【地域理解プログラム】釜石・北九州に学ぶ“鉄”の産業史/明治以降の産業革命を支えた近代製鉄の道のり
2026.03.26
地域理解プログラムは、主に日本の大学院に在籍するJICA留学生(JICA長期研修員、以下「留学生」)を対象に日本各地の郷土史や開発事例を学ぶものです。開発の歴史や、開発を通じて培われてきた技術や協働体制などについて理解を深め、母国の開発に活かすことを目的としています。今回はJICAの東北センターと九州センターによる合同開催で、日本の製鉄業の歴史に焦点をあてたスタディツアーとして、2026年3月2日から6日にかけて東北と九州の関連施設を訪ね、産業の起源から発展までのプロセスを学びました。
明治維新以降、産業国家として急速な発展をとげた日本。その起源の地とされるのが岩手県釜石市です。幕末期、鉄鋼資源に富んだこの地に築かれた洋式高炉は、近代製鉄の第一歩となりました。以降、官民が手を携え、鉄の大量生産を目指して試行錯誤を続けた経験は、1901年、福岡県北九州市における官営八幡製鐵所の操業へと結実。日本の近代産業は大きく発展していくことになります。
日本の近代化の土台となった官営八幡製鐵所
本プログラムの目的は、こうした産業基盤形成の歩みを現地で体感すること。中でも重視したのは、産業を多面的に捉える視点です。プログラムの企画・手配を手がけた一般社団法人カタリスト九州の佐々木彩乃さんは、「原料の調達や運搬を含む製鉄の過程、企業や地域社会への影響など、多岐にわたる要素がつながり産業が形成されていることを学べるよう、講義や視察をバランスよく盛り込みました。産業と文化のつながりも伝えるため、岩手県では南部鉄器の伝承施設の視察も盛り込みました」と説明します。
昭和30年代の空気を今に伝える旧釜石鉱山事務所
さらに佐々木さんは、もう一つの重要なテーマとして「産業の“光と影”(成功と失敗)を知ること」を挙げます。「世界有数の規模と品質を誇るまでに成長した日本の製鉄業ですが、その裏には公害や炭鉱労働者の苦難の歴史があります。留学生が自国の産業を考える際には、そうした影の部分にも目を向けてほしいと考え、北九州では公害や環境についての学びを取り入れました」
本プログラムの前半に福岡県を、後半に岩手県を訪ね、日本の製鉄史や公害克服をテーマにした講義や、関連する博物館や炭鉱跡などの視察を実施。東北では宮城県の東日本大震災関連施設にも足を運びました。
九州と東北を巡る内容の充実ぶりもあり、募集時には定員を大きく上回る申し込みがあったそう。JICA東北センターで地域理解プログラムを担当する俵山伊歩職員は「秋田大学で資源学を学ぶ留学生は、“研究に直結するテーマで、絶対に参加したい”と意気込んで応募してくれました」と参加者の熱意を話します。
プログラムに参加したのは、東北と九州の大学院に留学中の10名です。出身国や大学での専攻はさまざまですが、事前学習を含め何事にも積極的に取り組むメンバーばかりで、「鉄鋼省の設立に向けて、日本の経験を学びたい」「水質汚染問題を解決するヒントを得たい」など、一人ひとりが自国の課題意識を胸にプログラムに臨みました。
プログラムに参加した10名の留学生たち
現地での様子について「留学生はどの訪問地でも関心が高く、次々と質問が出るほど意欲的でした」と佐々木さん。特に反響が大きかったのが、製鉄草創期について学んだ釜石市の『鉄の歴史館』です。そこで語られたのは、約160年前の日本を舞台にした挑戦の物語でした。当時の日本には原始的な製鉄技術しかなく、強度の高い鉄を大量生産する技術も知識もゼロ。もちろん、必要な資機材もありません。あるのは一冊の西洋書のみ。日本人はそうした困難な状況にあっても、書籍を囲んで鉄鉱石から鉄を生み出す方法を議論し、実験を繰り返し、ついに近代製鉄技術を確立します。留学生たちは、今では一大産業となった日本の製鉄業も始まりは小さな一歩だったと知り、「自国の産業発展を目指すうえで非常に重要なケーススタディだ」と感銘を受けた様子でした。
鉄の歴史館:製鉄の歴史を学んだほか、金属の鋳造体験にも挑戦しました
一方、1960年代の主婦たちによる公害反対運動の歴史を伝えたのは、北九州市の『タカミヤ環境ミュージアム』です。家族の健康を守るため、科学的データに基づき冷静な議論を重ね、対立ではなく対話によって解決の道を切り拓いた女性たちの活動に、「産業がもたらす隠れた社会的コストへの理解が深まり、開発の副作用に目を向ける必要性に気づいた」と語る留学生もいました。
タカミヤ環境ミュージアム:公害克服の歴史は、産業発展に欠かせない視点を与えてくれました
そしてまた、東日本大震災の経験も強く心を動かすものでした。展示や遺構を目にした留学生は地震と津波の恐ろしさに衝撃を受け、真剣な眼差しで解説に耳を傾けていました。
気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館:震災の爪痕を目の当たりにし言葉を失う留学生
充実した5日間を過ごした留学生たちは「プログラムそのものが非常に面白かった」と口をそろえます。「特に印象に残ったのは、ローカリゼーションの大切さです。かつての日本も、ドイツの手法をそのまま取り入れたときには失敗し、独自のやり方を模索した末に成功が導き出された。日本の事例を通して、問題にぶつかったときにどう解決すべきかという着眼点が得られました」といった感想や、「小さな可能性こそが、大きな産業への発展の道だと学んだ」との言葉も聞かれました。
普段は出会えないような仲間との交流の機会にもなり、多くの学びと刺激に満ちた本プログラムを、佐々木さんはこう振り返ります。「日本もはじめから先進国だったわけではなく、小さな一歩の積み重ねの先に今があるのだと感じてもらえたと思います。日本人の考え方や、挑戦に向き合う姿勢を知ってもらうことは、日本を深く理解するパートナーが世界中に増えていくことでもあります。このつながりが、互いの国の未来をともに支え合うネットワークを育む一助になればうれしく思います」
俵山職員は「合同開催や4泊5日の長期行程は初の試みでしたが、鉄を通じた日本の発展の秘訣を知るプログラムを実現でき、留学生の満足度も非常に高いものとなりました。早速、留学生からは、続編として製鉄業の先端技術を学びたいとの要望も届いており、実現に向けて検討していく予定です」と、プログラムのさらなる発展も視野に入れます。関わる人たちの情熱が結集した豊かな学びの場は、また次の学びへとつながり始めています。