jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

第2回\おかえりなさい!~アフリカの真珠・ウガンダより金井美紀隊員が帰国&JICA筑波を訪問~/

2026.07.01

第1回では、金井隊員とJICA筑波のこれまでの歩みと、ウガンダでのとっておきエピソードをお届けいたしました!
第2回は、金井隊員のJICA海外協力隊への参加から隊員生活で感じたこと、そして帰国した今だからこそ伝えられる、これから応募を考えている方へのメッセージ等、一問一答形式でご紹介します!
第1回のURLはこちら⇒第1回のトピックス記事

金井 美紀 隊員
【2023-4次隊/ウガンダ/食用作物・稲作栽培】
ウガンダ・ホイマ県の「ブリンディ地域農業調査開発研究所」にて稲作の各種試験に取り組んだ他、農業コースのある職業訓練校にて稲作の講義を行い、稲作技術の普及に貢献しました。

ウガンダの方々と一緒に

ウガンダの方々と一緒に

Q1.JICA海外協力隊に参加するにあたって決め手になったことは何?
⇒日常生活や農業現場は日本しか知らないため、海外からの視点と比較したうえで進路を決めたいと考えたことです。また大学の指導教官からは、私が抱えていた経験が足りない不安に対して、「発展している日本での経験が必ずしも役に立つわけではない。」と背中を押してくれたことも決め手になりました。

Q2.ウガンダへ到着したときの第一印象は?
⇒灼熱の太陽に似合う赤土と、それとは相反する濃い緑の木々が広がっている!
とても綺麗な景色に見とれながらも、2年間のウガンダ生活に対して未知のワクワクと不安が混ざった気持ちで外を眺めていました。

Q3.任地あるあるを一つ教えてください。
⇒任地あるあるは窮屈なタクシーです。私の任地から中心部までは離れていたこともあり、両区間の移動手段は、乗用車の乗合タクシーでした。3列シートあるうちの前列は運転手含めて4人が乗ります。更に2列目にも4人、3列目にも3人が乗るので常にきつい状態でした。隣に大きな人が乗り込んできたときなんて……。小学校低学年くらいまでは親の膝の上に乗ります。1度だけ、誰かの子どもを私の膝の上に乗せるように頼まれたこともあり、その親子が降りるまで、知らない子どもと移動したこともありました。通常だと車の定員が7人のところ、15人弱の乗客が乗ることが日常でした。

Q4.現地の方たちから学んだことは?
⇒“次の機会”、“いつか”は約束されておらず、大事にできない日を含めて大切にしたいと考えたことです。
会った際には必ずお話をする近所のおじいちゃんがいました。会って話す行為は単に日常の一部にしか過ぎず、特別なこととして捉えていませんでした。しかし、ある日おじいちゃんが事故で亡くなってしまいました。また会えると思っていた“また”が二度と来なかったのです。よく、「毎日を大切に過ごす」といいますが、容易ではなく無責任な言葉と捉えていました。しかし彼らからは、大事にできない日々も含めて、今ある時間をいかに過ごすかが大切ということを学びました。

Q5.ウガンダのここがオススメ!
⇒Jinja(ジンジャ)という観光地です。
日本人の私たちからすると馴染みのある響きですが、現地語で「石の場所」という意味です。アフリカ大陸で一番大きい湖のビクトリア湖に面し、エジプトまで続くナイル川の源流が湧き出るスタート地点でもあります。インド人によって開拓された歴史があり、今でも多くのインド人が住んでいます。ナイル川やビクトリア湖沿いの豊かな自然と、ウガンダとインドの文化の交差点で非常に美しい地域です。私が一番好きな場所で数え切れない程訪れました!

Q6.現地語で覚えた「いちばん大切な言葉」は?
⇒Webale kurima omucheri.
私の任地で話されるニョロ語で「お米を育ててくれてありがとう」という意味です。ウガンダは人口の7~8割が農業従事者とも言われています。学歴がないこと、産業が発展途上で仕事が無いことから、必ずしも前向きな気持ちで農業に従事していないことを知りました。その中、海外からやってきたムズング(肌が黒くない人に対しての呼び方)が彼らの現地語で、農業をすることに対して労い、感謝の気持ちを伝えることは非常に意味のあることだと思いました。農家さんに会った際には必ず、食料生産に対しての感謝の言葉を伝えていました。皆さん笑顔で「感謝してくれてありがとう」と現地語で返事してくれたことが嬉しかったです。

Q7.JICA海外協力隊に応募した当時の自分に一言、伝えるとしたら?
⇒辛いだろうな、と漠然と思っていたことは大正解。
でもその大変さを超える学び、出会い、経験が待っています。
2年間は本当にあっという間なので、迷わずに何でも挑戦してほしい!

Q8.2年ぶりの日本の印象は?
⇒綺麗!眩しい!日本食美味しい!
ウガンダは場所によって、路上のごみが目につくことがあり、改めて日本の綺麗さ、清潔さには驚きました。
また、ウガンダは電力の供給が不安定な環境である一方で、日本は全ての蛍光灯がギラギラと照り、全区間のエスカレーターが問題なく動いていることにも感動しました。
そして内陸国のウガンダの食文化も嫌ではありませんでしたが、やはり日本食は世界で一番美味しいと実感しました。
一方で、ウガンダ人の温かさは恋しく思います。公共交通機関で隣に座った見知らぬ方とも気軽に話せて、すぐに助けを求められる環境は日本とは少し異なる印象があり、恋しく感じます。

Q9.協力隊経験を一言で表すと、どんな言葉?
⇒サバイバル大冒険。
ウガンダという日本から離れた何もかも異なる国での生活はトライアンドエラーばかりで、日々が冒険のようでした。どうしたら精神的にも活動的にも自分が苦しまない方法があるかを探り、自分自身のアイデンティティや双方の文化について探求する刺激のある2年間でした。

Q10.これから協力隊を目指す方に一言お願いします!
⇒予想もできないことで日々溢れています。
日本にいたら体験できないことばかりです。
だからこそ自分についてより深く知って、外の視点から日本を見ることができます。
ウガンダで生活をしたからこそ、改めて日本の素晴らしさに気づき、日本が大好きになりました。
自分の成長のため、任国のために何かしたいという気持ちが、どんな形であれ結果的に日本への還元に繋がると確信しています。

【農家さん向けイベント・蜜蝋ラップについて紹介】

【農家さん向けイベント・蜜蝋ラップについて紹介】

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
一覧ページへ