向き合い続けること

今回、公衆衛生学が専門の国立大学法人金沢大学(以下 金沢大学)の客員教授城戸照彦さんにお話を伺いました。城戸さんを中心とした金沢大学のチームはJICA草の根技術協力事業の一環として、2019年8月から2022年7月までベトナムにて、「枯葉剤/ダイオキシン濃厚汚染地区における低体重児の発育改善プロジェクト」を実施しています。

国立大学法人金沢大学 医薬保健研究域保健学系 客員教授
城戸 照彦さん

いつも身近にあった「公害問題」

城戸さんの故郷は神奈川県横浜市、京浜工業地帯を有する日本屈指の工業都市です。城戸さんが幼い頃は日本が公害問題で揺れていた時代。物心ついた時から、工場から立ち上る煙や黒く汚れた川を目の当たりにしていたといいます。当時を振り返り、「あの頃は工場が次々と操業し海は埋め立てられ、新しい工業の時代を象徴するものと昔ながらの自然が共存していた時代でした。」と語ります。公害問題を身近に感じながら過ごした幼少期は城戸さんの人生に大きな影響を与えたのではないでしょうか。

住民と地域と向き合う医療

現在の専門「公衆衛生学」との出会いは大学2年生の時に参加したワークショップでした。ワークショップで訪問した衛生学教室でのテーマは「九谷焼の絵付師の貧血と顔料中の鉛との関連性」。実際に絵付師の方が働く工房を訪問して、工房の環境を見たり、絵付師の方から話を聞いたりする中で気づきがあったといいます。舌先を使って絵付け筆の先を整えること、焼成(顔料を定着させるために焼き物を加熱する作業)を行っている窯の上で洗濯物を干していること、作業中の喫煙や間食が鉛汚染につながることです。研究室や病院の中にいるだけでは分からないものの多さを実感したといいます。生活の中へ入り込んで住民や地域と向き合う衛生学の研究スタイルに魅力を感じた城戸さんは、大学卒業後社会医学の世界へと進み「公衆衛生」の研究者としての道を歩み始めます。

海外への巡回検診をきっかけに

大学卒業後は研究の傍ら、地域企業の産業医として働く人の健康管理に携わりました。城戸さんが海外に目を向けるきっかけとなったのが、金沢医科大学に勤めながらYKK株式会社(以下 YKK)の産業医として働き始めたことです。早くから海外進出を始め当時から多くの海外拠点を持っていたYKKでは、海外で働く社員の健康管理のため産業医による海外拠点の巡回検診を行っていました。海外拠点への巡回検診は広い意味での『国際貢献』ではないかという城戸さん。「学生時代から海外に興味はありましたが、今振り返るとこの経験が海外や国際貢献と向き合うきっかけになりました。」と語ります。

地球規模の問題に立ち向かう

ダイオキシンによる汚染を受けた地域の子供たちの唾液を集める様子。汚染されていない地域の子供たちの唾液中に含まれるステロイドホルモン量と比較したところ、ダイオキシン類が人体に悪影響を及ぼすことが分かった。

日本でダイオキシンによる環境汚染研究を行う研究者と共同研究を行う機会を得た城戸さんは、自身の研究テーマを決めるにあたり世界の事例に目を向けます。そこで注目したのはベトナム戦争中にアメリカ軍によって散布された枯葉剤による南部ベトナムにおける健康被害です。日本で論文等を読むなど事前準備を行ったものの、実際に現地で活動を始めていくと新たな気づきが出てきたそうです。「枯葉剤による健康被害に関する調査結果の多くはベトナム語で書かれ、英訳されていないが故に世界へ発信されていないこと。」「影響を科学的に分析するための資金も人材も十分でないこと。」地球規模の問題に取り組むためには、途上国での調査結果や現地の現状を世界中で共有することが必要です。
また、先進国は自国のもつ技術や制度を途上国へ伝えるだけでなく、途上国での研究成果を自国の問題解決につなげる必要もあるといいます。城戸さんは今後の目標を「ダイオキシンによる人体への影響をより定量的に分析すべく研究を進めること」、「全国各地の保健所や健康推進員によるボランティア活動など日本の保健制度や公衆衛生に関する取り組み・理念をベトナムで広めていくこと」と定め、これから行う事業や研究への意気込みを語ります。

若いうちに自分と向き合う時間を

海外に行くということは自分の国や自分の生き方と向き合うことだと城戸さんはいいます。異文化理解を深めることで自国の文化と向き合い自国のよさに気づくことが出来ます。また、日本とは異なる環境に身を置きもまれることで自分の生き方や価値観を見つめなおすこともできます。広い視野とたくさんの経験を積むことで次のステップへと進む大きな原動力を得られるのではないでしょうか。城戸さんは「時間にゆとりがある学生のうちに海外留学にチャレンジし自分自身と向き合う時間を持ってほしい。」と語ります。

取材
JICA北陸インターン
石黒 歩