり防災・環境活動を展開。プログラム全体を通し、学びのアウトプットによって参加者の主体性を醸成します。
災害発生の一因にもなっているゴミの不法投棄
住民と子どもたちによるゴミ拾い活動も行われている
プロジェクトの柱である「次世代への継承」は、日本の防災における大きな課題でもあります。その重要性について、泉教授はこう話します。「今後、災害は増えても減ることはないでしょう。将来のリスクを減らすためには、若い世代の参加を促し、自主的な防災の取り組みを広げていくことが非常に重要です。若いころから防災や環境の話題に触れ、関心だけでも持っておけば、いざというときの行動の一歩につながるかもしれません」
そんな若い世代への思いには、東日本大震災の被災地で復興や防災に取り組む高校生の姿も重ねられています。2024年3月に開催された『仙台防災未来フォーラム2024』で、JICA東北の防災復興プロジェクト4団体によるパネルディスカッションに登壇した泉教授は、岩手県立大槌高等学校 復興研究会の生徒たちとも語り合いました。
このときの対話を振り返り「彼らの『自分が何かしなければ』という責任感や、『自分がここで生きている意味』を問い続ける姿勢には、感動を超えるものがありました。それをぜひ海外の若者にも共有してほしいと思いました。同時に、彼らのような若い人にしかできない発想やアイデアを生かした活動がもっと増えていってくれたらとも感じました。災害や防災というと、どうしてもシリアスに受け止められがちですが、ポジティブに希望を持って活動することはとても大切です」と泉教授。
さらに「マレーシアのプロジェクトでも、環境などの新しい視点を入れることで、明るい未来につながっていくような活動のヒントが生まれるのではと期待しています。マレーシアと日本をオンラインでつなぎ、防災に取り組む高校生同士が交流する機会も作りたいですね」と、後継事業の多彩な可能性を感じさせてくれました。
「次世代への継承」をテーマにしたパネルディスカッション(仙台防災未来フォーラム2024にて)
プロジェクトに対する関係者の期待も高まっています。現地では高校生を対象にした防災の取り組みはこれまでほとんど例がなく、州政府からは「できるだけ多くの高校を参加対象にしたい」との要望が寄せられているとのこと。プロジェクトに参加するマレーシアサンウェイ大学の研究員も、高校生との活動を心待ちにしているそうです。泉教授も「高校生との長期プロジェクトは私にとっても初めての経験なので、多くの学びがあると思います。なにより、若い人たちの自由な発想で、我々が考えもしないような新しいアイデアが生まれることを楽しみにしています」と笑顔を見せます。
2018年のスタート以来、困難もありながら着実に歩みを進めてきた本事業。その新たな挑戦は、災害とともに生きる私たちに新しい未来を見せてくれるにちがいありません。
先行事業で実施した学校での防災研修の様子
笑顔で防災研修に参加する生徒たち
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